Episode.1-3 後悔

「本当にすみませんでした」


 SAison◇BrighT、控室。

 橙柊聖とうのき しゅうせいは深く頭を下げた。

 経緯は数分前に遡る。


 今日は新人アイドルを対象にしたライブイベントのリハーサルだった。当然ながら、最初からスケジュールを頭に叩き込み、全力で望むつもりだったのだ。

 しかし、自分たちの前にリハをしていたN-Sリベラズム、通称ノーサスとの邂逅により、五年前に仲違い別れをした幼馴染と再会を果たしてしまう。

 その時の記憶やフラッシュバックで、集中が保てない最悪の状態でリハに挑んでしまったのだ。

 結果、当然リハは散々だった。最後まで全く集中できずに、ユニットやスタッフに迷惑をかけてしまった。

 原因はわかっている。結局は自分の気持ちの切り替えができなかった所為なのだ。

 そんなことでミスをして、足を引っ張ったことを申し訳なく感じ、現在に至る。


 リーダーの櫻月陽さづき よう、メンバーの葵海坂純あおみさか まこと紅咲叶べにさき かなたは顔を見合わせる。柊聖の深刻そうな顔とは真反対の表情で笑いかけた。


「大丈夫だって、そんな気にすることねぇよ」

「そ~そー。誰にだって失敗はつきものでしょー?」

「それに、君はよく頑張ってくれているさ。一度の失敗如きで責めるやつはここにはいない。……それより、さっきの件だろう? 大丈夫か?」


 さっきの件。ノーサスの2人と自分の間に生まれた、なんとも言えない蟠り。

 胸元で拳を握りしめると、少し苦しげに眉を下げて目線を落とした。


「ちょっと昔に、喧嘩別れしたんです。……それだけなので、気にしないでください」

「気にしないでって、あんなんになるほど思い詰めてることなんだろ? 気にしないほうが難しい ……」

「純」


 余計に心配する純を、静止させる陽は、緩やかに首を横に振った。「他人の事情にあまり踏み入るものじゃない」と。

 言葉にされずとも言いたいことを察した純は、少し悔しげに目線を落として、そこからは何も言わなくなった。


「……柊ちゃん、毎日頑張ってるから、きっと疲れちゃったんだねぇ。今日は帰ってゆっくりしようよ。そうすればきっと、明日から元通りだよ」

「……そうだな、そうしよう。さ、帰る準備するぞ」


 少し重い空気が流れる中、叶はいつもどおり振る舞って場の解散を提案した。これもある意味、彼なりの気遣いなのだろう。

 他のメンバーも頷けば、帰宅の準備に取り掛かった。



 このステージには、スタッフが道具を運搬したり、アイドルが表から帰りファンに捕まらないようにという配慮で、裏口が存在する。セゾンもその裏口を利用して外に出た。

 幸い、帰路は皆途中まで一緒だ。何気ない話をして帰るのだが、柊聖はずっと暗い表情のままだった。

 少し歩き、商店街を抜けようとした頃だった。


 そこにあったのは信号待ちをする、ギターケースを背負う銀色の髪の男、新水銀次あらみず ぎんじと、ベースケースを持つ茶髪の男、清月晴彦きよづき はるひこの姿。


「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様ーっす!」


 二人はセゾンに笑いかけ挨拶をする。陽と叶はそれに答えるように微笑んだ。

 柊聖は気まずそうに目線を落とした。純はそれを心配そうに見る。


「……あの、しゅ、……橙君。このあと少しだけ、時間あるかな」

「……、ごめん」

「ほんの少しだけでいいんだ、なぁ、シュウ___」

「っ、ごめんなさい!!」


 耐えきれなくなった柊聖は叫ぶと、青に変わった信号を走っていってしまった。

「柊聖!」と純も後を追いかける。当然、柊聖に用がある二人も、その後を追おうとした。


 しかし、


「おっと、君たちにどんな事情があるかは知らないが、柊聖の為にも、君たちを行かせたくないな」


 遅れて追いかけようとした二人の腕を掴み、静止させたのは陽と叶だった。


「は、離してください陽さん!! 俺、シュウに言わなきゃいけないことが……!!」


 銀次は驚いた顔をし、その腕を振りほどこうとした。だが、成人男性の力は強く、解くことはできない。腕を掴み、銀次の懇願を聞く陽は、笑む表情を崩すことはなかった。どんどん遠くなっていく柊聖と純の背を見て、苦虫を噛んだように顔を顰める。


