6話 夢の中


*****


真っ直ぐに時に屈折させ


それでもまだ届かない。


あなたにはきっとずっと届かないまま。


*****



ある日の朝———。


澄みきった朝日が音羽を包んでいる。




「待って…

ママ。


1人にしないで。」



天井に手をかざし、何かに手を伸ばす音羽の手は力尽きて、目を覚ました。



伸ばした右手はゆっくりと左の手首に触れる。


そして両腕は今度はゆっくりと仰向けになる音羽の顔を覆う。



『グスンッ…。』


目尻から涙が流れた。




二重に巻かれた細いチェーン状のブレスレットはプラチナでできている。月のチャームが音羽の頬に触れて冷たい皮膚に温もりを伝えた。



「ははは。

また同じ夢だ。そんな訳ない。

そんな訳ないのに… あなたは誰…。」


独り言のようにそう呟くと、左手に巻かれたブレスレットを大切そうに抱きしめた。


涙とは裏腹に音羽は幸せに満たされながらもう一度眠りについた。


そして音羽はもう一度同じ夢を見た。


*****



「…音、音羽。」



その手は音羽の首下に優しく触れる。


音羽はゆっくりと目を覚ます。



「おはよう。ひな兄。」



日向は優しく音羽の赤く腫れた目元に触れた。


「おはよう、音羽。

ゆっくり眠れた?起きたら3人でご飯にしよう。」


音羽は頷くと、ゆっくりベッドから起き上がる。


日向は音羽の膝に目を向けると、優しく諭すように話した。


「もう自分を犠牲にしては駄目だよ。

音羽は女の子なんだから。

もっとお兄ちゃん達に頼って欲しいんだ。いい?」


朝日が差し込む部屋で天使のように優しく微笑む日向。そしてこう続ける。


「音、最近変な夢は見てない?」


何かを確認するかのように日向は音羽の目をじっと見つめる。


「うん。見てないよ、

はぁ。いい匂い。お腹空いちゃったね。」


ブレスレットを隠すように握り締めながら、日向から目を離さず音羽も眩しそうに微笑む。


日向は一瞬手首に視線を落とすと、それには触れずに、音羽を落ち着かせるように優しく髪を撫でると、何も言わずに部屋を出た。



『パタン—…。」



音羽の部屋とは扉1枚隔てた廊下。


1枚の扉がこれ以上踏み込んではいけない距離を再確認させる。



部屋の外では扉に背を向けて下を向き、さっきまで音羽の髪に触れていた右手を震えながら握り締める。



部屋の中では嘘の罪悪感にさいなまれながら天を仰ぎ、涙が溢れないように唇を噛み締めて、声を押し殺していた。


*****

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