れおったら……。
「おかえりなさい。お風呂にする? 私にする?」
パリッとしたスーツ姿の早苗が男の直ぐ横から返事をした。
「両方でお願いしゃっす」
「もう、れおったら、えろなんだから!」
「誰のせいだと思う?」
「美人の新人さん?」
「かもな」
「ミスK大4連覇の」
「笑顔がすごい!」
「写真集、バカ売れだしね」
男は早苗の胸を見て、単に「すごい」とだけ言った。
早苗は顔を赤く染め、男の耳元で言った。
「もう、れおったら、えろなんだから」
「見てきていいか? 写真集」
「だーめ!」
「けちっ!」
「実物で我慢しなさい!」
実物とは、早苗のこと。ミスK大4連覇の新人でもある。
男と同棲して5年目。
「どうしても、書き込みがしたいんだ」
「書き込み?」
早苗は言いながら怪訝な表情を浮かべる。
「そう、書き込み。写真集に」
「そんなことしてるの」
「実物がぐっとくる顔をしたときに書き込んでいるんだ」
「まぁ、書き込めるのが紙の本の良さだってことは分かるけど ……」
早苗は言いながら7冊目の写真集を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
発売してまだ3週間だというのに、書き込みはもう100ヵ所を超えている。
「……一体、誰に受け継ぐつもりよ」
「未来の自分に。または、息子の予定」
「息子ねぇ……げげっ『さわやかな笑顔』って何よ」
早苗の嫌そうな顔も、男にはたまらない。
また、書き込むネタが増えた。
「それはたしか、3月24日。サイクリングで通った教会での感想」
3月24日といえば、2人が同棲をはじめた日だった。
もうかれこれ4年以上も前のことだ。
「じゃあ、この『うまうま』ってやつは?」
黄色い水着の写真に、赤い文字で書かれている。
「これもその日。作ってくれたオムライスの感想」
「語彙なさ過ぎじゃない。他になかったの?」
「言葉では表せないこともあるんだって」
さらに数ページ、早苗は無言で捲る。
そのうちにぴたりと早苗の手が止まる。白い水着のページ。
書き込みはこのページだけでも20はある。
男は気になって覗き込むフリをして、頬で早苗の胸を押す。
「もう、れおったら、えろなんだから!」
「あーそれは、一緒にお風呂に入ったあとに書くやつ」
「じゃあ、今日も書くの?」
「それは、神のみぞ知るってことだよ」
「紙だけにね。で『お椀型』って何よ? ウケる」
「個人の感想ってやつだから」
「もう、えろったら、れおなんだから!」
入浴後、男は写真集に『どんぶり』と書き込みをした。
さらに3年が経った。男は課長に昇格した。
紙と電子の両方の参考書を統括することとなった。
「ただいま」
「おかえりなさい。えろ課長さん」
「えろって言うな。俺はれおだぞ」
「じゃあ、お風呂は1人で入ってちょうだい」
早苗の怒った顔もたまらない。
そろそろ12冊目の写真集を発行してもらわないと。
書き込みをするスペースがない。
ここ数日は『す』としか書かずに節約している。
男は『すいか』を略してのことだと早苗には説明している。
本当は『すき』と書きたい。
「えろです。俺はれおだが、とってもえろです」
「うんうん。でも、先にご飯にしてよ。今日はオムライスだから」
「おおっ。書き込みできるやつじゃん」
「もうしてあるから」
「なんて?」
「それは……見てのお楽しみよ……」
はにかむ早苗も、いい。
もう、スペースを気にする余裕もない。
「お待たせ!」
早苗が言いながらオムライスを男に差し出す。
『祝♡写真集発売決定♡』とある。
「おおっ! すごいじゃないか。おめでとう!」
「ありがとう。けど、今度の写真集は企画ものでね……」
早苗は何かが使えているような言い方をした。
「早苗の気が乗らないなら、無理に出さなくってもいいんじゃない?」
男は敏感にそれを嗅ぎ取り優しく言ったあと『祝』の部分を口に運ぶ。
ほっぺが落ちそうになる。
「そうじゃないの。企画自体は面白いんだ」
「どんな企画なの?」
「2冊、同時発売」
「まじ?」
「まーじっ!」
「それ、すごくない? 単純に考えて、すごい名誉じゃん」
「そうなの。でも、身につまされるっていうか……」
「どんなコンセプト?」
「1つはキャリアウーマン、もう1つはウェディングドレス、だって……」
「あーぁ、雑誌とのタイアップ企画ってこと」
早苗は20代の女性をターゲットに創刊した雑誌のモデルもしている。
その雑誌の読者も少しずつ高齢化している。
最近では30代の購入者も目立つ。
「うん。それ自体はいいんだけど、私が気にしているのは……」
未婚の女性がウェディングドレスを着ると、婚期が遅くなる。
早苗はそんな古いジンクスを信じていた。
「……なぁ、早苗」
今日の男は冴えていた。
早苗の戸惑いをしっかりと受け止めることができた。
「何よ。急に改まって……」
男は、間をおかずに言った。
「……俺たち、結婚しよう!」
「うん。ありがとう。うれしい!」
「式はいつにする?」
「写真集の発売後、でいい?」
「いいよ」
「1年以上先になるけど」
「いいよ」
「じゃあ、来年の6月がいい」
「いいね」
「式場は前にサイクリングで通った教会がいい」
「いいね」
「れおは覚えてる? 3年前に行ったの」
「もちろんさ。俺もここがいいって思ったんだ」
男は最後に残しておいた『♡』を食べずに匙を置いた。
そしてにっこりと笑って早苗を見た。
「もう、れおったら、えろなんだから」
早苗は匙で掬った『♡』を食べて、男に口移しした。
______
【ごあいさつ】
いつもありがとうございます。
この物語や登場人物が好き、気になる、受験がんばる!
という方は、☆や♡、コメントやレビューをお願いいたします。
うれしすぎます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます