Episode.1-4 亀裂

 冬の肌寒さが日に日に緩和していき、桜の花がちらほらと咲き始めた頃。

 これから訪れるのは、学生生活を締めくくる最後のイベント、卒業式。


 澄み渡る青空の中ら中学生だった彼らもまた、新たな未来へ旅立つ儀式として、式に望んでいた。

 何もトラブルが起こることもなく式は終わり、泣きじゃくるクラスメイトや、いつも通りに笑う友人たちと最後の言葉を交わし、柊聖しゅうせい銀次ぎんじ晴彦はるひこもまた、三年間通い続けた学び舎をあとにしようとしていた。


「……一緒に帰るのも、これが最後なんだね」

「そうだね。柊君は寮に入るんでしょう?お店に行っても会えなくなっちゃうのは少し寂しいなぁ」

「あはは、でも夏休みとか冬休みとかには帰ってくると思うから、その時にでもまた遊ぼうよ」


 穏やかに話す柊聖と晴彦。銀次はその数歩後ろを歩く。

 そう、幼稚園からずっと共にいた幼馴染の一人は、明日から別の道を行ってしまうのだ。

 自分が進むことのできなかった、高専という憧れの場所へ。


「……いいよな、シュウは」

「銀?」


 ポロ、と銀次の口から零れた言葉。柊聖は少し後ろを歩いていたはずの銀次を見る。

 気づけば銀次の足は止まり、二人の間には距離が生まれていた。


「……お前は高専で夢を叶えるんだろ?」

「……銀……?だ、大丈夫だよ、盛名せいめいにだってアイドル科はあるし、そこからプロプリを目指すことだって」

「なら、なんでシュウは高専に行ったんだ?」


 言葉が詰まる。たしかにそうだ。高専に行かなくてもアイドルにはなれる。銀次や晴彦と共に遠回りをしてもよかったのだ。……だけど、柊聖は高専を選んだ。より近道を選んだ。

 まわりに催促されてしまったのもある。流されたこともある。だが、手に入れた近道を手放したくなかった。そう思ったのも確かだ。故に言葉が詰まってしまったのだ。

 反論できない柊聖を見て、自虐的に笑いながら銀次は皮肉を続ける。


「……いいよな、シュウは。高専入れて、プロプリにいけて、陽さんたちと一緒の場所に立つことができて。……同じタイミングで目指し始めたのに、もうこんなにも力に差がある」

「そんなこと」

「現にそうだろ。お前は残った。俺はふるいから落とされた。実力差じゃんか」

「銀」


 銀次は卒業証書の入った筒を強く握った。悔しそうに歯ぎしりをして、抑えきれない衝動のまま叫ぶ。


「なんでだよ、強く望んだのは俺も同じなのに!! 始めた時だって同じで!! なのにシュウはどんどん先に行く!! ハルだって高専受かってんのに蹴ったんだろ!? 俺よりもずっとずっとアイドルに近くなってって!! 追いつこうとしてもすぐ先に行って!!」

「ぎ、銀君、落ち着いて」


 突然叫び始める銀次に動揺しながらも、窘めようとする晴彦だが、決壊して溢れだした言葉が止まることはない。


「上から見る景色はさぞキレイだろうな!! そこから見える勝組エリートの世界は!!」

「ぎ、ん」

「約束したのに!! 一緒にステージに立つって、最高のステージを作るって!! 何が一緒だよ、何が同じだよ!! お前は_____」


「_______俺を、置いていくくせに!!」


 そこまで捲し立てるように叫んでから、銀次はハッと我に帰ったような顔をした。自分は今、何を口走った?何を投げつけてしまった?恐る恐る顔を上げると、目の前にあったのは______


「……あ」


 _______大好きな幼馴染の、泣きそうな顔。


 そこから柊聖は逃げるように走り去り、言葉ナイフを突き立てた銀次も、呆然と見送ることしかできなかった。中間にいた晴彦もどうすればいいのかわからず、棒立ちになってしまっていた。


 そこから彼らの日常は終わりを迎え、今日という日まで出会うことはなかった。



「……そんなことがあったのか」


 ブランコを微かに揺らしながら、話を聞いていたまことは、悲しそうに目を伏せた。それを見て話していた柊聖は自虐的に笑う。


「ね、先輩。最低でしょう? 俺は銀と、二人との約束を破ったんです。裏切ったんです。だから、あぁ言われるのも当然で。……ならせめて俺にできる罪滅ぼしは、二人のぶんまで頑張って、功績を残して、プリローダに相応しいアイドルになることだろうって。……それでここまで死にものぐるいでやってきました」

「罪滅ぼして……てか裏切りも何も、そんなんただのひがみじゃねぇか。自分ができないからって柊聖に八つ当たりしただけだろ」

「そうかもしれないです。……でも、銀の言ってることも間違えじゃないんだろうなって、俺、納得できちゃって。だから、これは俺が抱えていかなきゃいけないものなんだなって思うんです。……まぁ、あの二人がBsプロで先にデビューしてるとは思わなかったんですけど」

「あー……んんー……柊聖の言い分もわからなくてはねぇけどさぁ……」


 納得もできない、と言いたげに頭を掻いた。その様子に柊聖は困ったように笑う。


「……そうですよね。というか、こんな理由でアイドルやってるなんて、俺、アイドル失格です」

「いやそこまでは言わねぇけど……。一先ず、そこまで根に持つことじゃねぇと思うし、柊聖は何も悪くねぇよ。この実力社会アイドル界で、潜在の才能で差がつくのは当然のことだ。それで篩で落とされて挫折するやつなんて五万といる。そこで生き残ったやつを殴っていい訳がねぇし、生き残ったやつがそいつらのために頑張る必要もない。というか、そんな居なくなったやつの未練まで抱えて自分が疎かになるなら、んな物捨てちまえって話なんだよ」

