開幕の閃光 ♯1

ミラリア歴1979年4月27日3時23分

 ミラリア連合帝国軍『サイト777』付近。上空7000メートル

 『発光現象』から4980秒



 緑色の四発プロペラ輸送機、CA-15が、夜空を飛ぶ。

 

回避ブレイク! 回避!』

 

 操縦士の宣言と共に、その翼を傾け針路を変えた。

 機体が大きく揺れる。

 床に転倒しそうになった青年は、操縦席の窓から機体の左側をミサイルが飛んで行ったのを目撃した。

 その次に、黒い影のようなものが機の下を突っ切っていった。

 機内が激しく揺れる。

 超音速ですれ違ったのだと、青年は思い、後ろの荷の固定がしっかりしている事を祈った。

 操縦席の後ろ。貨物室には、棺桶や布にまかれた棒状のものや、段ボール。雑多な物が大量に詰め込まれている。

 散乱したらただでは済まない。

 「こんな内地にまで!!」

 悪態をつくが、事態は変わらない。

 敵の襲撃だ。


 「敵は? 反転して攻撃してくるか」


 「現在旋回中。後方に新たに航空型4体」

 

「合わせて五体。荒っぽくて構わない、避け続けろ。MP通信は?」


 警報が鳴る中、青年は副操縦士に質問する。

 副操縦士がヘッドセットを耳に当て機器を操作するが、首を振って答える。


 『ネガティブ! ジャミングが!』


 「電子戦型がいるな」


 青年は思案し、指示を飛ばす。


 「発光信号を、撤退命令だ」


 『基地を放棄するんですか!』


 「あんなに大量にこられちゃなぁ。撤退して、態勢を立て直すぞ」

 

 信号弾射出の音を聞きながら座席の背もたれに身を沈めて、今日は厄日だと青年は思った。

 

 青年は、窓から外を覗く。

 輸送機が飛んできた方角。

 西の空が赤く染まっている。

 終末的な光景だ。

 その赤い空の下。地上に、空に、黒色の『何か』が漂っている。

 膨大な数だ。何千、いや何万も。

 それは決して雲の影では無い。

 奇妙な黒だ。

 その黒を『切り取った闇』と表現した者を、青年は知っている。敵の名も。

 

 「『怪異ミステリー』」

 

 正体不明の存在。

――今日はさっさと実験を終わらせて寝るつもりだったのだ、それが突然、こうだ。

 怪異がこんな所に出ることは前代未聞だった。

 よくない事が起きている。

 この世界の破滅に関わるような。

 青年は身震いする。

 

「いやな感じだ」


 青年の恰好は、他の乗員(彼を除いて三名しかいない)とは違った。

 他の乗員は操縦用の耐Gスーツを着ているのに、青年はジャージズボンに白Tシャツ。その上からプラスチック製の名札がついた紺色の人民服を羽織り、サングラスを掛けている。

 名札には英語でこう書かれていた。

『TechnicalGeneral Norm Antares』


 青年の名前はノーム・アンタレス。階級は、技術大将。


『ミサイル、12発。来ます!』


『回避!』


 操縦士はミサイル回避行動を行う。

 対ミサイルシステムが自動オートで作動。

 魔導チャフと術符フレアが散布される。輸送機の機体後部から赤色の光が放たれ、同時に緑色の粒子が翼下のポッドから散布される。

 続いて、操縦士は機体を右旋回。

 飛来してきたミサイルの内5発は赤色の光を追って爆発。4発が緑色の粒子によってできた緑光の雲に突っ込んで爆発。そして、残った4発が、


『4発こっちに来た! 総司令、無茶しますよ!』


「ぶちかませ!」


 操縦士はレーダーでミサイルの位置、速度を確認し、無謀な機動を取る。  

 操縦桿を全力で左に倒し、エンジンを逆進リバースモードに。

 機体が急減速しながら左にバレルロール。

 思わぬ機動にノームは口の中を嚙む。

 目標の急減速と回避に対応しきれず、ミサイル4発は輸送機を通り越し、前方で爆発した。


 『総司令、大丈夫ですか?』


 「口の中を嚙んだ。ひりひりする」


 『結構です。しかし安心するのはまだ早い。敵4体来ます』

 

 「次は直接、機銃攻撃だろうな」


 『でしょうね。おや』

 

 「どうした」


 『レーダー消失ロスト。目標5体、全機撃墜された模様。新たなボギー、味方です』


 「何?」


『閣下!』

 

 通信を行っていた副操縦士が声を上げた。


 『空軍第三実験航空隊からMP通信が! 『東風TONG POO』です』

 

 「東風? じゃあ浅井が来たのか」


 ノームはその人物と『東風』について知っている。

 『東風』とは、ミラリアで一番高性能な戦闘機であり、それを操る浅井少尉はミラリアトップクラスのファイター・パイロットだ。

 ノームはヘッドセットを受け取り、通信を行う。


 「こちらノーム。浅井か?」


 ノームの問いかけに、落ち着いた男の声が聞こえる。


 『こちら『東風』機長の浅井少尉。ああ、今そちらの後方、高度10000。そちらを追跡しつつ、電子戦を展開中』


 「今の攻撃はお前が?」


 『ああ。何か都合が悪かったか?』


 「まさか。むしろ都合がよかった。こちらを護衛している部隊と、まだ基地周辺で戦っている奴がいる。彼らに通信したいんだがジャミングがひどい。そちら経由で通信できないか」


 『サイト777防衛隊の全滅を、先ほど確認した』


 浅井から告げられた言葉に、ノームは拳を握りしめ、震わせた。

しかし、冷静に指示を出す。


 「状況は?」


 『混乱している。俺はサイト777の防衛に当たれと命令を受けてここに来た。だが、ここに来る道中に防衛司令部から『第四次防衛線内Wブロックに怪異が出現した』という情報が入った。』

 

 「数は?」


 『十万』


浅井が告げた数字にノームは愕然とした。

 十万? 冗談だろう? だが浅井は冗談を言う男では無い。

 ノームは思考する。

 ――『回廊』監視システムにも、『異界』監視システムにもアラートが出なかった。

 それなのに怪異は現れた。超高精度の、怪異探知システムに覆われたミラリア領土に突然、しかも十万体――

例えるなら、何重もの警備システムが敷かれた銀行の金庫の中に、十万発の原子爆弾が突然出現するようなものだ。

 

「浅井、増援要請を頼む。なるべく早く『荷物』を安全な所に」


『もう出している。海軍第512戦闘航空攻撃隊が到着予定』

 

 何かが、変わりつつある。

 ミラリア連合帝国建国から20年間、ミラリアはずっと怪異と戦ってきた。

 怪異との戦い自体は40年以上前から、連合帝国建国以前から続いている。

 その中で、幾度となく常識を超えた怪異の力を見てきた。

 だが、今起きている事は何かが違う。

 ノームは長年の経験からそれを感じていた。

 棺桶の中身。そしてさっきサイト777で起きた『異変』


 「何が起きているんだ」


 輸送機は向かう。夜空の下、西へ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る