第5話 陰キャ、異世界に行く
「…へ?」
え…ちょっ…え…?
何が起きたのかまるでわからなかった。
「え、何で?何で吹っ飛んだの!?」
取り敢えず一か八かで魔法を唱えて見ただけなのだがーーー
するとどこからかイルエールさんの声が響いた。
「ーーーお見事」
「い、イルエールさん!い、今のは…!」
「ーーー今、阿迦井さんが放った魔法は支援魔法『フォース アンリーシュ』いわゆる空気砲です」
「く、空気砲…」
あれ程のデカさの化け物を吹き飛ばす空気砲…これが魔法の力なのだろうか。
「ーーーどうですか?始めて魔法を使った感想は」
イルエールさんに問われて、俺は自分の
「すごい…不思議な感覚です」
さっき、魔法を使った時に感じた腕に力が湧くような不思議な感覚…それだけではない。
俺の腕から放たれた白い渦状のものが、あの化け物に直撃した時、掌で何か物体を叩いた時みたいな手応えを感じた。これが…
「これが魔法ですか…」
「ーーー意外に楽しいでしょう?」
「ええ、まぁーーー」
「ーーーグ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
だが突然、突如前方から激しい雄叫びが聞こえ俺の声が掻き消された。
「!!」
声がした方を見ると、先程までは違い体に覆われた鱗が溶岩の如く眩い輝きを放ち、怒りで我を忘れた化け物が猛然と俺の方に迫ってきた。
「ちょいちょいちょいちょいちょい!」
来てる来てる来てる!しかもなんか覚醒モードみたいのに入ってんですけど!?
「ーーー相当怒ってるみたいですね」
「んな他人事みたいに!」
いくらここが幻想世界だからと言って怖いもんは怖いんですよ!?
「ーーーここからどうされますか?」
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
化け物は激しい雄叫びを上げながらこちらに近づいて来ている。
本来なら逃げ道もなく、絶望的な状況だろう。逃げることさえままならず、俺の命はあっさりと刈り取られてしまう。
…そう、ここが現実世界ならば。
「スゥーーーーハァーー……」
俺はゆっくりと深く深呼吸し、覚悟を決める。
「そんなの…」
ここは、イルエールさんが創り出した幻想世界、いわば仮想空間だ。
あの化け物は存在しているように見えて、実際には存在しいない。
既に奴の攻撃を食らっても全く問題ないことは身を持って体験済みだ。
ならば…!
俺は体を化け物の方向に向けると、右腕を前に出した。
「迎え撃つしかないじゃないですか!」
「ーーーそれでこそ、阿迦井さんですよ」
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
化け物はすぐ近くまで迫って来ている。
「っ…!」
本当は攻撃系スペルがあればそっちを使いたいんだけど…!
この世界から抜け出すためにはあの化け物を倒さなければいけない。そのためにも、一つでも攻撃系スペルがあればその魔法を調べたいと思うのだが、距離的にそんな時間はない。
だからまず、俺は距離を離すことにした。
『フォース アンリーシュ』…さっき覚えたての魔法を使えば、攻撃力は皆無でも、先程みたいにかなり遠くまで吹き飛ばせるはずだ。
その隙に新たな魔法を見つければ…
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
十数メートルまで近づいた化け物は鉤爪を光らせ、俺に向かって飛び込んだ。
ーーー俺の勝ち!
「ーーーフォース アンリーシューーー」
俺が魔法を詠唱した瞬間、前に突き出していた右手から白く眩い渦状のものが放たれ、それは一直線に化け物に向かっていく。
ーーー勝った!
そう、確信した瞬間だった。
「ク"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
直撃しただろうと思った俺の魔法は、寸前で身を翻した化け物に躱されてしまった。
「なっ!?」
まさかの展開に驚愕したのも束の間、化け物の渾身の一撃が俺を襲った。
「うわぁッ!?」
派手にぶっ飛ばされた俺は地面を転がり、剥き出しになった岩盤に激突したところでやっと止まった。
「痛った…くはない…」
ここが幻想世界でなかったら今ので完全に死んでいた。
「何だ今の動き…」
まさか今のを躱されるとは思ってもいなかった。
これが異世界の化け物の力か…だけど…!
俺はニヤリと小さく笑みを浮かべた。
「わざわざ自分から距離を作ってくれるなんてね!」
魔法で化け物を吹き飛ばし、距離を開けるのは叶わなかったにしろ、攻撃を食らってこっちが吹き飛ばされたことによってどっちにしろ距離を開けるとことに成功した。
『エルフの加護』って何ができるんだ…?
すかさず俺はこの好機を逃さずに、意識を右手にある指輪に集中させ、目の前にスクリーンを浮かび上がらせた。
魔法は…結構あるな
親切な事に、使える魔法はページでまとめられており、ページ数は8と結構豊富だ。
何か使えそうな魔法は…
すると頭の中にイルエールさんの声が響いた。
「『召喚魔法』なんていかがですか?」
「え、召喚魔法なんてあるんですか!?」
それめちゃくちゃ良いじゃないですか!召喚魔法…つまりは召喚獣をーーー
だがその考えはイルエールさんによって遮られた。
「ーーー残念ですが、エルフの加護では召喚魔法で生物を召喚することはできません」
「えっ…あ、そうなんですか…」
…でもエルフの加護では無理ってことはできる加護もあるってことなのか…?
「えっと、じゃあ何を召喚できるんですか?」
「ーーーエルフの加護で召喚できるのは剣です」
「剣ですか…でも、自分剣なんて扱ったことないんですけど…」
それに魔法の方が遠距離から攻撃できるしそっちの方いいような気が…
「残念ですが『エルフの加護』で扱える魔法は支援、防御型で攻撃魔法はないんです」
「え、じゃあどうやって倒せば…自分、近接戦なんてできませんよ?」
「ーーーそれなら心配はおそびません。『エルフの加護』は近接戦にも適している加護です。戦闘経験がない阿迦井さんでもある程度は立ち回れるはずです。流れに身を任せて見てください!」
そうは言われてもですね…
俺はスクリーンに表示されているページをめくり、ざっと一通り魔法を見て見た。
…でも確かにどれも支援、防御魔法ばっかで攻撃魔法っぽいのは一つもない…それに、イルエールさんが言ってる魔法ってもしかしてこれか…?
それは、ページの最後尾にあった。
「召喚魔法『コール』…」
魔法の説明文には、微粒子による剣の生成及び召喚と書かれている。
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
すると正面の方から悍ましい咆哮が聞こえ、化け物が姿を現した。
「……」
果たしてこの魔法であの化け物を倒せるのだろうか、俺が使える魔法はあくまで支援系で今のところ攻撃手段は剣を用いた近接戦しかない。
…けど、まぁ…
俺は小さく息を吐き、不安な気持ちを無理やり封じ込めるとこちらに迫ってきている化け物を見た。
…ここは幻想世界、死ぬ心配はない。近接戦ができないのなら何度でも食らいつけばいい。…それに、役に立ちそうな魔法も何個か見つける事ができた。
だったら…!
やってやろうじゃないの!
異世界で生きていく上で、戦い方は絶対に身につけておかなければならない。だがだからと言って、ただ闇雲に突撃するのは駄目だ。
異世界に行ったらこことは違い、致命傷を食らったら死ぬ。
いかに攻撃を食らわず、どう立ち回るかが大事だ。
『ーーーーコール!!』
そう叫んだ瞬間、俺の目の前に小さな魔法陣が出現し、中から一本の剣が姿を現した。
すげぇ…!
子供の頃に一度は夢にした魔法…それを今、俺は扱っている。
俺は今の光景に感動を抱きつつ、召喚した剣を手に取った。
お、ちょうどいい重さ…
偶然なのか仕様なのかは分からないが、召喚した剣は俺にとってちょうどいい重さでしっくりときた。
刃の長さもちょうどいい。
さてこっからどうすればいいんだ…?取り敢えず構えてみるか…
俺は剣を両手で握り、前に構えた。
よしこれで…そもそも構え方ってこれでいいのか?魔法剣士スタイルで行きたいから…片手持ちにするか。
俺は左手を放し、右手に剣を持ち直した。
うん、なんかこっちの方がしっくりくるな。…んじゃあ…
俺は正面を向き、迫って来てる化け物を見た。
大丈夫だ自分…散々ゲームをやってきたんだ…ある程度の立ち回りはできるはず…!
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
すると次の瞬間、化け物の覆われた鱗が一斉に逆立ち、俺目掛けて何十本もの鋭い刃を飛ばして来た。
それはショットガンのような拡散ではなく、一本一本がまるで自我を…あるいは飛ばして来た鱗を、まるであの化け物が操っているかのように全弾俺に向かってくる。
ーーーちょ、ちょっと!?ま、まじかよ!?
