第4話 陰キャ、魔法を使う

「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁッ!?」


 俺は目の前にいる怪物に恐れおののいてしまい、その場に崩れ尻もちをついてしまった。


「グ”ゥゥゥゥ”!」


 目の前の化け物は、明らかにこちらに殺意を持っているかのように唸りを上げ、こちらにゆっくりと近付いてきた。


「う……あ……!!」


 俺はそのまま尻もちをついた状態で後ずさりをした。だが、化け物の方が歩くスピードが断然速く、じりじりと距離を詰められていた。


 は、早く逃げないと…!


 身の危険を肌身で感じる。だが今すぐ逃げなければいけないとそう本能ではわかっていても、腰を抜かしてしまったらしく全く足に力を入れることが出来なかった。


 何で力が全く入んないんだよ…!!


 その時だった。


 ―――阿迦井さん落ち着いてください。


 頭の中にイルエールさんの声が響いた。


「ちょ!い、イルエールさん!?何なんですかこいつは!?」


 俺はどこにいるか分からないイルエールさんに向かって叫んだ。

 その間にも化け物に少しずつ距離を詰められている。


「うわっ!来るな…来るな…!」


 だが、そんな命の危険にさらされている状況だと言うのに、イルエールさんは、さも何も問題も無いと言わんばかりの落ち着いた口調で言った。


 ―――大丈夫です。落ち着いてください。


「今この状況を見て、そんな事が出来ますか―――!?」


 俺がそう言った瞬間だった。俺の目の前が、急に薄暗くなった。

 …だが俺は、その理由にすぐに気づいた。


「は……あ…!」


 化け物との距離はほぼ1mという所まで追い詰められ、その巨体が作り出す影に覆いかぶさっていたのだ。

 化け物は橙色に光っている目で俺を見下ろし、唸りを上げている。

 俺は恐怖で動けなかった。ただ呆然と化け物を見ていることしか出来ない。

 …そして最悪な事態が起こった。


 早く…逃げ―――


 俺は僅かに残った力を振り絞り、とにかく逃げようと立ち上がろうとした瞬間、化け物は激しい咆哮をあげると、勢いよく俺の上半身にかぶりついた。


「うわぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁッ!!」


 化け物の鋭い歯が腹部と背部に突き刺さり、化け物は上を見上げると乱暴に捕らえた獲物を振り回した。

 俺は上半身と下半身が引きちぎられそうになり、気が狂ってしまいそうな程の激痛が―――


 ―――あれ?


 俺は気付いた。


「全く痛く…ない?それに血も…」


 全く痛みを感じなかったのだ。もう死んでしまったから何も感じないのかなとも思ったが、噛み付かれたまま乱暴に振り回されている感覚があり、しかも手足の感覚もしっかりとある。


 ―――えっと…落ち着きましたか?


 そこでやや拍子抜けしたようなイルエールさんの声が聞こえた。


「え、あ、こ、これって…全然理解が追いつかないんですけど…!?」


 俺の戸惑いにイルエールは笑いながら答えた。


 ―――アハハすみません、張り切っちゃってて…ここに転移させる前にしっかりと説明すれば良かったですね。


「全く持ってそうですね!まず、この、状況、どういう、事、なんですか!?」


 俺は化け物に振り回されながら問いかけた。


 ―――今阿迦井さんが今噛みつかれている魔獣はグレイヘルという名前の魔獣で本当は滅多に人にかぶりついたりしないんですが…何か相当嫌われているみたいですね!


「いや何、軽く、言ってるんですか!?」


 さっきからの様子でそうなんだろうなとは思っていたけども!


