Episode.1-2 思わぬ再開

「気づけばもう一週間かー、はえぇもんだよな、時の流れって」


 イベント一週間前、今日はイベントのリハーサルの日である。

 ここは控室。椅子に座って足をブラブラとさせる金髪の少年…いや、小さい青年はハァー、とため息をつきながらぼやいた。


「マコちゃん、おじいちゃんみたいー」

「うっせぇなまだまだピチピチの21歳だわ」

「21ってピチピチなのか…? あ、柊聖しゅうせい


 のんびりと雑談をする三人の控室の扉が開く。その先には白い学ランを着て、肩で息をする学生アイドルの姿があった。


「お疲れ様です! すみません授業が少し長引いて……!」

「オーおつかれさん! まだ前の組これからだから余裕余裕」

「お疲れ様だ、来て早々悪いが、一先ず衣装に着替えてくれ。リハの流れを説明するから」

「わかりました!」


 全員の準備が終わると、リーダーであるようは今日のリハーサルのスケジュールを伝える。リハの全体の流れ、やりたいこと、確認してほしいところ……。綿密に作られたスケジュールを、三人は頭に叩き込む。


「……というわけだ、みんなこの流れで頼むぞ」

「はーい、バミ辿っていくのってなんか楽しいよね」

「遊び感覚か」

「わかりました。……それにしてもステージの音、控室こっちまで響くんですね」

「あぁ、前のグループがBsプロ…ビーストレンジ・プロのバンドアイドルらしくてな。Bsプロって言ったら力強いイメージが強いから、おそらくその名の通りって感じなんだろう」


 ビーストレンジ・プロ、通称Bsプロは、獣のように野性味の溢れるアイドルが多く所属するプロダクションだ。当然ながらこのアイドル界には、セゾンが所属するプロプリやBsプロの他にも、多数のプロダクションが存在する。各プロダクションには、所属するアイドルの特色を活かせるようなイメージ、テーマが設定されていて、アイドルを目指すものは自分のパフォーマンスを最大限発揮できる事務所に所属するのだ。


「なんだっけあそこ。……あーあれだ、ノーサス。メンバー変えて再結成したみたいなこと言われてたよな」

「そーなの? のうさす?」

「お前の発音だと物騒だな……えーっと、あった。ほら、ノーサス。N-S《ノースサウス》リベラズムってとこだよ。元々はノスリ…ノース・リベラズムっていうギターとベースのふたり組だったんだけど、秋くらいに新しくふたり入って4人、ちゃんと楽器が揃ったって話」


 まことはそう言いながらスマートフォンでBsプロのホームページを見せる。キャッチフレーズに「自由リベラズムを吠えろ」と書いてあり、説明文には「自由を吠える北の象徴狼が、新たに南のリカオンをメンバーに迎え再結成!」と書かれている。


「へぇ……」

「柊聖も知らなかったか。まぁ最近のアイドル情報追う時間は流石になさそうだもんなぁ」

「あはは……ほんとはちゃんと知っておくべきなんですけどね……」

「マコちゃんもさっき調べてたもんねー」

「仕方ねぇだろさっき参加ユニット見たんだから……。とにかく、俺達よりも若干アイドル歴が長い奴らがいるってわけ。確か柊聖と同い年だぜ、あっちのリーダー」

「そうなんですか? すごいな、同い年でリーダーか……きっとすごくしっかりした人なんだろうな……」

「そろそろ俺達も出番だし、舞台袖から少し見てみるか? ノーサス」


 皆がユニットに興味を示しているのを微笑ましげに見て、陽は時計を確認してからそう提案する。

 それを聞いて一番最初に目を輝かせたのは柊聖だった。

 彼はアイドルである以前に、一人のアイドルが好きな学生である。他のアイドルの裏側の様子を見ることができるのは、またとないチャンス、興味がそそられるものだ。


「いいんですか?」

「あぁ。スタンバイが早くて損はない。邪魔にならなきゃいいと思う」

「バンドアイドルってどんなのだろー、気になるー」

「興味が向いたら早いよな……ま、行ってみるとすっか」


 メンバーが頷くと、視察兼スタンバイを始めるためにステージ袖へと移動を始めたのだった。



「SAison◇BrighTです、リハの見学をしてもいいですか?」

「あぁどうぞ。もう少しで終わるのでちょうどよかったです」


 袖につくと、陽がスタッフと一言二言交わしている間に、純、かなた、柊聖は会釈をして先にステージをのぞき込んだ。控室に微かに聞こえてきていた演奏の音は、ここまで近づけば大音量になり、力強いロックが響く。


「へぇあれがノーサス…若いな、全体的に」

「あの銀色のギターの人がリーダーかなぁ。すごい凛々しー、ヤンキーみたい」

「ばっ、失礼だろおま」

「あはは……、あの人、が…………」


 柊聖も興味に胸を膨らませ、ステージを凝視した。しかし、目の前にいたギターを持つ銀髪のアイドルに言葉をつまらせた。


 柊聖はあの男を知っている。そしてその横にいるベースを持つ男も。忘れるわけがない

 五年前に別れた、幼馴染達の姿。


「なんだなんだ、俺にも見せ……、柊聖?」

「……ぎん……? ……それに、はる…まで…」

「? 知り合いー?」

「……え、と、……はい」

「……大丈夫か柊聖? めっちゃ顔色悪いけど」

「あ、だ、大丈夫です、すみません」


(どうして、銀と晴がここに……、……まって、俺、二人に合わせる顔なんて)


