第6話「浴衣」
季節は汗が止まることを知らない誰もが不愉快な季節。
一日で最も日差しが強く疲れる時間帯を少し過ぎたころ。
自室の姿鏡の前で服装の着方に格闘している少女がいた。
日本の伝統的衣装「浴衣」。ただそれも日常的に着こなす人物は限られている。けれども決して滅んだわけでもない。毎年この季節になると一定数着こなそうと奮闘する人間はあらわれる。それも含めて日本の夏の風物詩。
一年でわずか一日の為に友人と数日にわたり悩みに悩みぬいた浴衣。
母親にも手伝ってもらいようやく着つける。普段なら三つ編みかポニーテールの簡単な髪形で済ませる長髪を綺麗に結い上げる。髪留めには因縁の幼馴染からもらった簪をさす。
変なところはないかどうか最後に姿鏡の前で確認する。
そこに立っていたのはガサツで男勝りで女の子のオシャレを意識していなかったかつての自分ではなく、綺麗にまとめ上げられた一人の少女だった。そう自意識過剰になっても文句の言える季節ではなかった。
母親に時間を聞かれ少し慌て気味に家を出る。片手には巾着袋、足元は下駄。不慣れな恰好の状態ながら少し急ぎ足で向かう。
集合場所はいつもの駅前ベンチ。
待ち合わせ時間の10分前にも関わらず自分の相方は待っていた。
その相方は当然に女友達なんかではなく腐れ縁にして幼馴染、今では選手とマネージャーの三種関係の相手。
ベンチから見えない木の陰で手鏡を使い最終確認。
髪型、よし。
化粧、よし。
表情、よし。
今の私は過去最高に可愛いと気合を入れる。
タイミングよく鳴るライン。
「がんばって」浴衣選びに付き合ってくれた友人からのスタンプ付きのメッセージ
気合十分に幼馴染のアイツの元へと駆けてゆく。
少し不意打ち気味に「お待たせ」
振り向いたアイツは少し驚く。
「お、おう」
シミュレーションで元気よく尋ねるはずだった私の恰好の感想への言葉は、入れたはずの気合とともにしぼんでゆき「どうかな?」と周囲の雑踏の音にかき消されそうなほどの小さな声で不安げにつぶやいてしまう。
それでも私の言葉はアイツに届いていたようで盛大に赤面しながら「似合ってる」の一言がこぼれ出る。
その一言に心の中では狂喜乱舞の大喝采が巻き起こる。
「行くか」
アイツの一言で横並びになり、少しの期待と不安を抱きながら祭りの雑踏の中へと踏み出していく。
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