俺はとっさに横に飛び込み、すんでのところで奴の攻撃を回避した。
俺のすぐ横を何十本もの鋭い鱗が通過していく。
危っな!!あんなの食らったらって…ーーーーえ!?
だが奴の攻撃はこれで終わりではなかった。
たった今通過していった鋭い鱗の群れが綺麗な半円を描き、再び俺目掛けて突っ込んでくる。
「ホーミング!?」
それだけではない。
「グ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ!!」
まるで、これを最初から狙っていたかのように化け物までもが後ろからせまってきた。
「……っ!!」
前には化け物が、後ろには鋭い鱗の群れが迫ってきている。
もし横に逃げようとしても、すぐ目の前には化け物がいる。恐らく既に間合いに入っている。
仮に避けれたとしても、今度は後ろからはホーミングする鱗の群れが襲ってくる。どちらの攻撃も躱すのはまず不可能だ。
どちらかは必ず食らう。
どうする…?そう、自問したその瞬間だった。
ーーー!あ、そうだ…!
突然、俺の中で天才的なひらめきが起こった。
両方は躱せないなら…!
俺は後ろを振り返り、左手を飛んできている鱗に向けて突き出した。
ーーーどっちかをわざと受ければいい!
俺は、さっき見つけた魔法を唱えた。
「ーーーヴォルテックス シールドーーー」
俺が唱えた瞬間、掌を中心に目の前が巨大な黄緑色の光の渦で覆われ、次の瞬間には鱗の群れが次々と光の渦目掛けて着弾していった。
掌に、鱗がぶつかる感覚が伝わってくる。
もしもこの魔法があの説明文通りなら…!
俺が今使っている魔法、これはただのシールドではない。
もし真後ろにいる化け物に知性があるとすれば、かなりの衝撃を与えることができるだろう。「そんな馬鹿な」と。
光の渦に着弾した鱗は、
ビンゴ…!
俺はそのまま反転し、光の渦を後ろにいる化け物に向けた。
そして―――
「お返しだぁぁぁ!!」
俺は左腕を小さく引き、そして勢いよく前に突き出した瞬間、展開していた光の渦が消えるのと同時に留まっていた鱗の群れが一斉に射出され、化け物目掛けて撃ち込まれていった。
どうだ…!?にしてもこの魔法…
今俺が使った『ヴォルテックス シールド』という防御魔法、使用者の前方に巨大な光の渦が出現し、敵の攻撃を防御、それに加え、その攻撃が物質的な遠距離攻撃だった場合、光の渦に捉えることで威力を倍加して攻撃に転用できるまさに攻守一体の魔法だ。
だが、『ヴォルテックス シールド』によって威力が上がっているにも関わらず、奴の皮膚が相当硬いのかその体に傷を付けることが叶わなかった。だがそれでも多少怯んでいる。
すかさず俺は、次の魔法を試してみる事にした。
「―――ルート アクシオ―――」
唱えた瞬間、地面に亀裂がはいり、俺の周りに無数の木の根が出現した。
俺はそのまま左手を化け物に向けて突き出し詠唱する。
「―――インペディメンタ―――」
すると、周りに出現した無数の木の根は、俺の意思が反映されるかのように化け物に向かって伸び、手、脚、胴、首へと絡みつき、力任せに地面に押し付けた。
うっほっほ!なにこれすげぇ!
木の根に拘束された化け物は振り解こうともがいているが、きつく手脚に絡みついた木の根は尚も拘束し続ける。
ふはは!怖かろう!
化け物が拘束され身動きが取れない今、完全に形勢が逆転した。
さぁて、どう料理してやろうか!
ニヤッと俺は不敵な笑みを浮かべる。
それにしても俺、ごく当然のように魔法扱えてるけど…これも加護の力なのか?
すると頭の中にイルエールさんの声が響いた。
「ーーーそれも少しありますが、殆どは阿迦井さん自身の知識からだと思いますよ」
「自分自身の知識からですか…」
それを聞いた瞬間「ああ、なるほどな」と俺は思った。
まぁ、俺RPGとかMMO系のゲーム結構やってたし、なんか扱い方っていうかどう使うかが何となく分かっちゃうんですよね!俺、天才的!
