9話 主治医
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私が弱いと
みんなが悲しむ。
みんなの為なら私は何にだってなろう。
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空が澄み切っている。
雲ひとつない、見上げる青い世界は宇宙までの距離を分からなくさせる。
なんだって出来る気になる。
音羽とダンは病院に来ていた。
音羽の脳の検査と心のケアを目的としていて、ある種、彼女自身の安定剤と抑制力となっている。
「音羽さんこんにちは。
ダン君も元気にしていましたか。」
男はふわっと微笑む。
「こんにちは。
優先生もお変わりなく、安心いたしました。
これ、うちのカフェで人気のスコーンです。
すっごく美味しいので是非お召し上がりください。」
音羽は綺麗な顔で凛と微笑む。
その表情は自然で暖かく相手を尊敬しているのがよく伝わる。
そしてダンも同じく、優を尊敬しとても慕っているようだ。
「先生。ご無沙汰しております。
兄の日向は仕事でこちらに伺う事が出来ず、申し訳ありません。」
先生はまだ温かいスコーンの紙袋を受け取ると、お茶にしましょうか。と言い、音羽を残してダンとキッチンに向かった。
病院の敷地内にあるこの建物は完全に独立していて、一軒家のような造りになっている。
庭には沢山の緑と咲き誇る花々達。
残された音羽は庭のテラスに出るとここでお茶をしましょう。と言い、空に向かって背伸びをしている。
キッチンでは、ダンと優がお茶を入れている。
「今日はカモミールを入れてみましょうか。
本当に日向君は料理がお上手ですね。
そう言えば、もう脳科学の研究はしていないようですが、何かあったのですか?」
踏み込み過ぎないように、優はお湯に視線を集中させて話を続ける。
「日向君はいわゆる天才です。
それ故に彼には音羽さんの行く末が見えてしまったのではないかと、少し心配になってしまって…」
カモミールの柔らかな香りとスコーンの甘い香りがが2人を包み込む。
「先生。日向…兄は脳科学の研究はもう止めたんです。
詳しい理由は俺にも分からないのですが、予知夢と脳の異常発達を調べていて、そこからは何も。
あと…
最近音羽は稀に記憶障害を起こすようになりました。
些細な事だし、気のせいかもしれないですが、何故かそれが堪らなく怖くて。」
ダンは誰にも言えない事を吐き出すように弱々しく、優に吐き出す。
「音羽さんは少しおっちょこちょいな所がありますからね。ダン君心配しないで。大丈夫です。
マリアさんが帰国したので脳に関しては彼女に相談してみましょう。
今日はこの後、彼女の検診ですね?
あれから半年ですか。
何か状況が変わっていると良いのですが。
…さぁ、女性を待たせると機嫌を損ねてしまいます。
参りましょう。」
そう言うと優はダンをテラスに向かわせた。
優は奥の部屋に飾ってある写真に目を向けるとその部屋を2人に気づかれる事なく、静かに閉める。
「能力が完全に目覚める前にどうか…」
刹那、想いを巡らせる優—。
遠くのテラスから音羽の優を呼ぶ声が聞こえる。
「先生ー!
スコーン全部食べちゃうよーっ
早くいらしてくださいーーーっ」
ちょうど日の光が遮り部屋に影が出来る。
余計に外のテラスが光って見える。
優は罪悪感とそれに逆行するように満たされていく心で溺れそうになっているのに気付かずにいた。
次の瞬間それに気付いた優は、苦しくて息が出来なくなった部屋を出て、光の差し込むテラスへ向かった。
そして、優が部屋を後にするとまた部屋に光が差し込む。
「ごめんごめん。
さぁ、日向君のスコーン楽しみですね。
私の特製カモミールも召し上がれ。」
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