第8話「打ち上げ花火 暗」

 「はあ~」

 ついついため息を吐いてしまう。

 「まだ、チャンスはあるって」

 ため息の理由を全て知っている友人が励ましてくれる。

 雑踏の中、天を仰ぐ。

 「何が悲しくて男だけで祭りなんだよ」

 と話すのはもう一人の友人。

 そう、雑踏の真っただ中を歩いているが通常の雑踏ではなく夏祭りの雑踏。

 焼きそばのソースの匂いやりんご飴の甘い匂いが漂う非日常的な雑踏。

 「仕方ねえよ、全員失敗したんだから」

 さらに別の友人が言葉にする。

 高校生の夏祭りに男四人でやってきたのだった。周囲はカップルであふれる中でむさ苦しい男だけで固まっていたのだった。

 この祭りへの参加計画ではそれぞれが意中の相手を誘い成功したら二人で祭りに参加するという話だったのだった。

 俺は高校の入学式の日から一目ぼれしていた女子に声を掛けた。

 ところが

 「ごめんね、別の人と行くことになった。」

 そう断られた。無論これだけでこの恋を終わらせてしまうのは男が廃るというものである。とはいえ精神的にダメージにないかというとそうではない。思春期の男子が意中の女子にデートの誘いなんてものはそうとうに勇気がいるのだから失敗したときにはその倍のダメージが返ってくる。

 因みに男だけを嘆いた友人はクラスのマドンナ的存在の女子を誘い「彼氏と行くから」と断られ、全員失敗した現実を突きつけてきた友人は部活のマネージャーを誘い「先輩と行くんでごめんね」と断られ、俺を慰めてくれていた友人は担任の先生を誘いガン無視を決め込まれていた。

 現実逃避的な思考を繰り返していると友人たちとはぐれてしまった。とっさに周囲を見回したものの姿は見当たらなかった。携帯はもっているものの万単位で来場する花火大会で連絡を取りながら合流するのは困難になることが予想できた。既に何度も訪れている花火大会の為にこういう時の対処は手慣れたものだ。相談していた通りに最終集合場所である観覧席へと向かう。待たせる可能性を頭に入れつつも焼きそばの魅力には抗えなかった。

 一人で観覧席に来たことは失敗だったかもしれない。いや今の俺の表情を見られないのなら幸運だったかもしれない。

 見つけてしまった。

 俺が誘った女子。俺の想い人。先約があると言っていた少女。

 薄暗い中でも見落とすはずもなかった。好きな相手を見つけられないなんてことはない。これもきっと恋の病の症状の一つに違いない。けれどもこの時はその症状を激しく恨んだ。

 彼女は一人ではなかった。別の相手と一緒にいた。予定なら俺が立っていた場所には男がいた。彼女の幼馴染が立っていた。

 その光景を目にした瞬間から周囲の音はどこかへと消え去った。打ち上げ花火の音さえも消え去った。

 少し離れた位置にいる二人の全てが手に取るように分かった。

 男の覚悟に満ちた表情と言葉も、驚きながらも期待に満ちた彼女の表情。

 嬉しそうな彼女の言葉と、表情の選択に迷う男すらも。

 全てわかった。何が起きたのか、二人の間の変化すらわかってしまった。

 

 その後、俺はどういう行動したのかは全く覚えていなかった。途中で友人に声を掛けられたような気もする。

 ただ気が付けば学校近くの誰もいない公園のベンチに一人腰掛けていた。

 むしゃくしゃとした胸の中の感情の八つ当たりをするかのように手にしていた焼きそばを口に頬張る。屋台の美味しさは祭りという非日常の期間限定。その魔法が解けた焼きそばは少し塩が効きすぎていた。

 何が起きたのか何もわからなかったけど、全部理解していた。

 ただ、俺の夏の魔法は今日期間限定を終えてしまったようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る