第二話 人間じゃない(2/5)
「あたしはいずれ村を出るよ。なんてったって固有の魔術が使える天才魔術師だもん。おばあちゃんも昔、治癒術師として王都で働いていたらしいの。こんな村じゃ考えられないくらいお給料が良かったって」
「村を出てどうすんだ」
「お金を稼ぐに決まってるじゃない」
「どうやってだよ」
「あたしの魔術で」
「イモの魔術で?」
「ジャガイモだけじゃないもん。あたしの魔術にかかれば大根や人参、豆だって爆発するんだから!」
「だからその野菜の魔術でどうやってお金を稼ぐんだよ。爆発したら料理にも使えないじゃんか。お前、賢いふりしてるけど実は馬鹿だな。ぶわぁーか」
「こうやって稼ぐのよ!」
ココロがキレた。机の下に置いておいた手提げ袋から豆を取り出しぶつけてきた。炭が弾けるような音を立ててポークの皮膚で破裂する。
「熱っ、ちょい熱う!」
驚いて立ち上がった拍子に屁が出てしまった。
「悪者退治してお給料もらえばいいじゃない。この野菜の魔術師ココロさまにかかればどんな悪党だってイチコロで……臭っ! えっ、何、臭っ! どっかで死体が腐ってる?」
ポークの屁がココロの鼻へ到達したようだ。
豆を投げる手が止まり鼻をつまんでいる。
助かった。
「はいそこまでだ」
いつの間にかライガードが後ろに立っていた。
子ども同士の口喧嘩は許容するライガードだが、暴力に対しては厳しい。
ココロも叱られるのがわかったのか神妙な面持ちで固まっている。
「その豆は人にぶつけちゃいかん。魔術のコントロールは難しい。使い方次第で悲惨な事故に繋がる。特にそれは君にしか使えない魔術だ。どんな法則で爆発が起きているのかわからん。人を殺してしまう可能性だってある。人は死ねば二度と生き返らないんだ。どんな魔術を使おうと、絶対に。だからしっかり知識をつけるまではその豆やジャガイモを人にぶつけてはいかん。わかったか」
ココロは「うん」としおらしく返事をした。
反射的に手を出しているとしか思えないため、ちょっと反省したくらいで改善には期待はできない。
それなのにライガードはココロの頭をぽんぽんと二度撫でた。
あれはポークが店番を手伝ったり、食事を用意したときにしてくれるぽんぽんと同じだ。
胸がきゅっと締めつけられる。
「それとポーク!」
ライガードはポークの肩に手を乗せた。
「おならは外でしろ。目が痛い」
体質なのか昔からポークの屁は目にしみる。
ライガードの充血した目から一粒、涙が零れ落ちた。
空気が入れ替わるのを待って勉強を再開したが、どうも身が入らない。
時間が経つにつれてココロの身勝手さに苛立ってきた。
ライガードはココロに甘すぎる。
ポークは暴力を振るってはいけないという言いつけを守っているのに褒められない。
それなのに豆をぶつけてきたココロが頭をぽんぽんされているのだ。
こんなに理不尽なことがあって良いのだろうか。
「もう駄目だ。さっきお前に豆をぶつけられたところがひりひりするし、集中できない」
「人のせいにして」
「お前のせいじゃねぇか」
また喧嘩に発展しそうだ。
今日は解散した方が良いかもしれない。
ポークは羽根ペンを瓶に立てた。
するとライガードが椅子から立ち上がった。
「だらけとるなぁ。この暑さだ、わからんでもないが。よし、こうしよう。ポニーさんが帰ってきたら、店番を交代する約束だ。その後川へ水を汲みに行くんだが、お前たちも連れていこう。涼しいぞ」
「マジかよ」
「おう、マジだ」
さすがライガード、空気の読める男である。
だらけた雰囲気が一変、ポークはココロとハイタッチした。
「ただし、ポークは水汲みを手伝えよ。お前が汲んできた水はいっつも桶に半分しか残っとらん」
「超走ってるからな!」
「超走らんでいい。歩け」
「スキップは?」
「歩け。地面を優しく踏みしめろ」
水汲みは大事な仕事の一つだ。
ライチェ村には井戸もあるが堆積した土のせいで赤茶色の水しか汲めない。
最低限の生活用水としてはそれでも良いのだが、どうせならばもっと清潔な水を使いたいというのが村人の本音だ。
幸い、村近くのモモ森林に大きな川が流れているため夏場は新鮮な水を汲みに行ける。
現地で直接飲む冷たい水は格別の美味しさだ。
「母ちゃんが帰ってきたら出発だな」
「ああ。そのかわり、それまでは集中して勉強しろ。二人ともだぞ」
「はーい」
羽根ペンを手にとり机に向かった。
機嫌が良くなったのかココロの暴力に悩まされることもなく集中して勉強を進められた。
しばらくするとポニータが戻ってきた。
ポニータはライガードと同じく魔物討伐の経験が豊富なため村周辺の警備も任されている。
今日はムカデの魔物、カムデーの目撃情報があった場所へ調査に行っていた。
服の袖に血がついているので心配したが、魔物を発見したわけでなく、道中見つけた野鳥を狩った際についたのだそうだ。
背にした皮革のリュックサックはもっこりごつごつ膨らんでいる。
おみやげは一羽ではなさそうだ。
「私も行きたい。ライガードさんだけずーるーいー」
ポニータは子どものように駄々をこねていたが、店番に加えて狩った鳥の羽むしりがあるので一緒には行けない。
不満そうにしながらも納得してライガードと店番を交代してくれた。
ポークは机の上を片づけて出発の準備に入った。
店の裏には持ちやすいように縄の通してある木桶が二つと、身の丈ほどの棒が置いてある。
水を汲んだ桶は重いため、棒の両端に吊るし肩に担いで帰るのだ。
ポークは桶二つだけ持って、「ん」とココロに棒を渡した。
ライガードはポニータが持ってきた樽の金具に縄を通して背負っている。
小柄な女性が入れるくらい大きな樽だ。
水を汲めば尋常ではない重さになるだろう。
「今日は羽枕を作るんだから、早く帰って来なさいよ」
手を振るポニータに見送られ、ポークたちはモモモ森林へ向かった。
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