「悪いねー、可愛い後輩を守るのも、先輩の役目だからねー」


 言葉とは裏腹に、いつもと変わらず微笑む叶。晴彦も「お願いします、離してください……!」と懇願し、叶の手を解こうと試みていたが、その間には走り去った二人の姿は人混みの中に溶け、目の前の信号も赤に変わっていた。


「……くそ、くそっ!! やっと、会えたのに…………!!」

「銀君……」


 銀次は悔しそうに顔を顰めた。その様子に晴彦も眉を下げる。


「……ずいぶん訳ありのようだが、柊聖を捕まえて何をするつもりだったんだ?」

「柊ちゃん、今日ずっと上の空だったから、今の君たちと一緒に居させるのは良くないかなぁーって思って止めたんだけどー、……理由によってはごめんね? ってなるかなー」


 首を傾げる陽と叶に、銀次と晴彦は顔を見合わせる。重い口を開いたのは、銀次だった。


「……俺はただ、シュウに謝りたかっただけなんです。四年前……中学の卒業式に、酷いこと言っちまったから」




 一方その頃。


「ぜぇ、はぁ、やっ、と、追い、っついた……!」


 日は完全に傾き、街灯がポツポツとつき始める時間。信号を渡ってから一心不乱に走り続けた柊聖を、やっとの思いで純の短い腕で捕まえることに成功した。


「っ離して!! 俺っ、二人と合わせる顔も、交わせる言葉も、ない、から……っ!!」

「誰もあいつらと会えとか話せなんて言ってねぇよ! 今ここにいるのは俺だけだ!! いいから落ち着けって柊聖!!」


 その声に、ハッとした。肩で息をしながら自分を捕まえている手と、人物を見る。その人物もまた、肩で息をしながら柊聖を心配そうに見つめていた。


「……す、っみません、純先輩、俺」

「敬語、っ忘れたこととか、勘違いしたことなら、今はいいから。……っなぁ、俺で良ければ話聞くぜ? 陽は深入りするなって念押してきたけどさ、今のお前見て、やっぱ放ってなんておけねぇよ」

「……先、輩……」


 純は学生の頃から面倒みがいい。純が学生時代にはよく練習のヒントや発表の練習、相談事など、様々なことを気にかけ、助けてもらった。そして今も、こんな不甲斐ない自分を心配して、手を差し伸べてくれている。

 あぁ、自分はまた、この人の優しさに甘えてしまうのだ。これは、自分のせいで起こった末路で、自業自得の罪で、嘆くことなど許されていないのに。


「……先輩、俺、……最低な奴なんです」


 自嘲するように笑いながら、収まりきらなくなって溢れだす感情を零すように、ゆっくり話し始めた。



 柊聖と銀次、晴彦の三人は幼稚園からの幼馴染である。家も近かったため、学区制の小学校、中学校は必然的に同じ場所だった。クラスこそ三人ずっと同じ、というわけには行かなかったが、それでもクラスが別れても三人で集まって一緒に帰ったり遊んだりするくらいには仲が良かった。


 そんな三人に、ある日転機が訪れる。


 中学3年になった春、柊聖たちの通う中学に、プリローダ高等専門学校の生徒たち、つまるところアイドルの卵たちが学校の説明会を兼ね、パフォーマンスをしに来たことが始まりだった。

 そのパフォーマンスに三人、特に銀次は心を打たれ、三人はプリローダ高等専門学校に進学を希望し、約束したのだ。


『三人でアイドルになろう』

『そしてあの人たちのように、最高のステージをしよう』


 当然三人はアイドルになるための勉強もしていないし、あのエリート校に入れたとしても、その後開花できるのはほんのひとにぎりの厳しい世界だ。何度も先生や親に説得もされた。本人たちも自覚していた。

「憧れだけでどうにかできる世界ではない」と。

 しかし、彼らにとってこの夢は。それがわかっていても諦められない、諦めたくない夢となっていた。


「それで俺達、私立は高専を希望して、三人で受けてきたんです」

「それだけ聞けば超青春してるよな。……んで、その時見たアイドルの卵が陽だった、と」


 近くの公園に入った二人は、ブランコを揺らしながら話す。鎖がきしむ音が懐かしさを感じさせた。


「はい。だから銀も晴も、当然俺も、陽さんがとっても憧れなんです。あの人のアイドルを体現したような姿が、俺達の目標になってました。銀なんて、もともとはすっごい静かで、目つきが鋭いから周りを怖がらせちゃうって、それがコンプレックスな臆病な子だったのに、陽さんを見たあの日から、人生に光がさしたように毎日楽しそうにするようになって。終いには"陽さんみたいになりたい!"って言ってあんな風になったくらいですし。……それくらいあの人は、俺達にとってすごい人なんです」