 無意識に逃げようと後ずさってしまう。だが、自分たちの番はすぐ前だ、逃げることもできない。どうしようもできない現実に冷や汗が流れる。そして無慈悲に振り下ろされる刃のように、何も知らないスタッフの声が響いた。


「N-SリベラズムさんOKです!楽器はけさせるのでこちらに戻ってきて下さーい!」

「!」

「あっおい、柊聖!?」


 ここで鉢合わせをしたくない。柊聖は本能的にステージに背を向けた。しかし、純はその異変に気づき柊聖を呼び止める。


「俺、ひ、控室に忘れ物しちゃったので! 取りに行ってきま……」


 慌てて言い訳を述べたときにはもう遅かった。


「あーーー!!!!」


 銀髪のノーサスのリーダーが声を上げてこちら……正確には陽の方めがけて走ってくる。

 そして、陽の目の前で止まり、あこがれと尊敬の眼差しで見つめた。


「うおっ!?」

「陽さん!! こんなところで感激です!!! うわーそうだよな、SAison◇BrighTさんが来てるってことは陽さんにもやっぱり会えるってことだよな!! うわーー!! めっちゃ嬉しい!! 俺、陽さんの大大大大ファンなんっすよ!!! ぐぁー!! リハじゃなければサイン貰いたかった!!! あ、純さん!! 俺純さんのダンスチョー好きっす!! 今日リハで踊るんすか!? てか本番のソロダンスも超楽しみにしてます!! 叶さんの歌の伸びとビブラート、超感激してるんすよ!! それにキラキラな曲もグワーッて曲も、こう、スンってなってる曲も何でも合わせて歌えるのマジ憧れます!!」


 興奮した男は、マシンガンのごとく三人を見てキラキラとした純粋な目で見つめて語った。その様子に三人はポカン、としてしまう。


「な、なん、なんだ?」

「すっごーい、マシンガントーク」

「ちょ、ちょっと銀君、びっくりさせちゃだめだよ……! すみません、うちのリーダー、アイドル大好きで……、皆さんと同じステージに立てるってわかってからずっとこの調子なんです……」


 ステージでベースを弾いていた男が大慌てて追いかけてくれば銀と呼ばれたギターの男の腕を引っ張り、代わりに申し訳なさそうに謝罪を述べる。

 しかし、男の口は止まらない。


「だって陽さんだぞ!! 陽さんが目の前にいるんだぞ!! 俺達がチョー憧れた陽さん!!! こんなんハイにならないわけがひでふっ!!」


 男が後ろから手刀を入れられる。手刀の主はステージでキーボードを弾いていた男だ。眉間にシワを寄せ、ジト目で痛みに悶える男を見る。


「……うるさいです、新水あらみずさん。相手方引いてます」

「あートモ君、ギン先輩殴ったー、いーけないんだー」


 と、後ろからドラムを叩いていた男がのんびりとした口調で野次を飛ばす。トモ君と呼ばれた男は「お前はミンチにしてやろうか」とドラムの男を睨みつける。そしてベースの男がその様子を見て「まぁまぁ落ち着いて、ね?」と宥めている。なんとも混沌とした状態が広がっていた。


「ははは、随分熱烈に推してくれてありがとうございます。えっと…新水さん?」

「あば!? よ、陽さんに名字、呼んで、はぁあ!! あ、あの!! 俺敬語とかそういうのいいんで! ていうか俺のほうが年下なので!! あわよくば銀って呼ばれたいけど呼ばれたら俺の心臓止まる気がする待って!!」

「なんかクレイジーだなこいつ」


 陽の対応に喜怒哀楽で激しくテンションが動く男を、純はなんとも言えない顔で見つめる。叶は「おもしろーい」とケラケラと笑っていた。その様子に、ベースの男が慌てた様子で提案する。


「銀君、きちんとご挨拶しないと」

「そーですよー。このままじゃほかはともかくー、ギン先輩はただのやばいオタクですよー?」

「おっとそうだった」


 ンン、と咳払いをすれば、リーダーの男が再び話し始めた。


「いやぁすんません!! 俺テンション上がると周り見えなくなっちゃって! 改めて俺達、Bsプロ所属N-Sリベラズムっす!! 元々2年前くらいから俺とベース担当で「ノース・リベラズム」ってバンドで活動してたんすけど、去年の秋からドラムとベースが加わって再結成したんす!! なんでまだノーサスとしてはまだ1年たってなくて、今回呼んでもらえたんすよね! あ、俺がリーダーでギターボーカルの新水銀次あらみず ぎんじっす! で、こっちの白いメッシュの優しげなやつがノースリ時代からの相棒で、ベース担当のハル!」

