Episode.1-5 夢の続きを、もう一度

 これから楽屋入りする人、出番が終わって団欒する人、本番に向けてウォーミングアップをする人。

 いろんな人が行き交う廊下を進んでいく人がいた。

 その名は、橙柊聖とうのき しゅうせい。プロダクション・ブリローダに所属するアイドルユニット、SAison◇BrighTセゾン ブライトの一人である。

 彼が向かう目的地はBsプロ所属のバンドアイドル N-Sノース-サウスリベラズムの待機している楽屋。そこには4年前、仲違いをした自分の幼馴染、新水銀次あらみず ぎんじ清月晴彦きよづき はるひこが在籍している。

 柊聖はその二人と話をするために、彼らの元へ向かっている。

 自分たちの出番と、相手の出番もある。急がねばならない。緊張と恐怖で鼓動が早くなるのを感じながら、それに負けないように進む速度をはやめた。


 「N-Sリベラズム様」と書かれた紙が貼られている扉の前に来れば、柊聖は大きく深呼吸をして、ノックしようと手を伸ばす。

 それと同時に、楽屋のノブが回った。思わずビクッと跳ねて後ずさる。「トモ君捜索、いってきまーす」とのんびりとした声の後に、扉が開かれた。


「……あれれー?こんにちはー」


 のんびりした口調に、黄土色の髪を跳ねさせた、眠たそうな目をしている青年……ノーサスのドラム担当、江南水柴之えなみ しのは扉を開けたまま首を傾げる。


「あ、お、お疲れ様です。……あの銀と晴、……リーダーの新水さんと、清月さん、いまお時間大丈夫ですか?」

「ギン先輩とハル先輩ですかー? ちょっとまって下さーい。せんぱーい、ご指名でーす」


 少し緊張気味に二人の名を言えば、楽屋を開けっ放しにして中に呼びかける。よばれた二人が柊聖の姿を見ればがたっと立ち上がり、少し気まずげな顔で見合わせた。


「……少しだけ、話がしたいんだ。いいかな」


 勇気を絞り、固唾をのんで告げた。その言葉が、少し震えたことを感じながら。



「ごめんね、本番前に」

「いや、大丈夫だ。ちょうど一人……トモがどっか行っちまって、探しに行くところだったから」


 三人は楽屋の並ぶスペースのさらに奥、人気のない場所まで来た。

 三人の間に、沈黙が流れる。三人が揃って、何も喋らずに時間がすぎるのは、先日を除いて一体いつぶりだろうか。


「……シュウこそ、いいのか?本番前に」

「うん。……この前のこと、それから、卒業式の日のこと、謝りたくて」


 そう言うと、柊聖は二人に向かって、深く頭を下げた。

 銀次と晴彦は、当然驚いたように柊聖を見る。


「……ごめんなさい。みんなでプリローダを目指すって約束したのに、俺だけこっち高専を選んでしまって。……俺、結局自分のことしか考えてなかったんだ。アイドルになりたい、その近道を手に入れたことで、遠回りしたくないって、二人を置いてしまった。……本当に、ごめん。……銀は、もしかしたらもう俺のことなんて嫌いかもしれないし、憎いかもしれないけど、……ちゃんと謝りたかった」


 声が震える。涙からじゃない、恐怖からの震え。なんと言われるか予想ができないその恐怖で、心拍数が上がるのを感じる。

 少しの沈黙。その後、柊聖の肩を掴んだのは銀次だった。掴んで柊聖の身体を起こさせる。

 そのまま柊聖は顔を上げれば、銀次の顔を見た。


 銀次はボロボロと涙を流していた。


「ちょ、銀……」

「なんでシュウが謝るんだよ、シュウはなんにも悪くない!! 悪いのは全部俺だ!!」


 涙が滲んだ声が木霊する。


「ごめん、ごめんシュウ、俺最低だよ、シュウに酷いこと言った、シュウだってたくさん頑張って勝ち取った合格だったのに、俺、自分が落ちて、プリローダから拒絶されたのがずっと悔しくて、でもちゃんと自分の中で折り合いつけたつもりだったのに、卒業式の日、シュウは俺の憧れてた所に行くんだって、改めて実感したとき、俺、その時の悔しさとかがぶり返して、とまらなくて、シュウに沢山、最低なこと言っちまった」


