Sランク冒険者の俺はBランクのフリをして悠々自適に生きる!

英 慈尊

手向けの花

 ――客を招いているようでもあり。


 ――客を追い出しているようでもある。


 冒険者ギルドからもほど近い『ハンの店』の盛況ぶりを表すならば、このようになるだろう。

 立ち飲み形式の店内は冒険者たちでごった返しており、しかし、立ち飲みであるが故に人の入れ替わりが常に起こっているのだ。

 料理も酒も安く美味く、しかして長く客は居つかぬ。

 供す側にとっても供される側にとっても、一種理想と言える酒場の姿がここにあった。


 さて、美味い酒と料理があれば当然話も弾むというのが世のことわりであるが、それはこの店においても例外ではない。

 立地の影響もあり、集った酔漢たちはそのほとんどが冒険者であるのだから、話の内容が手柄話となるのはごく自然な流れであるといえるだろう。


 ――珍しき魔物を捕獲したと自慢する者がいる。


 ――さらわれた貴族令嬢を助け出した顛末を語る者がいる。


 ――さる遺跡に隠されていた新区画を発見したのは己だと語る者がいる。


 話す方も聞く方も極めて真面目な顔をしているのが、市井しせいに生きる者との違いであった。

 何も冒険者の仕事というものは、ギルドからの依頼でのみ発生するわけではない。

 大概たいがいの冒険者にとってそれはこなす仕事の半分といったところで、ではもう半分はどうやって生み出すのかといえば、自ら後援者パトロンへ売り込みをかけたり、あるいは好奇心のおもむくまま秘境魔境を探索し、その成果物を金に換えるのである。


