スーキーはいつだってこう2

「また変なのと手を組んだわね。そいつら、ただの変態よ? 頼りになるのかしら?」


 プッとスーキーがを吐き捨てた。鴉のだ。ではなく、生きた鴉から食いとった、羽毛がついたままの手羽。

 シュメールは石畳に落ちた赤黒い涎塗よだれまみれのそれに嘆息する。


「グミから聞いてはいたけど、コウィン派の魔法はおぞましいのね」

「――今のグミの方がよっぽど悍ましいわ。見た? なにあれ。指環を追っかけ回して、穴とみたら手ェ突っ込んで――ところで、あんた、誰かしら?」


 スーキーはぐっとほとんど直角に首を傾げ、右手をコートのポケットに突っ込んだ。

 シュメールは鼻をひくひく動かし言った。


「誰でもいいわ。あなたの口、臭すぎる。そこから私の名前が出てくるだなんて、耐えられそうにないもの」

「あらぁ~言ってくれるじゃない? 匂いフェチの変態の癖にぃ♪」


 スーキーは嬉しそうに笑いながら首を振り戻し、ポケットから手を引き抜いた。小さな棒を握っている。手の内に収まるくらいの大きさの、削り出された二本一組の動物の角――いや、スーキーの生白い手が風に揺られる蝶のよう舞い、角が開いて銀色に光る刃がでてきた。


「……珍しい刃物ね。警察にしては物騒なようだけど」

「お褒めの言葉をど~もぉ~。これはね、バリソン。綺麗でしょ? 貴女たちの大好きな紅茶の産地の先の、もっと向こうで作られたのよ。こっちの言葉でいうと、バタフライ・ナイフってところかしら」


 スーキーは手の内でバタフライ・ナイフを遊ばせ、刃先をシュメールに向けた。


「赤い服で良かったわねぇ。血がいっぱいでるだろうけど、目立たなくてすむ」

「やれるかしら? 私、強くはないけど、そうそう負けはしないわよ?」


 言いつつ、シュメールは肩越しに視線を走らせた。キングはまだ半勃ちハーフ・エレクチオンだった。


「――隙アリぃ~」


 愉しげな声。スーキーはでろりと舌を垂らし、バタフライナイフを舐め上げた。舌先に打たれた銀のピアスが鋼の刃とぶつかり微かに鳴った。途端、

 目に見えぬ刃が幾重いくえにも走った。

 裏路地の汚れた石畳が、苔生す赤煉瓦れんがの壁が、壁を這う古びた鉄パイプが、一切の別なく切断される。殺意が、全てを切り裂きながら飛翔していく。

 ――だが。

 シュメールは澄ました顔でコツンと靴音を立て、一歩、左に歩いた。舞台女優もかくやという優雅さで片手を腰に躰を傾ぐ。一瞬の後、

 彼女のいた空間を、目に見えぬ刃が切り裂いた。

 パイプから蒸気が吹き、巻き添えになったドブネズミが石畳に汚れを重ねる。


「ウゥ♪」


 スーキーが両手の人差し指を伸ばし、嬉しそうに唇を尖らせた。


「やるじゃない。魔法を使ったのね? 感じたわよ? どうやったのかしら?」

「敵に手の内を明かすと」


 とシュメールが話し始めたがスーキーは無視して


「鼻が動いたわよね? 匂いを嗅いだ? 匂い好きの魔法。なんの匂いを嗅いだのかしら? 私の手の匂い? 違うわね。魔法の匂い? いえそうじゃない。まさかとは思うけど刃物とか? 鉄分の匂い。あるいは風とか? だめね。そんなんじゃ遅いものね。いいじゃない、いいじゃない。面白くなってきたじゃない♪」


 と手を盛んに動かしながら捲し立てた。


「――キング! まだなの!?」


 シュメールの声は微かに震えていた。


「オゥ、ラ、ラ」


 スーキーが、からかうように、これ見よがしに、長い舌を口の外で巻いた。


「戦うときは常に冷静でいなくちゃダメよ? 手札が丸見えになっちゃうもの。はしたないったらない」

「うるさいわね……あんた、友達少ないでしょう。性格が悪すぎる」

「まぁひどい。そんな言い方しなくてもいいじゃない。同じ羽根をもつ鳥同士――」

「うるさいって言ってるでしょ? あんた、私の叔母にすごく似てる。喋り方までそっくり。世のため、人のため、希望のために、いますぐに死んでくれない?」

「あらぁ? 怒った顔も可愛い♪ お鼻の穴がピクピクしてる。ご存知かしら、お鼻の肉を削ぐとハートを逆さにしたような穴があって、その奥のせまーいところ――ちょっと苦味があるのよ?」


 笑みはそのまま、石のように冷たい目をして言い、スーキーは親指でなにかを弾いた。今度は金色の粒。薬莢つきの拳銃の弾だ。

 シュメールが叫ぶように言った。


「キング! さっさと勃てて!」

「分かってるよクソ! やってらぁ!」


 宙に舞った弾丸が、高い放物線を描いて落下する。口を開いて待ち受けるスーキーは、舌を伸ばしながらも、なお、シュメールの鼻を見つめていた。

 まるでナッツを投げ食うように、スーキーが銃弾を飲み込む。

 炸裂音が狭い路地裏の空気を震わせた。

 無数の弾丸が空間を押しつぶし、ありとあらゆる場所に小さな穴を穿つ。

 間一髪、シュメールは絶死を逃れる一点に立った。

 それはデリとキングが重なる延長線上。直線的に進む弾幕が唯一かからない空間。デリの生け捕りを目論むスーキーの死角だ。


「ブラァヴォ! 分かったわ!? 凄い! お鼻が動くのが見えた! 貴女、その鼻で、死の匂いを嗅ぎ取っているのね!? 凄い! 形而上の概念を五感で味わう、それができたら、もうほとんど魔法使いよ!? 見縊みくびってた! アマチュアも捨てたものじゃないのね!」


 嬉しそうに、愉しそうに、声を張りあげるスーキー。対照的に、肩越しにデリを見るシュメールの瞳に余裕はない。恍惚とし、だが恐怖に青ざめ、焦りに揺れていた。


「ああ、凄い! 本当に凄い! いくら匂いが好きだからってそんな――ねぇ、教えてもらえるかしら? 死の匂いってどんな匂い? いい匂いがするんでしょう? もっと近くで嗅ぎたいんでしょう? 分かるわよ!? 貴女のまだ硬そうな頬が赤く熟れてきたもの! 頑張れる? 貴女は、どこまで貴女自身の欲望に耐えられる? 試していいかしら!? ねぇ! 試してあげるわね!?」

「ハンッ」


 と、シュメールが低く鼻を鳴らした。


「これだけ耐えれば十分。希望は守った」


 刹那、デリは猛烈な勢いで引っ張られるのを感じた。キングだ。フラッシャーの名に恥じぬ魔法を使ったのだ。一気に遠ざかっていくシュメールとスーキーの姿。二人の向こうに、黒い霧のような残像が見えた気がした。


 どうか、グミでありますように。

 どうか、二人が無事でありますように。

 あの女に罰をとは言いません。

 どうか、二人をお守りください。


 あまり敬虔ではなかったけれど、デリは神に祈った。

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