「そして、何で、痛みを、感じ、ないんですか!」


 ―――ここは僕が創った幻想世界です。生物、場所、地形、痛覚、視覚、感覚と全て僕がコントロールしています。今、現に噛みつかれている魔獣も、僕の想像上の産物すよ。


「そ、それは、凄い、ですね!で!俺は、この状況を、どうやって、脱すれば、いいんですか!?」


 俺は魔獣に上半身をかぶりつかれながら縦横無尽に、激しく振り回されていた。

 俺は乗り物酔いとかはあまりしないタイプだが、さすがにちょっと酔ってくる…

 すると、急に体が宙に浮く感覚とともに、目の前が明るくなった。何が何だか分からす、気付けば化け物との距離が遠くなっていった。

 そして気づいた。俺は、化け物に勢いよく放り投げられていたのだ。


「うわぁぁぁぁ!」


 俺は、そのまま地面を派手に転がり、ようやく止まったのは化け物から数十メートル離れたところだった。


「クッ…いった…くはないな…」


 今のは絶対に全身複雑骨折しそうなほど派手な転がり方だったが、痛みは何も感じなかった。かすり傷ひとつ無い。

 俺は地面に手を付き、ゆっくりと立ち上がった。


「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」


 すると、獲物を仕留められていなかったことを知った化け物は鼓膜を突き破りそうな程の咆哮を上げ、今度は、物凄いスピードでこちらに急迫してきた。


「うわっ!来てる来てるきてる!」


 俺はすぐさまその場から逃げようと、近くの岩場に隠れようとした。だがその瞬間、まるで俺の意思を読んでいたかのように、化け物の口から放たれた火球によって今隠れようとした岩場が、粉々に粉砕された。

 その光景を見て、俺は愕然とした。


 ガッデムッ!!てかな、何今の!?ひ、火って!火って!?


 そんなことを思っている間にも、どんどん化け物との距離が近くなっていく。

 俺は全速力で走って逃げた。


 ―――阿迦井さん落ち着いて


 イルエールさんの声が頭に響いた。


「いや、何回でも言いますけど、…無理ですよ!?」


 いくら痛みが感じないとはいえ、死なないとはいえ、怖いものは怖い。


 ―――大丈夫です。反撃してください。


「どうやってですか!?」


 凄い軽いノリで言ってますけど、ほんとどうやって!?


 ―――阿迦井さんは既に加護の力を使える状態にあります。


「その加護はどうやって使うんですか!そもそも、何が使えるんです!?」


 加護が使える状態と言われても、どうやって使うか分からないし、そもそも『エルフの加護』は防御魔法と支援魔法が扱えると言っていたが、具体的にどんな魔法を使えるのかわからない。

 因みに近接戦闘も得意と言っていたが…まさか、素手であの化け物と戦わなければならないのか。


 ―――今から阿迦井さんにはこの指輪を差し上げます。


「ハァ…ハァ…指輪?」


 やばい、体力が…!


 すると、俺の右手の中指に小さい微粒子が集まっていき、そこに小さな鈍い輝きを放つ、深緑色の指輪が形成された。


「何ですか…これ…!?」


 ―――それは阿迦井さん専用の魔道具です。それを指にはめていれば、「エルフの加護」の力を最大限に引き出せますよ。


「それは…凄いです…!…何を使えるんです!?」


 ―――まずは、その指輪に意識を集中させてみてください。


 俺は、言われるがままやってみた。


 えっと、集中、集中!


 すると俺の目の前に、どういう原理かは知らないが、ひとつのスクリーンが出現した。


 ―――今、阿迦井さんの目の前にひとつのスクリーンがあると思いますが、そこに今阿迦井さんが今使うことが出来る魔法が全て書かれています。


「ほ、ほんとだ!…どれを使えばいいんです!?」


「そうですね、まずはそこに書いてある―――」


「―――グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」


 すると、真後ろから化け物の咆哮が聞こえた。


「!?」


 その瞬間、目の前にあったスクリーンが消滅してしまった。


「しまった…!」


 集中、集中…!


 だが、焦っているからだろうか、いくら指輪に意識を集中させようとしても、全く指輪が反応しなかった。


「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」


 化け物の声に、俺は後ろをバッと振り向いた。


「!!」


 俺は愕然とした。

 化け物は俺の目と鼻の先まで距離を詰められ、今まさに、俺に喰らいつこうとしていた。


 ッ…クソッ!


 そこからは反射的だった。


 一か八か…!


 俺は、スクリーンが消える寸前、一瞬見えた魔法を使ってみることにした。

 俺はすぐさま化け物がいる方を振り向くと、前に手を突き出し、そして叫んだ。


「―――フォース アンリーシュ!!―――」


 すると俺の手から白く輝く渦が発生し、それが前方に解き放たれると目の前にいた化け物に直撃し、勢いよく吹き飛ばした。


「…へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る