 当然ながら独力で果たせる仕事ばかりではなく、そういう時に頼るのは誰かといえばそれは同業たる他の冒険者を置いて他にいない。

 こういった酒の席で交わす会話というのは、そのような未来の儲け話に向けた売り込みでもあるのである。

 気取った者はこれを、酒宴外交などと呼んでいた。

 話の中に紛れ込まされた嘘を見抜き、あるいは少しでも己を強く相手に印象付ける……。

 冒険者にとって、もう一つの戦場とも言えるのが酒場なのだ。


 かように言葉の矢弾が飛び交う激戦地において、無風地帯と化しているのがその男――リャンの陣取る一角である。

 リャンの風体を一言で表すならば、


 ――えない。


 ……これに尽きるだろう。

 三十そこそこという、本来男児として最も活力と精力にみなぎるだろう年齢で全くそれを感じさせない顔つきも一因であるが、身なりの方も大概である。

 上から下まで、田舎から乗り込んだばかりのDランク冒険者でも揃えられるような中古の皮装備なのだ。

 サムライにとっては命とも言える腰のカタナですら、鍛冶屋街の徒弟たちが仕立てた量販品の鞘と柄を用いている始末である。

 これでは、そこに収められている刀身の質も知れようというものだった。


 ――万年Bのリャン。


 ――便利屋リャン。


 ――Bランクザムライ。


 そのようにあざけりを込めたあだ名で皆が呼ぶのも、納得といったところだろう。

 数年前……紹介状を手にふらりと王都冒険者ギルドへやって来て、いきなりBランクの位を与えられた時は誰もがこの男に注目したものだった。

 しかし、実際の働きぶりはといえばこれは組んだ者からすれば、


 ――平々凡々。


 ……としか、言いようのないものだったのだ。

 実際、足を引っ張るということはない。

 役に立たぬということもない。

 どころか魔術の類を除けば、どんな役割もきちんとこなしてみせる。

 だが、この男にしかできない役回りというものは存在せず、あえて積極的に組もうと思えるものではなかったのだ。

 一つだけ気にかかるのは、戦闘になっても何故か腰のものを使わず他に用意した小剣やら槍やらしか使わぬことであろう。

 しかしそれも、おそらく見栄を張ってサムライを気取るため使えもしないカタナを差しているか、そもそも鞘の中には刀身がないのだろうというのが大方の見解であった。


 総じて、冒険者らしい血沸き肉躍る世界とは無縁の便利屋……それがリャンというBランク冒険者なのである。


 カウンターの隅に陣取り、すじ肉と根菜の煮込みを肴にしながら、一人静かに蒸留酒さけをやる……。

 そんなリャンの姿と対照的なのは、背後でテーブル一杯に料理を並べながら騒いでいる一団だろう。


 ――チェスター一行。


 近頃、王都冒険者ギルドで急激に名を上げている一団だ。

 リーダーであるチェスターはサムライの技を操る若き冒険者であり、半年前ギルドに登録してからは破竹の勢いでDランクからBランクへと昇格してみせた。

 そして今回、古文書の記述を元にルクタ大沼域だいしょういきで素材を収集し、この頃王都で猛威を振るっていた流行り病の特効薬作成に尽力するという成果を上げたのである。

 これはもう、近々Aランクに昇格すること確実であった。


 手柄を上げた者には、金が集まる……。

 そして金があるところには、女が集まる……。

 まして、一行を率いるチェスターの容姿は二枚目と称して差し障りない甘きものであるのだから、これは尚の事であった。


「はは! さあどんどんやって下さい! 今夜は僕がおごりますよ! 何なら、ここにいる皆さんの分までも!」


 結局、一行のメンバーのみならず普段は他の者と組む女性冒険者や、果てはギルドの受付嬢に至るまでが集まり……。

 若き冒険者の宴卓周りは、さながらハーレムのごとき様相を呈していたのである。


 ご相伴には遠慮なく預かるのが冒険者の礼儀というものであり、その宣言にはチェスターが率いる女たちのみならず、店中の冒険者たちが湧き上がった。

 しかし、その中に幾人か暗い陰りを宿した眼差しを持つ者がいたことに、どれだけの者が気づいたか……。

 ましてや、ごく一瞬リャンの瞳がきらりとまたたいたことへ気づく者など、一人を除いて絶無だったのである。


「ふふ、何やら今夜は奢りのようですよ?」


 その一人……ソラウが蒸留酒さけのおかわりを置きながら、ふわりとした微笑みをリャンに向けた。

 少女の域を脱し、大人の女性へと仲間入りしたばかりの年頃であるが、何とも言えぬ雰囲気を宿した娘である。

 やや癖のある髪は銀に輝いており、猫科の獣がごとき金色の瞳と相まって、この世ばなれした美しさを感じさせた。

 それでいて、表情や仕草は実にやわらかきものであり、これだけなら十代の少女そのままなのだ。

 本来ならば相反する二つの要素が合わさり、ただの美人とは一味も二味も違う妖艶ようえんさを与えている……。

 『ハンの店』の看板娘ソラウは、男がこれを一度見たならば決して忘れることがないであろう印象的な娘であった。


「ありがたい話だ。俺の払いも、遠慮なくやっこさんに付けてやってくれ」


「はい、そういたします」


 新たに供された蒸留酒さけを一口舐め、リャンは思い出したようにこう付け加える。


「ああ、それとだな……」


「はい、探りを入れておきますよ」


「ん、助かる」


 それきり会話を終え……。

 リャンはいつも通り、『ハンの店』の背景と化した。

 そんな彼に小さく一礼し、ソラウは誰にも聞こえぬ声でこうつぶやいたのである。


「あなたがお助けするのを、助けますとも」




--




 数日後……。

 飲み屋街の裏通りで、うごめく一団の姿があった。

 今宵は月もなく、明かりはといえば星々の瞬くそれくらいである。

 そんな中でカンテラの一つも持たず自在に振る舞っているのだから、こやつらの腕前はなかなかのものであることがうかがえた。


「いいな、手はず通りにやるぞ」


 一団の中心核であろう男が、周囲の者らに小声でつぶやく。

 夜目のきく者がこの人物を見たならば、連中の腕が立つことにも得心がいったことであろう。

 何となれば、今まさに口を開いたこの男は冒険者ギルドでもAランクに属する戦士なのである。

 見れば、男が率いるのも全員がBランクに位置する使い手たちであった。

 装備も職能も様々な彼らであるが、共通しているのはあの晩チェスターに暗い眼差しを向けていた点であろう。

 ならば、こうして闇に潜んでいる理由など察しがつく……。


ねたみ、か?」


 驚きの声を上げるような真似はせず……。

 すぐさま武器に手をやり声のした方へ向き直ったのは、腐った衝動に駆られているとはいえいっぱしの冒険者というべきだろう。


 ――果たして、いつからそこに居たのか。


 闇の中から歩み出てきたのは――リャンであった。

 ただし、その表情もたたずまいも明らかに彼らの知るリャンではない。

 口元はにやにやと笑っていながら眼差しは酷薄こくはくそのものであり、殺気をみなぎらせた全身には寸分の隙も見受けられぬのだ。

 背筋が粟立つような不快感に襲われながらも一同を率いる男が口を開けたのは、Aランク冒険者の矜持ゆえであろうか……。


「おいおい、リャンかよ。驚かせやがって……。

 妬みってのは人聞きがわりいじゃねえか? オレらはただ、あいつにしつけをしてやろうってだけよ」


「……酔ったところを大勢で闇討ちにし、命を取るのが貴様の言うしつけか?」


 ぴしゃりとそう言い放ち、リャンはまた一歩踏み出した。


「俺は妬むことを悪いとは思わぬ。

 ――だがお前たち、それで生ずる力は己を磨くために使うべきだった、な?」


「う、うるせえ! てめえごときが偉そうに講釈垂れやがって!