んそれじゃあ…
俺は右手に持っていた剣を握り直し、化け物の所までゆっくり近づいた。
「グゥ"ゥ…」
化け物はもう負けを認めているのか、抵抗する素振りも見せず、小さな唸りを上げその場でじっとしている。
負けを認めている…?
「……」
だが、今そんな事はどうでもいい。
負けを認めているならこちらとしては好都合だ。
この世界から抜け出すためにも、早くこの化け物にとどめを刺さなければならない。
俺は、人間的な感情を振り払うかのように、ゆっくりと剣を振り上げた。
「……」
だが、俺はいつまで経っても剣を振り下ろせなかった。
「ーーー阿迦井さん、どうしたんです?」
頭の中にイルエールさんの声が響いた。
……
「…あの、イルエールさん…こいつって本当に倒さなきゃいけないんですか?」
「ーーーどうしてです?」
「…なんて言うんですかね…殺したくないんですよ…」
俺の言葉に、イルエールさんは数秒の間を置いて言った。
「ーーーそれは情けを感じたからですか?」
「…それも少しあると思いますけど…その…」
剣を振り下ろせない理由…それは情けを感じたからだけではない。
これがゲームなら躊躇いなくとどめを刺していると言うのに、いざそれを自分自身がやろうとすると手が震えて止まらなくなる。
そう…つまり俺は…
「…怖いんです」
生物が絶命する瞬間を見るのが、もう二度と動かなくなってしまうことが、そして、自分自身がその命を刈り取ってしまうことがこの上なく怖かった。
それに、できることなら命を奪いたくない。
「ーーーですがここは幻想世界です。その化け物は実際には存在していません。それに冒険者は魔物を討伐することで生計を立てているんですよ?」
「それは分かってますけど…でも…」
「……」
するとイルエールさんは「フゥ」と小さく息を吐いた。
「ーーーグレイヘルに殺されかけながらも、それでも救いの手を差し伸べる…阿迦井さんに『エルフの加護』が宿ったのもなんか分かるような気がします」
「え…?」
「ーーーでは方法を変えましょう」
「方法ですか…?」
「ーーーはい。もう一度指輪に意識を集中させ、スクリーンを出して見てください」
「は、はい…」
方法を変えるとは一体…
俺はそう疑問に思いつつ、イルエールさんに言われた通り指輪に意識を集中させ、目の前にスクリーンを出現させた。
「ーーー魔法が書かれている最初のページを見てください。そこに『サルベーション』という魔法がありませんか?」
『サルベーション』…
「あ、ありました。これって…?」
「ーーーサルベーションという魔法は『救済魔法』の一種です」
救済魔法…?
『救済魔法』…初めて聞く部類の魔法だ。説明文を見て見ると、そこにはーーー
『命潰える者に救済の手をさ差し伸べる。使用者にサルベーションを付与し、致命傷を負った者が救済を望むならば、その命は神の元へと帰り、また新たな命として生まれ変わる』
ーーーと書いてある。
つまりこれは…
俺の代わりにイルエールさんが答えた。
「ーーーつまり、相手を殺さずに済むということです」
「そんな魔法が…」
でも致命傷って…
「ーーーサルベーションは攻撃を救済に変換する魔法…まずは使ってみるのが一番いいと思います」
「は、はい…」
イルエールさんに言われた俺は、スクリーンに表示されてる魔法、『救済魔法』を唱えた。
「ーーーサルベーションーーー」
すると、白く輝く光の膜が俺を包み込み、まばゆく光るのと同時にその膜は見えなくなった。
身体から不思議な感覚が伝わってくる…それは力が湧き出るような感覚ではなく、透き通った優しい落ち着いた感覚…いわゆるバフ効果と同じものなのだろうか。
「ここからどうすれば?」
俺の問いにイルエールさんが答える。
「ーーー今、阿迦井さんはサルベーション効果がかかった状態にいます。ですのでその状態でーーーグレイヘルにとどめを刺してください」
!?
