第5話「背中」
小学生のころ、校内で開かれたマラソン大会では負けなしだった。
中学生になり流れるままに陸上競技部へと入部をした。
地元の中学の陸上競技部は県内ではそれなりの強豪校だった。それでも自分は同学年はおろか先輩たちにも負けはしなかった。一人を除いて。
ハッ、ハッ、ハッと一定のリズムを刻んだ息が聞こえる。
ザッ、ザッ、ザッと一定のリズムで土を踏みしめる足音が聞こえる。
体の軸はブレることなく真っ直ぐに、手と足はリズム通りに前後に動かす。
全身の細胞という細胞が酸素を要求する。
肺はその能力を最大限に引き上げ限界いっぱいまで酸素を取り込む。
体を動かすために酸素を使うせいで脳に回る酸素量は少なく思考は単純になる。
それでも走るだけの動作を何分、何十分と繰り返していく中で思考を止めることもない。
一番近くに聞こえる音は自分だけの音。けれども走っているのは自分以外にもいる。後ろからは複数の音。同級生、先輩の足音。
けれども、前から聞こえる足音は1つだけ。
2つ上の先輩、最高学年の3年生。先を行く先輩のリズムは誰よりも速かった。
その背中は一切のブレがなく惚れ惚れとするほどの美しい走りをしていた。
大きな背中は自分との距離が一切縮まることはなかった。
ひたすらにその速さに憧れ、羨望し、期待した。
どうすればあれほどに速く走れるのか。
どうすればあれほどまでに美しく走れるのか。
先輩の背中を追うたびに何度も何度も考えた。
ただの一度も追いつけぬまま、わからぬままに先輩は中学を卒業した。
それから早くも2年が経過した。あの頃の先輩と同じ学年になり、身長は先輩よりも大きくなった。俺自身を先輩と慕う後輩もできた。そんな後輩にあの時の先輩のような背中を見せることができているのだろうかと走るたびに自分自身に問いかける。
あの頃の先輩よりも速く走れるようになったけれども、その背中はまだ俺の前を走り追いつけないでいる。
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