「へぇー、性格ゴロッと変わるほど本気だったってわけか。……てかそれ、本人に言ってやればどうだ?」

「え!?いや、俺はその、いざ目の前にして伝えようとすると……ちょっと、照れちゃって……」


 少し恥ずかしそうに足元の砂を擦る柊聖。


「お前何だかんだそういうとこあるよな……、まぁいっか。それで?受けてどうなったんだ?」

「その後は……」



「高専に入るために、色々したんすよ。ダンスも歌もやったし、俺は特技を増やすためにギター始めてみたり」


 同時刻頃、去った者を追わせないようにした陽と叶、そして追うことを阻止された銀次と晴彦の四人は、「彼らの話を聞こう」ということでファミリーレストランに入った。

 銀次はコーラをかき混ぜながら、少しうつむき気味で話す。カラン、カランと硝子に氷が当たる涼し気な音が微かに響いた。


「受かるために必要そうなことは何でもやったし、学校説明会とかも何回も行って。……でも、結果的には落ちたんすよ。俺だけ」

「あらぁ」


 気の毒に、と叶は眉を下げた。それと同時に、陽と叶には落ちた理由もなんとなく察しがついていた。

 プロダクション・プリローダを始め、各プロダクションには、「テーマ」なるものが存在する。銀次と晴彦、二人の所属するBsプロは「猛獣」とされていて、パレットプロデュースと呼ばれる事務所のテーマは「色」、別名劇団事務所とも言われるエーデルシュタインという事務所のテーマは「宝石」……と言った具合に、その事務所のテーマは様々だ。

 プロプリのテーマは「花や気象などの自然物」。彼のキャラクターでプロプリを目指すとなると、正直なところ「テーマにそぐわない可能性が高い」のだ。おそらく、そこが最終的な決め手だろう。

 当然、入ってからテーマにそぐわせるために矯正するのことも、学校側としては可能だったはずだ。しかし、それは彼自身の個性を制限することを意味する。ここまでアイドルに本気で挑む人間の個を、わざわざ事務所の方針のためだけに制限するころすのは些かもったいない。ならば、別の事務所で頑張ってもらうのが、彼にとってのアイドルになる近道だと。そう判断したのやもしれない。


「今では、そりゃもう仕方ないことだと思うし、母校……盛名高校せいめいこうこうに行ったことも、Bsプロに入ったことも、なんにも後悔してないっす。いいところだし、俺にあってるとも思うから、むしろここで良かった、って思ってるくらい。……だけど、当時ガキだったもんだから、すっごい悔しくて」

「まぁ、その心境は中学生ならば妥当だろう。それだけ真剣に追いかけて来た夢を、夢の方から拒絶されたようなものだからな」


 陽の言葉に続き、うんうんと頷く叶。


「私立って、期間内は入学を保留することできるんですけど、柊君、結構早い段階で入学申請を出したんです。本当はギリギリまで悩みたかったみたいなんですけど……担任の先生に「進学という人生の分岐点を、友達と行けるかどうかで悩むんじゃない」って催促されてたみたいで。柊君自身も高専に行きたかったのも事実で、きちんと勝ち取ったものだし、先生の催促も相まって……」

「あー、先生によってはやるよな。……清月君はどうしたんだ?」

「俺、ですか?もちろん催促されたんですけど、振り切ってギリギリまで悩みました。それで、中途半端な覚悟で高専に行っても置いて行かれたりするだけだからって思って、盛名を選んだんです。こっちにもアイドル科があるし、険しいだろうけど、ここからプロプリを目指すことだってできないわけではないとも思いましたし。……それに」


 と言葉を止めるとチラ、と横にいる銀次を見た。銀次はその目線に首を傾げる。それ見てクス、と笑えばまた話を続けた。


「……とにかく、高専に入ることだけがアイドルになる道ってわけではないな、と思ったので」

「へー。計算高いねぇ」


 叶は感心するように笑えば、大皿のポテトをひとつ食べる。


「……で、その後、中学の卒業式の時に、……」


 と銀次の言葉の歯切れが悪くなる。


 そう、中学の卒業式。

 この日、彼らの運命に亀裂が入ることとなる。

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