女王を探して
巨大な男性器の置物から目を背けると、右手には色鮮やかな女性用下着が壁一面にズラっと並び、左手には両側の先端が男性器の形をした謎の棒やら無数の突起で装飾された男性器の置物やらが棚いっぱいに置かれていた。デリはますます帰りたくなった。
「いらっしゃーい」
という店の奥から聞こえてくる店員らしき女性の声がなければ、逃げ出していただろう。そこに人がいるという事実と、祖父の言いつけが、少年の足を前に進める。
迷う。
左の大量男性器ゾーンを抜けるか、右の女性用下着ゾーンを抜けるか、はたまた巨大な男性器の置物を越えて得体のしれないものが無数に並ぶ棚の間を抜けていくのか。
ねばつく唾を飲み込んで、デリは右手に向かった。
左のおちんちんゾーンならば(サイズは違うが)自分にもついているから大丈夫かもと思ったのだが、数と大きさと謎の装飾の三つが揃うと凶悪さの次元が違う。
それなら、女性用下着ゾーンの方がまだマシに思えた。
女性用とはいえ下着は下着。生活用品の一部である。衣服の範疇である。ちょっと自分の知っている形とは違うけれど、お洒落は内側からだと本にも書いてあった。だから、大丈夫――。
などと無意識のうちに自らを擁護しつつ、デリは歩数を数えた。たまにちらっと顔をあげ、棚にぶつかったりしないように。万が一、落として壊したりしたら、たとえちんちんの形をしていたとしても弁償しなければならない。ソレを弁償させられるのだけは、なんとしても避けたかった。
……ひぇっ、ひゃぁぁぁぁ……。
どうしても気になってちらりと下着の方に目を向けたら、また雰囲気が変わっていた。店の入り口から見える下着類は見られても良い(?)ものだったのだ。
気づけば辺りの商品は、着心地の悪そうな黒革の下着やら、下着として守るべき部分にぽっかり穴が開いたものやら、存在意義と用途が不明なものばかりになっていた。
見たくない。見てはいけない。でも、なぜか勝手に目がいった。
デリが自らの浅ましさを恥ずかしく思いながら棚の切れ間まで進むと、
「いらっしゃい……って、ずいぶんちっこいのが来たなぁ」
若い女性の声が聞こえた。女性用下着のゾーンを越えてきたという現実と、店員が女性らしいという現実に追い詰められ、デリは耳まで茹で上がりながら顔を向ける。
「――あ……」
カウンターにつく女性の姿に、一瞬、自分がどこにいるのか忘れそうになった。
さっぱりと短く切りそろえられた銀髪と、美しい褐色の肌。朝焼けに埋もれていく月のような紫の瞳。人懐っこそうでいて、どこか妖しさをみせる魅力的な微笑。
「いらっしゃい。少年」
女性は手にしていた本を閉じ、カウンターに頬杖をついた。
「でも少年には、ちょっと早くないかい?」
「えっ、あっ、そのっ」
デリは自分がどんな店にいるのか思い出す。女性の視線に追い立てられるようにしてあっちこっちに視線を彷徨わせ、やがて女性に戻して俯いた。
「んー? どうした、少年。もしかして、なんかのプレイで来るように言われた?」
「ぷ、ぷれい……?」
「だからこう、どっかのおっちゃんとか、おばちゃんとかにさぁ」
女性は明後日の方向を向き、わざとらしいくらいに悪い顔をした。
「『げっへっへ。あの店でべっ甲の張り型を買ってくるのだ。それでお前をかわいがってやろう。さぁ行け』――とかさ?」
ふっと人懐っこそうな笑顔に戻り、女はデリの顔を見つめた。
「……あれ? 違う? まさか道に迷った? お父ちゃんとか、お母ちゃんとはぐれた?」
声に心配するような
良かった。優しそうな人だ、とデリはひとまず安心しながら口を開いた。
「えと、お、おじいちゃんに、ここで人を探すように言われて……」
「おじいちゃん? 人探し? ……ウチ、アダルトショップだよ?」
女性は困ったように眉を寄せ、店の商品を示すように両手を広げる。
