第二話 人間じゃない(3/5)
モモモ森林とはいくつもの小山に跨がる広大な未開墾地域を指しており、中にはライチェ村のような小規模な集落が点在している。
迷ったら出て来られないといわれるほどに深い森だが、目的の川に行くのは簡単だ。
ライチェ村は木こりが多いため道中の邪魔な木がすべて切り倒されているのである。
枯れ果てた切り株を追っていけば目的の川に着くというわけだ。
ポークは切り株に飛び乗って遊びながら傾斜のある林道を進んだ。
道が拓けているおかげで遠くまでよく見える。
無性に走り出したくなるが目の届く範囲にいろとライガードにいわれているので我慢だ。
「ポークはいつも水汲み手伝ってるの?」
「たまにだな。オレがついていくと遅いから」
「あたしはここ初めて通った。うちはずっと井戸の水使ってるし」
ココロは手に持った棒で藪や木の枝を叩きながら歩いている。
ココロが何かを叩くたび、みんみんとうるさい蝉が静かになる。
棒の先がこちらに向かないことを願うばかりだ。
「危ないから藪をつつくな。蛇が出ても知らんぞ」
「蛇なんて踏んづけちゃえばいいの。あたしの蹴りはすごいんだから。こないだ、朝起こしに来たお父さんを蹴ったら気絶したの。一発よ、一発。格闘家にでもなろうかな」
ココロが近くの切り株を蹴りつけた。
ボロボロに朽ちていたため表皮が削れる。
それを見てライガードは溜め息をついた。
「お父さんは打ちどころが悪かったか、ふざけてやられたふりをしたかだ。とにかく、危険だから森の中で無意味に暴れるな」
「鼻を押さえて痛がってたもん。あたしの蹴りはすごいんだ。蹴りだけじゃないよ、とりゃー」
ココロは両手で棒を握ると剣のように振り回した。
ちらちらとポークを見ている。
棒も桶も大切な水汲み道具だ。
遊んではいけない。
わかっているのだが、身体がうずく。
「ほらポーク、ここにちょうどいい木が!」
ココロが道の先に落ちている乾いた枝を指さした。
ポークの手にフィットしそうなサイズ感。
もう我慢できない。
「オレの超剣術をくらえ!」
「かきーん! 跳ね返す!」
枝を拾ってココロと打ち合った。
もちろん身体に当てたりしない棒を狙った遊びなのだが、ココロが本気で振り下ろしてくるのでポークの枝が折れそうだ。
折れたら遊びは終わるだろうか。
相手はココロだ、終わるはずがない。
腕の骨くらい折らなければ満足してくれないだろう。
想像したら怖くなったので、枝を投げ捨てて逃げた。
大笑いしながら追ってくるココロ。
結局いつもの構図である。
「疲れても知らんからな」
ライガードは呆れた様子で見守っていた。
波のようにうねる山道を進み長い坂を上ったところで、蝉の声に水音が混じりはじめる。
さらに進むと空気の変化が肌で感じられた。
涼しいというよりも冷たい。
これは飲める空気だ。
通せんぼするように立っている三本の大木を左に曲がると、見えた。
水の弾ける清流だ。
「うわー、水、すごくない? 流れちゃってるのがもったいない。これだけあれば一生畑の水やりに困らないのに。ぎゃー、なんか跳ねた!」
初めて川に来たココロは大はしゃぎだ。
ライガードは川べりの岩場に持ってきた樽を下ろした。
ポークもその横に桶を置き、ブーツを脱ぐ。
足を川の水に浸すと氷でも浮いているんじゃないかと思うほどに冷たかった。
道中走り回って溜まった熱が足元から逃げていく。
両手で水をすくって飲むと、冷たさが食道を通り抜ける。
「んめー! ここの水は超うまうまだ!」
夏場の冷水は何よりのご馳走だ。
こればかりは村にいては味わえない。
ココロも水面に顔を出す丸石に飛び乗り、手ですくって水を飲んだ。
「ほんとだ超うまい。これがいつも使ってる井戸の水と同じとは思えない」
お気に召したようだ。
よほど冷たくて気持ち良かったのかココロはばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
ポークの少し上流である。
人が水を飲んでいるのにお構いなしだ。
「この場所は気分転換にいいだろう。店番ばかりの毎日だと腰にわるいしな。若い頃はもう歩きたくないと思ったもんだが、不思議なもんだ。今は動いていないと身体に障る。でもまぁ、せっかく川に来たんだ。水を汲んだら少し休もうか」
ライガードは持ってきた樽の蓋を開けた。中を見て目を細める。
「なんか入ってるぞ。こりゃ服だ。ポークと俺のと、ポニーさんのもある。靴まで」
「あ、そういえば母ちゃんがなんか入れてたな。よろしくねって言ってた」
「えええ……相談もなく、えええ……」
一人で店番させられたのが気に食わなかったのだろう。
洗濯を押しつけられた形である。
ライガードは流れの弱い水たまりに移動すると樽をひっくり返して中身を出した。
服を何着か水に浸し、ごつごつした手で揉んで洗う。
「オレも手伝うよ」
「あたしも」
三人で洗うと早い。
あっという間に洗濯を終えた。
ライガードが絞って脱水し、大きな石の上に並べる。
日差しのせいか石は焼けるように熱い。
時間が経てば乾くかもしれないが、それならば近くの木に干したほうが早いのではないかとポークは疑問に思った。
「よし、いい機会だ。お前たちに俺の魔術を見せてやる」
唐突にライガードの授業が始まった。
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