イルエールさんに言われたことは、予想だにしないことだった。
「え、そ、それって、する事とやる事が全く違うじゃないですか…!」
とどめを刺すって…
「勘違いしているようなので言っておきますが、救済魔法は
「………」
命の救済…だが、それで命を奪わなくて済むとは限らない。
「―――今、僕達が向かっている世界は、ゲームの世界よりももっと残酷です。見逃すという選択肢ももちろんありますが、それによって生き延びた悪意は何度でも増殖し、また人々に災厄をもたらします。それによって家族を失い、大切な人を失い…」
イルエールさんの声からは言葉では言い表せない悲痛さと怒り…のようなものが伝わってくる。
「―――命を奪いたくないという気持ちは分かります。ですが皆を悪意から防ぎつつ、それでも悪意に救いの手を差し伸べるためには、剣を取る…それが必要不可欠なんです。そしてそれが救済魔法の本来のあり方でもあります」
「………」
…つまり、相手が救いを選ぼうとも、死を選ぼうとも…使用者である俺は命を奪う覚悟が必要ってことか…
異世界は弱肉強食の世界。生きるか、死ぬか…殺すか、殺されるかだ。
「………」
俺は手に持っている剣を強く握り、大きく振りかぶった。
手が震える…躊躇いから剣を振り下ろせない…
こいつは…いったいどっちを選ぶのだろうか。生か、死か…
…お前だって、まだ死にたくないだろ?だから…
「……ごめん…」
俺は震える手を意識的に抑え、覚悟を決めるとグレイヘルに剣を振り下ろした。
硬い、皮膚を切り裂く感覚が手に伝わってくる…するとその瞬間だった。
「…!」
グレイヘルが白い光に包まれ、丸い球体へと形を変えると砂塵のようにして、消滅していった。
「ーーーグレイヘル撃退おめでとうございます」
「イルエールさんこれは…」
グレイヘルはいったいどっちを選んだのだろうか。砂塵のようにして消えていったことから、恐らくあの化け物は…
だが俺の考えに、イルエールさんが否定した。
「ーーーそれは分かりません」
「えっ?」
イルエールさんが言葉を続ける。
「ーーー使用者には、相手がどちらを選んだかを知ることができないんです。」
「えっ…って事はあの化け物は…」
「ーーー負けを認め、死を選んだか、救いを求め、魂が神のもとへと帰ったかのどちらかですね」
「そうですか…」
使用者には、どちらを選んだか知ることができない…か…どっちを選んだかが分かるよりも、こっちの方が精神的にも幾らか楽…だよな…
「ーーー取り敢えずお疲れ様でした。今、阿迦井さんを元の場所に戻しますね」
イルエールさんがそう言うと、俺の足元に先程と同じ魔法陣が形成され、光を放つと視界が真っ白に染った。
「―――改めてグレイヘル撃退おめでとうございます」
また最初の空間に戻ってきた俺は、イルエールさんにそう言われた。
「どうでしたか?初めての戦闘は」
「何か…終始圧倒的だった気がしますけど大丈夫なんですか?」
扱える魔法はチート級ではないが、先の戦闘はどれだけダメージを受けても、絶対に死なないというチート仕様だった。
「大丈夫ですよ。今回の戦闘は、阿迦井さんに異世界での戦闘がどのようなものかを知ってもらうための言わばチュートリアル的なものです」
チュートリアル…え、って事はだよ?
今のがチュートリアルだったとすると、事によっては冒険者になるかならないかの命運に関わる大きな疑問点が一つある。
「え、あの、もしかしてなんですけど…今自分たちが向かっている異世界には、あの化け物みたいな魔物がたくさんいるって事ですか?」
チュートリアルであんなボス級の魔物…ただでさえ殺されかけたのに、もしあんな化け物見たいのが低レベルモンスター並みにうじゃうじゃいたら、生きていける自信がないんですがそれは…
だが、俺の考えにイルエールさんが否定した。
「いいえ、先程のは敢えて上級の魔物を選んだだけであって、異世界にはあのような魔物はそうそういません」
「まぁそうですよね」
よかった…まぁ普通に考えてあんな化け物そこら中にいるわけないよな。それに弱い魔物を相手にするより、チート仕様で手強い化け物を相手した方がいい感じに戦い方を知れるって事でしょ。必死すぎてもうほとんど覚えてないけど…
そんなことを考えていると、不意に目の前に一筋の光が見えた。
それを見て、イルエールさんが言う。
「さて…もう着きますね」
「そろそろですか…」
ようやくの異世界、果たしていったい何が待っているのだろうか。
「緊張しますか?」