「はじめまして、清月晴彦きよづき はるひこです。みなさんとこうしてお話できてとっても光栄です」


 相棒と紹介された男、晴彦はセゾンの方を見て、嬉しそうに微笑んだ。ウンウン、と銀次が頷き、また続ける。


「で、こっちのぴょんぴょん頭で眠そーにしてるのがうちのドラム担当のシノ」

「はじめましてー、アオハルのおにーさんはこんにちはー、江南水柴之えなみ しのでーす」

「アオハル?」


 銀次が不思議そうに誰のことだ、と柴之の顔を見た。すると柴之は純を見る。


「この人ですー、俺の高校のクラスメイトでー友達のー葵海坂遥あおみさか はるかのおにーさんなんですよー。ねー」

「おぉそうだなぁ。どっかで聞いたことある声だなって思ったらお前だったのかシノ」

「色々あってスカウトされたんですよー、ぶいぶい」

「そうだったのか! んじゃあ、いつもうちのシノがお世話になってますっす! 純さん!」


 思わぬ縁を見つけてなぜか銀次が嬉しそうに笑う。そして、最後に残ったキーボードの男の腕を引っ張った。


「で、最後にこいつ! うちのキーボード担当の、乾那原智和かんなばら ともかず!!」

「近い煩いノーテンキが移る」

「そんなこと言うなよトモ~!!」


 うりうりと肘で突く銀次を見てより一層眉間のしわを深くして退けようとする。その最中、ある一点……叶と目線を交差すると、更に不快そうに睨みつけそっぽを向き、銀次の拘束から逃れて控室へと先に戻っていった。

 銀次はこの塩対応に慣れているようで「あーあ」と少し残念そうに見送る。その後、改めてセゾンの方へ向き直り、


「つーわけで、今後ともノーサスをよろしくお願いします!」


 と、眩しい笑顔を向けた。


「はは、元気でいいな。よろしく、ノーサスのみんな。プロプリ所属、SAison◇BrighTリーダー、櫻月陽だ」

「さっきシノから紹介されたけど、葵海坂純だ」

「紅咲叶です。よろしくね~」


 とセゾンも自己紹介をする。それを聞いてまた少しテンションが上がり始めた銀次をよそに、少し遠慮気味な晴彦が口を開く。

 

「……えっと、セゾンさんがいらっしゃると言うことは、その、柊く……、橙君も?」

「お、おぉ、いるぞ。いまさっき控室に忘れもんーって言った戻ろうとしてたけど……」

「柊ちゃん俺の後ろでかくれんぼ中ー」

「ちょ、叶先輩……!」

「シュウ!」


 ノーサス自己紹介の間、必死に気配を殺してやり過ごしていたが、ご指名を貰えばその努力も虚しく、叶にバラされてしまう。

 銀次に話しかけられればビクッと肩を震わせ、観念したように叶の影から出てきた。


「ぎ、銀……晴、……ひさしぶり」

「あ、う、うん。久しぶり……だね」

「中学の卒業式以来、か?こんなところで揃うなんてびっくりだなー! ……」

「あ……う、うん……、…………」


 先程までの明るい空気が嘘だったかのように、三人の間に気まずい空気が流れる。


「…………柊君……」

「……あ、あのさ、シュウ」


 銀次が何かを言いかけたとき、楽器の撤収を終わらせたスタッフが「SAison◇BrighTさんリハ始めますー!」とステージ袖に声をかけてきた。「はい!」と陽、純、叶は答え、ノーサスの残っているメンバーに別れをつけで先にステージへと入っていった。


「……ごめんね、行かなきゃ」

「んぇ、あ、お、おー、頑張れよー!!」

「……頑張ってね」


 時間はまってくれない。柊聖はこの場から逃げるようにステージへとも向かっていった。その背に二人の声を受けながら。


「大丈夫か? 柊聖」

「あ、だ、大丈夫、です。…すみません」

「さ、集中していくぞ!」

「はぁい」


 リハーサルが始まる。

 確認したとおり、頭に叩き込んだはずのスケジュール通りに。順調にリハーサルが進む。


……はずだった。


 柊聖の脳内には、先程の二人の姿が、言葉がノイズのようにかかり続け、リハーサルに集中できずにいた。集中しなくてはいけないのに、思考がそれに阻まれてしまう。


「……聖」


 四年前に最後に交した、投げられた言葉がフラッシュバックするようにちらつく。


『______俺を、置いて行くくせに!!』

「柊聖!!」


 自分の名を呼ぶ声にハッと我に帰る。

 何が起こったか、理解するのにタイムラグが発生したが、状況を見て理解することは容易だった。

 声の主はリーダー、陽。定位置は変わっており、次の動きの確認が始まるところだった。

 すべての目線が柊聖に集まる。


 ミスをした、足を引っ張った。

 その事実を理解し、サッと血の気が引くのを感じた。


「っすみません……!!」


 少し泣きそうな声で謝り頭を下げると、急いで移動し、場は動きを再開した。

 しかしその後も、柊聖は集中できることはなく、意識が散漫した状態でリハーサルを終えたのだった。

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