 伝えたかったこと、言いたかったこと、その後悔の懺悔が続く。銀次は衝動のまま、あふれる涙を拭うことなく、幼い子が母の胸で泣くように、柊聖に抱きついて続けた。


「俺、ずっと謝りたかった、ごめんって、プリローダで頑張れよって、言いたかった!! でも、忙しいかも、とか、もう俺のことなんて思い出したくもないかもって、ずっと逃げて、逃げて。……っ謝って、許してもらえるなんて思ってない、でも、ごめん、ごめんな、シュウ、ほんとに、ごめんなぁ……っ!!」


 銀次はわんわんと子供のように泣きながら「ごめん」と繰り返す。


「……柊君、俺も、ごめんね、柊君が、高専進むかどうか、悩んでたの知ってたのに、何もできなかった。最後に一緒に帰った日、柊君が走ってったとき、追いかけられなかった。柊君一人だけ置いてったのは俺の方だ、俺が、繋ぎ止めなきゃいけなかったのに、……ごめんなさい……!!」


 晴彦も目に涙を溜めて、深く頭を下げる。

 ……きっと苦しかったのは、二人も同じだったんだ。その苦しさを抱えて来たんだ。きっと、自分と同じで。

 あぁ、ならば、自分は、自分たちは、なんでもっと早く伝えなかったのだろう。もっと早く分かり合えなかったのだろう。

 そうすればきっと、この場での再開は、とても喜ばしいものになったはずなのに。

 銀次につられてじわ、と涙があふれる。


「……うん、っうん、俺も、ごめんね、銀、晴。ごめんね……!!」


 三人は声を上げて泣き続けた。

 四年の時を経て、彼らの思い出はついに、別れの春から時が動いたのだ。



「……っあ゛ー……、やっべ、喉枯れたかも……」


 ひとしきり泣けば、三人並んで床に座って、泣き疲れによる倦怠感からぼーっと天井を見上げていた。


「俺も、ちょっとやばいかも。楽屋戻って水飲まないとな……、……銀と晴、目腫れちゃったね」

「それは柊君も同じだよ? どうしよう、びっくりしちゃうかな。柴之君達とか、陽さん達とか、ファンの皆とか」

「まー、その時はその時じゃね?なんとかなるだろ、多分」

「銀のよくわからない自信は今も健在かぁ。晴、苦労したんじゃない?」

「ふふ、それが銀君のいいところだから」

「なんだよ二人してー」


 不満げにぶー、と頬をふくらませる銀次。それに可笑しくなった二人はクスクスと笑う。


「でも、夢、叶うかもな」

「そうだね。同じユニットにいなくても、同じ事務所にいなくても、こうしてステージには立てる。……俺達は俺達のステージで、柊君は柊君のステージでベストを尽くせば、一緒に最高のステージは作れる」

「うん」


 三人で顔を見合わせる。彼らは確信していた。きっと今、自分たちが考えてることは一緒だと。

 静かに前に手を出せば、それぞれ重ねる。円陣を作って、再び誓い合うように。


「それじゃ、約束な」

「うん。……ふふ、何だか最初に約束した日みたいだね」

「ほんとだ、なんだかむず痒いね」

「いいだろー! 約束はたくさんしても減るもんじゃないし、夢はでっかく沢山持ってたほうが楽しい!」

「あはは、銀らしいや。それじゃ、もう一度」


「俺達皆で、最高のステージを作ろう!」



 その後三人はそれぞれ帰るべき場所へ戻った。泣いたことで目を腫らして帰ってきた彼らを見て、ユニットメンバーは当然ながらぎょっとした顔をしていた。だが、彼らの表情が先日よりも晴れていたのを見ると、安心したように笑う。


 銀次のステージに対するテンションは最高潮に達し、ステージは大盛り上がりを見せた。獣のような咆哮に、ステージもつられて湧き上がる。そんな彼らは今まで以上にきらめいていた。


 その後、ステージはノーサスからセゾンへとバトンタッチされる。入れ替わるときに銀次と晴彦、柊聖はハイタッチをしてステージを引き継いだ。


 四人は定位置につく。柊聖は、初めてステージに立ったときのような高揚感を感じていた。きっと蟠りがなくなって罪の意識が消え、今このステージを全力で楽しめるようになったからかもしれない。

 このステージはきっと今まで以上に素晴らしいものになる。心のどこかで確信が持てた。


 舞台の照明がステージを照らす。輝きの中心にいる彼らを讃えるように、ステージへファンの黄色い声が響く。


 今日もまた、四人の輝くステージが始まる。

 そのステージは大盛況、ステージはファンの輝く笑顔に溢れ、ステージに立つ四人もまた、楽しげに輝いていた。

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