Episode.1 エピローグ

「それじゃあ、ステージの成功を祝して……」

「カンパーイ!」


 喜びの賛美と共にグラスがぶつかる音が鳴る。

 ここは、プリローダ高等専門学校のとある一室。先日のステージを無事に終えたSAison◇BrighTセゾン ブライトN-Sノース-サウスリベラズムの面々を呼び、打ち上げを洒落込んでいた。

 色とりどりのお菓子やジュースを持ち寄り、和気あいあいと話をしたり、セゾンの所属するレクリエーション部に置いてあるボードゲームをやったりと楽しい時間を過ごしていた。


「いやーんにしてもありがとうございました! 俺達まで誘ってもらっちゃって!!」

「はは、君たちのおかげで柊聖も一皮剥けたみたいだからな。それのお礼も兼ねて、だ」

「先日からセゾンさん……特に陽さんと叶さんにはお世話になりっぱなしで……この御恩どう返せばいいか。ほんとにありがとうございます」


 嬉しそうに主催であるセゾンのリーダー、櫻月陽さづき ように、新水銀次あらみず ぎんじ清月晴彦きよづき はるひこはお礼を言いながらありがたさ半分、申し訳無さ半分、といった笑みを浮かべた。


「お礼はー、今度近くの美味しいお店でも紹介してくれるーってことでー」

「年下にたかんな」


 お菓子をつまみながら冗談めかすように笑う紅咲叶べにさき かなたと、それの脇腹に手刀を入れてツッコむ葵海坂純あおみさか まこと。純のツッコミに「じょーだんじょーだん」と、クスクス笑った。


「でも、先輩方にはたくさんご迷惑かけてしまって……本当にすみません……」

「もういいさ。これから一皮むけた君で、しっかり励んでくれれば何も文句はない。なぁみんな」

「そーだな。これからもみんなで頑張ってこうぜ、柊聖」


 申し訳無さそうに眉を下げて謝る橙柊聖とうのき しゅうせいの背中を、陽と純が気合を入れさせるように叩く。衝撃で零れそうになるジュースに慌てつつも、「はい」と微笑んだ。


「それにしてもー、ここ、教室ですよねー?打ち上げのために借りちゃっていいんですかー?それに俺達学校外部の人間なのにー」


 出されている純手製のクッキーを遠慮なく貪りながら、江南水柴之えなみ しのは首を傾げた。


「あぁ、そのへんは気にしなくてもいい。先生方には君たちが来ることも含めて話を通してある」

「俺達、よく学校の一室借りてこーやって遊んだりお菓子食べたりするんだよねー。学校側も"元通りにしてくれればそれでいいよ"的な感じでー。ほら、アイドルになると外で食べたりしてうっかりファンに囲まれるーとか、よくあるじゃない?満足にプライベートの会を楽しみたいときはこうやってやるんだー。卒業生の特権」

「まぁ、若干その特権を乱用してる節はあるけどな。先生も渋い顔しないで了承してくれるし、そのへんはすげえ助かってるよ」

「すげぇっす、さすが天下の高専の卒業生!!」


 銀次は三人の説明を聞いてキラキラと目を輝かせる。一方で話を振った柴之は「ふーん」と興味なさげに足をブラブラと動かしていた。


「いやぁやっぱ高専は歴史あるのに校舎きれいだし、教室もめっちゃロイヤルだしすげーっすねぇ! 昔に学校見学きたときもびっくりしましたもん」

「銀君、大興奮だったもんね。智和君も来れれば良かったのに」

「そーそー。無理やり連れて来ようとしたんですけどー、今回の抵抗はいつも以上に凄くってー。今回はちょっとだめでしたー」

「いや抵抗した時点で無理やり連れてくるのやめてやれよ、そういうところ脳筋だよなシノ……」

「パワー イズ パワー、ですよーお兄さんー」


 つまらなそうに口をとがらせて文句を言う柴之に、純がツッコミを入れる。それに対しての柴之は何故か得意げにピースをするものだから、純は「違う、そうじゃない」と言いたげにはぁ、と大きくため息をついた。


「ははは、まぁ打ち上げは無理に来るようなものではないからな。今回の、ということはキーボードの彼はいつもそういう感じなのか?」

「ええ、まあ。あんまり群れたがらないというか、真面目というか……。俺達のみで打ち上げとかしても『用事がある』って言ってて」

「前は視察がてらに他のアイドルのライブ見学に行くぞ!って話になったときも『俺は練習がしたいので』って中々頷いてくれないんすよ~」


 晴彦が困った顔で答えながらお茶を飲めば、銀次も口をとがらせながら説明する。途中で声色を変え、表情もキリッとしたのは、おそらく真似のつもりなのだろう。


「何だそれ、練習厨にも程があるだろ……」

「まぁ、彼は掛け持ちして、俺達の方も結構無理を言って入ってもらってるところがあるので。きっともう一方の……、クラシックの練習が大変なんだろうなって。そう考えると俺達も無理やり、というわけにもいかなくて」

「はぁーん、クラシックねぇ。そっちも中々複雑な事情をお持ちで」

「えーでも、トモ君が詳しい理由もなく『忙しい』『急用がある』っていうときは大体暇ですよー?もっとグイグイと、ググイグイと連れてっちゃっていいのにー」


 ぐいぐい、と言いながらコップに追加のジュースを注ぐ柴之。それを聞いて晴彦は乾いた笑い声と共に困った顔を浮かべる。

 そう、柴之の『連れてくる』というのには、絵面的に少し語弊がある。

 キーボードの彼が集まりに来るときは、大抵の場合柴之が無理やり引っ張ってくるのだ。柴之はドラマーなため、見た目に反して力が並よりも強い。そのぶんキーボードの彼……乾那原智和かんなばら ともかずは、指先の力はあるものの柴之の腕力には遠く及ばない。それ故にズルズルと引きずられている状態なのだ。

 つまり、『連れてくる』というより『引きずられてくる』のほうが正しかったりする。


「まぁ、トモにもトモの考えがあるんだろうし、仕方ないっすよねーとは思ってるんすけど」

「そーだねー。あの子、結構頑固だから」


 仕方ない、という銀次に同意したのは叶だった。不思議そうな顔で一同は叶を見る。


「叶先輩、乾那原君と知り合いなんですか?」

「あれ、言ってなかったっけー。まぁ気にしないでよ」

「いやそこで流されると流石に気になるんだけど」

「そんなことよりさー、クッキーもうなくなっちゃったよー?」


 ニコニコと笑う叶が紙皿を指差せば、いつの間にか純が作ってきたクッキーは残り滓だけとなっていた。それをみて、銀次はショックを受けた顔である人物を見た。その人は、リスのように頬を膨らませながらボリボリと貪る柴之。


「あーー!? おま、シノーー!!俺全然食ってないのにー!?」

「あれー、もうなくなっちゃったー」

「あれだけあったのにもう食ったのか!?」

「純のクッキーはうまいからなぁ」


 それを見て作ってきた本人も皿を二度見した。一緒に笑う陽。心なしかその表情は困った、というより残念そうに見えた。


「ま、まだお菓子はありますから! ね!」


 柊聖が持ってきたお菓子を空ける。

 まだまだこの宴は、終わらなさそうだ。


 Episode.1 END

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