「……純先輩って、結構ドライなんですね」

「悪かったな、夏みてぇに暑苦しい男じゃなくてよ」


 意外だ、というふうに見つめられた純は、ケッと吐き捨て、ブランコを大きくこいだ。


「……ま、俺とお前は違うから、俺の考えを押し付けるつもりはねぇけどな、っと」


 ぴょん、とブランコから軽い身のこなしで飛び降りれば、柊聖の方を向き直る。


「でもさぁ、新水あらみずのやつ、本心で言ったのかね、それ」

「……?」

「今日見た感じ、お前が憎たらしいとか、そんなふうには見えなかったけどな。そうだったら、そもそもお前に話しかけたりしねぇだろ」

「……それは、晴にギクシャクしないようにって釘を刺されてたのかもしれない、し」

「だーもー。なーんでお前はそうやって悲観的に受け止めようとするんだよ、ジメジメ過ぎるときのこ生えるぞ」

「あう」


 呆れたようにため息をつく純は、柊聖のデコをピンッと突く。


「幼馴染なんだろ? それともなんだ、新水は人を憎んで口で暴力振るうような奴なのか?」

「ち、違います!! 銀は人一倍周りに優しくて、たくさん気を使う人なんです、自分の目付きが悪いのを気にして、"周りの人が自分を見て怖がったら楽しい時間も楽しくなくなっちゃうかもしれない"って言う奴なんです。自分も一緒に遊びたいのに、自分から距離をおいて……、だから、人を貶したりなんて」


 純から銀次へのイメージが悪くついてしまったことに焦って弁解しようとした柊聖は、自分の言ったことにはっと息をのむ。銀次はそういう男だった。ずっと昔から。アイドルを目指し始めてからも、誰も僻まず、貶めようとしない。下手でもなんでも、ただ前を見て楽しむ男だったのだ。


「……だろ? なら、お前限定で本心から貶すようなことするとは思えねぇけどなぁ、俺は」


 純はしてやったり、というふうに笑ってみせる。


「ま、悲観的に捉えるのが悪いとは言わねぇけどさ。あんまり否定的にモノみると、ほんとに大事なことを見落として、失くして後悔するぜ?」


 失くして、後悔。柊聖は何かに気づいたように自分の胸に手を当てた。

 卒業式に喧嘩別れをしてから、自分の胸にぽっかり穴が空いた気分だった。生活が変わった、それもあるのかもしれない。だが、道が別れたとしても二人とは仲良くやれる、そう信じていたから。

 三人で誓い合い、刺激しあった日々、楽しかった時間。"アイドルになりたい"、その夢さえも失って、その夢があった穴を罪滅ぼしなんてもので埋めようとしていたのかもしれない。相手がそれを望んでいるのかもわからないのに、それが自分が自分を許すために作られた、偽りの決意だと言うことから目を背けて。


「……先輩」

「ほい、純さんお悩み相談室はこれにておしまい! お代は俺の誕生日にお前んちのケーキってことで」


 気をつけて帰れよ! と純は笑えば、柊聖の返事も聞かず、公園から立ち去ってしまった。

 あの人は学生時代からそうだ。お礼を言わせてくれない。困ったように笑えば、柊聖もブランコから降りる。


 ……もう何も失いたくない。

 今、確かに、感じたのだ。

 なら、今の自分にできることは、ただ逃げることでも、罪償いでもない。


「……銀、晴。……俺、やっと前に進めるかもしれない」


 空を見上げれば、すでに暗くなった夜空に、点々と星が瞬いていた。



 数日後。イベント本番。

 会場は満員御礼、大盛り上がりを見せていた。

 小さいステージだからこそ、ファン達の熱気と気持ちが手に取るようにわかる。

 それと同時に、自分たちの感情も、ファンも手に取るようにわかるのだろう。いつも見てきたものとは違う雰囲気に、思わず圧倒されてしまう。


「すーごい。室内ライブってこんな感じなんだー」


 一足先に舞台袖からステージを眺めていた紅咲叶べにさき かなたは感嘆の声を上げた。

 今までのSAison◇BrighTのステージは野外でのステージが比較的多かった。プリローダが管理するステージが野外の物が多いこともあるが、先に野外の経験を積ませておくことで、外での音の響き方に慣れさせようというプロデューサーの意向もある。


「柊聖、リハのときに確認できなかったところは大丈夫そうか?」


 櫻月陽さづき ようはステージ端で慌ただしく動くスタッフの邪魔にならないところからステージを見ながら、柊聖を見る。その近くで純も軽くステップを踏みながら待機していた。


「はい、イメトレと自主確認はこれでもかってくらいしたので大丈夫だと思います。……あとは、俺の気持ちだけ」

「一人で平気か?」

「はい、ちょっと怖いけど……、もう、迷わないです」

「……そうか、良い顔するようになったじゃんか。よし! 行ってこい!」


 純が気合を入れるように背中をバシッと叩く。それに押されて強く頷けば、柊聖は走り出す。

 陽と叶もまた、それを応援するように見送った。

 行き先はステージでも、自分たちの楽屋でもない。

 大切な幼馴染達のもとへ……。

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