11話 前兆
*****
砂で造られたその“愛”は
丸い形をしている。
私は大切だと思う人に渡して
その大切な人が
大切だと思う人に渡す。
それを繰り返すうちに
気付けば“愛”は形を変え、歪になり
いつしか手に不快なザラつきだけを伝えていった。
*****
「日向っ!」
日も落ち始めた夕方16:30——
マリア、ダン、音羽の3人は日向のいるカフェに来ていた。
優は、仕事が残っていると言って病院のオフィスに残った。
マリアは半年分のハグを日向にぶつける。
日向はマリアの疲労に気付くとそれを労るように、お帰りなさい。と母を包み込んだ。
4人は久しぶりの家族団欒を愛おしそうに育んでいた。
夕食を食べ終わると日向はアイスワインを開け、マリアの前にグラスを2脚並べゆっくりと注いでいった。
「あら、素敵ね。
母を酔わせてどうするつもりかしら?」
マリアは色っぽくテーブルに肘をつき、その上に顎を乗せて、注がれるワインを見つめながら微笑んだ。
「はは。
息子からのささやかな労いの気持ちです。
ほら、ダンとマリアはまだお酒飲めないからさ、
たまに帰った時くらい付き合ってよ。」
カフェに備え付けられたモニターでゲームを始めたダンと音羽を指差して、ね?という顔でまた、マリアの方を向き、カウンターに座るマリアの隣に日向も座り直した。
マリアはダンと音羽を見て、目を細めて微笑むと
こう呟いた。
「私はあなた達にとっていい母親になれたかしら。」
CHANELのボルドー色の唇は同じ色のワインが入ったグラスに口をつけた。
「やけに弱気だね。
何かあったの?」
日向はマリアの方を見ながら問いかけた。
「音羽の脳は最先端の技術を持ってしても
理解不能だわ。
手のつけようがない。
脳が異常な発達を繰り返している。
これは人の域を超えたものよ。
あの子はいずれ…」
日向はマリアの手をそっと握って話を遮る。
日向は微笑むと、マリアにこう語りかけた。
「母親ってさ、何をもって母親って言うんだろう。って僕、ずっと考えているんだ。
血の繋がり。
過ごした時間。
注いだ愛情の量。
書類上の決め事。」
「あなたはどう思うの?」
マリアは日向の目の奥から真実を探そうとした。
日向は首を傾けるとクシャッと困ったように笑った。
「母さんは僕にとって何にも変える事のできない大切な人だよ。
だけど、その反面、自分のルーツを知りたいとも思う。僕を捨てた顔も名前も知らない人に会ってみたいとも思うけれど、探そうとまでは思わない。
多分その人が今、目の前で死んでも悲しめないと思う。
僕にとって母親の定義は一緒に過ごした時間なのかもしれないね。
だけど、それをダンと音羽が同じ思いだとは限らないって事。
音羽はきっと見つけ出すよ。
ねぇ。
母さん。
…母さんは何を隠しているの?
何を知ってしまったの?」
マリアは自分の手に置かれた日向の手をもう片方の手で包み込む。
次にその手は日向の頬に滲む涙を拭った。
「日向は私に似てお酒飲むと涙脆くなっちゃうのね。
ごめんね。
私がおかしな事言っちゃったばっかりに…
あなたは何も不安に思う事はないのよ。
さぁ、そろそろ家に帰りましょうか。
もう!私今日はくったくたなのよ。」
マリアは日向のおでこにキスをするとダンと音羽に声をかけてゲームを止めさせた。
家までの帰り道、4人はたわいない話をして歩いた。
夜桜が咲き誇る歩道を笑い声が包む。
マリアは空を見上げて無くなりそうな月を見上げた。
「一緒に過ごした時間か…
どうしよう。
こんなに幸せになれるなんて想像もしてなかった…
欲張るつもりなんてない、
これ以上何も持ってないんだから、
もう、失うのはうんざりよ…
さよならの準備はあの時したはずなのに
でもだめなの。どうしても嫌なの。
蓮…
お願い。見守って。
この世が終わってもあの子達だけは失いたくない。」
マリアは何かを覚悟するかのように、また一つ
この世界に嘘を重ねた。
「母さーん!
家の鍵持ってないんでしょ!
置いてっちゃうよーっ」
3人が手を振っている。
マリアは3人の待つ幸せへと走り出して行った。
「ごめん。寒いね!
早く行こう。」
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