 ……一緒にあいつを襲おうってんなら、仲間に加えてやったのによお」


 男が勝機に口元を歪めたのは、会話を交わすうちに二人ほどがリャンの両側面へ回り込んだことに気づいたためである。

 一括りにBランクとされてはいるが、ここにいる全員リャンなど足元にも及ばぬ武勲の持ち主たちだ。

 思いがけぬ登場と普段からかけ離れた凄味すごみに気圧されはしたが、便利屋一人をほふるのに何らの問題もないのである。

 音もなく忍び寄った同士らが武器を手にした次の瞬間、


 ――首が、宙を舞った。


 ……それも一つではない。

 二つである。

 今まさにリャンを討たんとしていた同士らの首が、共にね飛ばされていたのだ。

 ぼとり、ぼとり、と……。

 大きな石が落ちるような音を響かせ、恨めしい顔をする間もなかった男らの首が転がる。

 次いでそやつらの体から力が抜け倒れ伏したが、そちらを見やる余裕などなかった。

 それまで誰も抜くのを見た事がないカタナを抜き去ったリャンの姿は、しかしてリャンのものではなかったからである。


 色も艶もせていたはずの黒髪は黄金の輝きを放っており、枝毛の一つも存在しない。

 両の眼は怪しげな銀色へと変貌しており、闇夜の中で瞬く様は地上に星々が舞い降りたかのようであった。

 金髪銀目のサムライ、といえば思い当たる名など一つしか存在しない。


 ――妖眼のヴァン・フリート。


 幻影の能力を持つという魔刀ヒメハギを手に、数々の伝説を打ち立てたSランク冒険者である。


「お、お前は――!?」


「どれ、俺も一つしつけを施してやろう。

 ……お前たちの流儀にならって、な」




--




 血脂一つ刀身に付けぬ技前を披露し、魔刀ヒメハギを鞘に納める。

 それでヴァンは、リャンに戻れた。

 否、魔刀を抜き放っていたその姿こそ本来のものであったか……。


「片が付きましたか?」


「うむ」


 闇夜へ同化するように背後へ立っていたソラウに、振り返りもせず返事する。


「済まぬな……足を洗ったお前に、また隠密仕事をさせてしまった」


「そのような事をおっしゃらないでください。私を光の当たる世界へ連れ出してくれたのは、あなた様なのですから。

 ……それより、口調がまだ戻りきっておりませんよ?」


「ん、そうか? いや、そうだな。すまねえ」


「そうそう、その方が男前です」


 ソラウがふわりと笑った気配を背に感じながら、裏通りへ転がる冒険者だった者たちを見下ろした。

 死んだから冒険者でなくなったわけではない。

 こやつらは、いつの日からか本格の冒険者ではなくなっていたということだ。

 ある意味、己も同じなのであろう……。


「あの方、チェスターさんとおっしゃいましたか? 一体、どうなるのでしょうね?」


「さあなあ……奴は若いし才能もある。このままトントン拍子に、Sランクまで上り詰めたりするかもな」


「あなた様と同じように、ですか?」


「そうさな……ただ、俺と同じようにそこで何も見つけられないか、あるいは俺と違って何かを見出みいだすか……そこまでは分からねえさ」


 天を見上げ、遥か夜空の星々に向け手を伸ばした。


「冒険者なんてのは、星を掴むような生き方だ。

 ……でも俺が本当に欲しかったのは、星じゃあなかった、な」


「今は、欲しかったものを掴めていらして?」


「昔よりは、近づいた気がしてる」


「私も、その中の一つでいられるかしら?」


「十年早い」


「んもうっ!」


 それきり、男女の姿は闇夜の中へ消えて行ったのである……。




--




 Aランクに昇格したチェスターの訃報ふほうが王都冒険者ギルドに届いたのは、それから一か月後のことであった。

 あっけのない、死に様であったという。

 それだけならば冒険者の世界では、


 ――よくある事。


 ……という他にない。

 だが、遺体の回収もされず縁者もいないという若造に対して、何者かが質素ではあれどしっかりとした墓を立ててやったというのは、珍しい事であるといえた。

 ごくごく稀に、その墓へは花が手向けられているという。

 若き冒険者の魂には、きっと安らぎがあるに違いない。

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