「見ての通り、あるのはでっかいチンコの張り型とかペニバンとかボンテージとか……まぁポルノも少しはあるけど、人までは売っちゃいないよ?」
「あ、あの、そうじゃなくて、僕が、人を探しに来てて、えっと……」
事も無げにチンコと発する女性にドギマギしながら、デリはポケットをまさぐった。少し湿った紙の感触。紙幣だ。こっちじゃない、ともうひとつのポケットを。
「んー? 少年、少年。ちょっと落ち着きたまへ」
もたつくデリにそう言って、女は手元にあった肌色の筒を楽しそうに持ち上げた。
「少年、これ知ってるかい?」
え? と顔を上げると、女は手に持った筒を左右に揺すった。なんでできているのか筒が左右に大きくうねった。くるっと手首を回して底面をこちらに。縦細の割れ目がついている。
なんだろう、とデリが首を傾げると、
「これね、ウチの新商品。この穴っぽこにチンコを入れると気持ちいいらしいよ?」
言いつつ、女が指を割れ目に突っ込んだ。
――――。
「ひぁぁぁっ!?」
単語の意味を解した途端、デリは絹を裂くような悲鳴をあげてしゃがみ込んだ。
悪い人だ。やっぱり、この人も悪い人だったんだ。と顔を覆う。
なにが面白いのか、女はケタケタと笑っていた。もう早く聞いて終わりにしようとデリは涙目でポケットをまさぐる。おやおや? 元気になっちゃったかな? とからかうような声が聞こえた。
とにかく早く終わらせたくて、デリは大慌てでメモを探した。ズボンのポケットに隠れていた憎いやつを引っ張り出し、汗で滲んだ文字に目を凝らす。
「……えと……」
「んー?」
「《シリ――」
――カラーン、カラーン、と店のベルが鳴った。
デリは思わず言葉を切って振り向いた。棚の横っ面にデカデカと裸の女性のポスターが貼ってあった。俯くしかなかった。
「いらっしゃーい、って――なんだい、あんたら」
女の気配が固くなった。振り向いたデリは悲鳴をあげそうになった。目についたポスターのせいでなく、冗談みたいな名前の二人のせいで。
「探すのに苦労させられたよ」
と、ブラザー・アルファ。
「あのタクシーの運転手に感謝だな」
と、ブラザー・ブラザー。
デリは言葉を失い
ブラザー・アルファとブラザー・ブラザーはずんずんデリに近づき、彼の小さな肩を鷲掴んだ。
「手間をかけさせるな」
ブラザー・アルファがそう言って、力任せに引き起こす。
「や、やめ、やめてください! やめて! いやだ!」
デリは必死に身をよじり、女の方に首を振った。
「助けて! 助けてください! 僕は――」
「黙れクソガキ!」
ブラザー・ブラザーが怒鳴り、肩越しに女に言った。
「邪魔したな」
ずるり、ずるりとデリを、引きずっていこうとしたとき、
「――待ちなよ。少年、嫌がってんじゃん。本気で」
女が鋭く冷たい声で言うと、ブラザー・アルファが首だけを後ろに振った。
「邪魔するな売女。お前だって店を潰されたくはないはずだ」
「値札の幻でも見たかい? 私は売りもんじゃないよ、うすらハゲ。離してやんな」
ピタリ、とブラザー・アルファとブラザー・ブラザーが足を止めた。
デリは懸命に首を振って、直前に見たメモの言葉を叫んだ。
「助けて! 僕は《シリアナ》の女王に助けてもらいにきたんです!」
「――なんだって?」
ブラザー・アルファとブラザー・ブラザーが顔を見合わせ、デリに目を落とす。
「クソガキ。いま、なんて言った?」
「《シリアナ》の女王は!? 《シリアナ》の女王はどこにいるんですか!?」
二人に構わずデリは叫んだ。瞬間、
女がぞっとするほど妖しげな笑みを浮かべた。
「少年。その名前をどこで?」
「おじいちゃんに! チャールズ・C・コーウェン・クラークソンに言われました!」
デリは叫んだ。
「《シリアナ》の女王はどこにいますか!?」
「――ここに」
一瞬、空気が凍ったような気がした。
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