第2話「雨」

 大学の講義の途中。

 週末一日前、最終の授業。

 明日からの休みと一週間の疲労感から授業を受けている大勢が気を緩ませる。

 講義を聞かずに寝に入る者。

 講義そっちのけで内職をする者。

 集中力を保たせ最後まで講義を聴く者。

 三者三様の様子を見せる。

 俺もその一人で講義の内容を意識の表面で聞く。結果として意識の大部分はあちらこちらと彷徨っていた。そのおかげか振りだした雨に意識が向く。

 ザーザーという雨音がボソボソとしゃべる教師の声と被って聞こえてくる。

 自分の少し横、わずかばかり開いたカーテンの隙間から窓の向こう側が見える。

 暗くどんよりとした雨雲があたり一面を暗く照らし出す。

 強い雨音と雨特有の空気感、それらが生み出す景色はリラックス動画をような効果を生み出し始める。雨でぬれる外の様子を眺めながらリラックスBGMに身をゆだねる。右往左往していた意識が一つにまとまりを見せ始める。

 頭の中で仕舞い込んでいたはずの記憶がゆっくりと起き上がる。


 「私、雨嫌いなの」

 そうつぶやいたのはクラスメイトの女の子だった。

 高校三年のあじさいが色鮮やかに咲く季節。部活動は引退し、受験に身を入れ始めたころ。

 勉強の為に残った放課後の教室。勉強の切れ間に彼女は呟いた。

 自分たち以外に誰もいない教室で向い合せた机の向こう側で彼女は窓の外を眺めていた。

 「雨、やまないわね」

 放課後に入り少ししてから降り始めた雨はやむ気配もなく降り続けていた。

 「そうだね」

 彼女の雨にこだわる話題に意識半分で返事したことを覚えている。

 薄情にも聞こえる俺の返事を受け止める彼女の顔は見えず、覚えているのは雨を眺め続けるセミロングで隠れた横顔だけだった。

 そして、その記憶に引きずられるようにもう一つの記憶が目を覚ます。

 

 あの雨の日から少しして卒業式の日。

 雲一つ存在しない晴天。

 三年間世話になった教室で雨の日と同じように彼女は呟く。

 「雨音が響いていますね」

 その一言だけを言い残して去っていった彼女の表情は怒りと悲しみと失望の色をしていた。


 彼女が呟いた言葉の意味を知ったのはそのあとだった。

 雨の日の見えなかった表情も、卒業式の日の表情も理解をした。

 そして今も後悔している。

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