「ええ、まぁ…」
「ですが阿迦井さんなら大丈夫ですよ。初の戦闘にもかかわらず、あそこまで魔法を扱いこなして勝利したんです。もっと自信を持ってください」
「でもそれは加護があったからで自分の力じゃ…」
エルフの加護は補助系魔法を扱え、戦闘にも適していると言っていた。だったらさっき勝てたのは、自分の力ではなく加護が自分を動かし、そのおかげで勝てた。
だが、そんなら考えもイルエールさんは否定した。
「加護はふさわしき者に宿るもの、つまりはあなたと一体…いいえ、あなた自身です。阿迦井さんは加護の力が自身を動かしているとお思いでしょうが、加護の力を最大限引き出せるかどうかは阿迦井さん本人の力次第です。ですので、もっと自信を持っても良いと思いますよ?」
「そうですか…」
自信か…さっきのが自分の力だったとしても、どうも自身が持てないっていうか…くっ、どうしてもいちいち悲観的になってしまう。引きこもり陰キャの辛いところよ…
すると突然、急に周りが明るくなり、俺の足元にさっきとはまた違う大きな虹色に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
「着きましたね…」
イルエールさんが俺の足元に形成されている魔法陣を見て言う。
「では、最後に阿迦井さんにはこれをお渡しします」
そう言って手渡されたのは自分の身長と同じくらいの長さの深緑色のフード付きマントと、何かが入った小袋だった。
これは…
「これ、何ですか?」
「これは、阿迦井さんが異世界で暮らしていくために必要不可欠なものです」
「必要不可欠なものですか…」
…というと、一つは顔を隠すためのものに見えるけど、もう一つの方は…
「さすが勘が鋭いですね。それにそれだけじゃありません。このマントは少し特別な術がかけられていて、これで姿を隠している限りは相手に顔を見られることは絶対にありません」
「え、そんな便利アイテムが…!?っていうかこれ、もらって良いんですか…!?」
もしそうなら人前にいるのが苦手な自分にとって、これはすごい便利アイテム…!
俺の問いかけに、イルエールさんは優しく微笑んだ。
「これは勝利祝いです。それに、阿迦井さんにはこれがあった方が良いと思いますからね」
「ありがとうございます…!」
そう言って、俺はさっそくフード付きマントを羽織った。
サイズがぴったり…!
なんというありがたい勝利祝いなのだろうか。姿を見られずに済む…これがあれば、人目を気にせず負担を激減して過ごすことができる。
「それと、阿迦井さんが右手に持っているものは異世界での通貨です。こちらの事情で少ししか用意できませんでしたが…計画的に使ってください」
「いえ、少しだけでも全然…!」
まさかお金までもらえるとは。他の異世界ものなら、無一文の状態からスタートなんてザラじゃないのに。
これが「任意」と「強制」の違いだろうか。
魔法陣が再び輝き、光の奔流が溢れ出す。それと同時に、俺の視界がだんだんと今いる空間よりも明るい白に塗りつぶされていく。…ついに始まるのだ…転移が、俺の第二の人生、陰キャの異世界生活が…!
俺の視界が白に染まっていく中、イルエールさんの声が聞こえた。
「もし冒険者の道をお考えなら、出たところの道を真っ直ぐ進んでください。『クレイドル』と言う大きな街があるはずなのでそこに冒険者になるためのギルドがありますよ」
ギルドか…!すごいmmoみたいな感じだな!
「分かりました」
「では、良き異世界ライフをお送りください!ーーーあなたに神のご加護があらんことを」
すると次の瞬間、視界が強烈な光に包まれ、思わず俺は目を瞑った。
…どれほど経ったのだろうか。気付くと、小鳥のさえずりが聞こえてきていた。
転移…したのか…?
頰に当たる、冷たい風の感触…俺は、ゆっくりと目を開けーーー
「ギュルルルル…!」
ーーーようとした瞬間、突然何かの鳴き声が聞こえてきた。
…ふぇ?
その鳴き声は耳元から聞こえ、まるでーーー
…何?今の何かに囲まれていそうな声は…
俺は、恐る恐る目を開ける。
そこにいたのはーーー
「ギュォォォォォォン!!」
ーーー!?
そこにいたのは、紫色の毒々しい色をした毛皮、そして狼の倍はあろうかという大きさの犬種の魔物で、俺は今、その魔物の群れに取り囲まれていた。
「―――イルエールさぁぁぁぁぁぁぁん!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます