第7話「打ち上げ花火 明」
日はかなり前に暮れ、空は暗闇に覆われた。けれども地上は暗闇というわけではなくむしろ煌々と照らされていた。
それでも気温は高く噴き出す汗は止まらず高い湿度のせいで蒸発せずに肌にまとわりつく。温度と湿度、人ごみが不快指数を際限なく上げていく。
人ごみを抜け少し開けた広場へと出る。
「人ごみすごいね!」
隣に歩く少女が口にする。
「ああ、すごいな」
夏と言えば?と聞かれれば間違いなく五番目までに名前が挙がるであろう夏まつり。そのイベントに幼馴染と来ていた。
幼馴染にして腐れ縁にして選手とマネージャーの三種関係の彼女。思春期を迎えてもなお関係は良好だった。だが逆に言えば一種の定式化された関係。それ以上もそれ以下になるのも難しくなる関係。この関係を変えるには他人よりも大きな力がいる。それを誰よりも知っている。
その力を今回は振り絞った。
二人で一般の立見席へと移動していく。
はぐれないようにと俺の服のすそを掴む彼女はいつもとは違う雰囲気を醸し出していた。それもそのはずで浴衣を身にまとい、綺麗にまとめられた髪型とうっすらと化粧をした姿は、日に焼けガサツな少女ではなく一人の女性だった。
意識をしないなんて無理な話で彼女に向けてしまう意識を進む方向に向けるのが精一杯だった。
たどり着いた立見席で一息つく暇もなく最初の花火が打ちあがる。
ドンッ!!
花火大会の開幕合図だけあり大きな花火が上がる。
続けてもう一発。闇夜の夜空に美しい花が一輪咲き、ずれて音が届く。ズシッとした音が胸に響く。
毎年のように見る花火だが見るたびに感嘆の声を上げる。さらに三発目、四発目と花火が打ちあがる。周囲では「たまやー」「かぎやー」と昔ながらの感嘆符を思い思いに口にしている。
熱に浮かされたのか自分たちも便乗する。
彼女は少し照れながら笑う。
その姿に、その笑顔に心臓が早鐘を打つ。
今だ、ここだと心が叫ぶ。
何年も用意し続けた言葉。出せなかった言葉。バッドエンドかハッピーエンドどちらかにしか進まない言葉。
口は開けれど言葉は出ない。何分、何時間経ったかのように感じた、けれども実際には数秒にも満たない時間が過ぎようやく言葉にする。
人ごみの喧騒と花火の音は遠くにゆき、周囲の人と花火さえも背景になりはてる。
「俺と付き合ってください」
少しの間と静寂が俺を苦しめる。それでもその時間は決して長くなかった。
結果は、花火が咲いた。
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