第39話 覚醒

 「50、49、48…」


 相変わらず、デンジュは、ユルネの胸に埋もれている。


 (一分切ったな、そろそろ真剣に、受け入れ態勢に入ろう)


 とはいえ、初めての事、何をどうすればいいのか、この後どうなるのか、皆目見当がつかない。

 一応は真面目な表情になって、ユルネの豊満な胸から顔を離した。

 

 「30、29、28…」


 30秒を切った頃、デンジュの体の奥から、溢れ出るような力の流れは、益々大きくなってきた。


 「ユルネさん、体がめっちゃ熱いんだけど。これ、すごいよ、燃えるんじゃない?」


 「大丈夫ですよ、安心して。順長に進んでいる証拠よ、さぁ、本当にあと少しよ、もっとリラックスして」


 「ああ、信じるよ。リラックスだね」


 「15、14、13…」


 デンジュは深呼吸をすると、吐いた息で、ひらひらと揺れるユルネの胸元のフリルが気になった。

 

 (大人の女のフリルって、なんかいいなぁ)


 「6、5、4…」


 「あー、そんなこと考えてるうちに、もうすぐだ!」


 「3、2、1…」


 「ゼロ〜!!!」


 その瞬間、一瞬にして部屋中が暗闇につつまれた後、続け様に今度は、眩い光が部屋全体を照らす。二三秒すると、光は落ち着いて、得も言われぬ、やんわりとした光に変わったいった。

 

 ミュウカとルタは、急な明暗の変化に眼が眩んだ。

 次第に眼が慣れると、それぞれが辺りを見回して見るのだけれど、何処にも、ユルネとデンジュの姿は無かった。


 「あれぇ、何処行ったんだろう…ねぇ、ルタ、何か知ってる?この後の事」


 「うぅん、知らないよ、でも、ほらミュウカ、あそこ見てみて」


 そう言って、ルタは天井を指差した。


 「えっ、何?上?えーーー」


 ミュウカは驚いた。ルタが指差した先には、へばりつく様に天井にビシッと張り付いた、デンジュが居たのだった。


 「デンジュさん何やってるんですか!」


 「ああ、これ、なんか急に飛べる様になったみたいで…」


 「急にですか、でも魔導服の力を借りずに飛べるなんて、デンジュさんにはまだ早い…」


 「それってつまりは、デンジュは覚醒成功ってことなのか?」


 「ふふっ、そうよぉ、無事にデンジュさんは大賢者になったのよ。あなた達のおかげよ、ありがとう」


 何処からか、姿の無いユルネの声が聞こえてくる。


 「うそっ、デンジュさん、もう大賢者に覚醒したんだぁ…それにしても、お母さん何処?もう行ってしまったの?」


「ごめんなさいね、私はこう見えて忙しいのよ。と、親子の事情はさておいて。デンジュさんについてなのだけどね、大賢者とはいえ、力の使い方を覚えるには時間かかるから、優しくしてあげるのよ。それとね、大賢者の力を100%使えるようにするために、ある人を訪ねるのよ。それはケイリが知っているから。ああ、もう時間が無いは、私はこれでまた暫くサヨナラだけど、ミュウカこの後の事は任せるわね」


 ユルネの声は、そこで途切れた。


 「デンジュさん、降りて下さいー」


 ミュウカは寂しさを紛らわすように、デンジュの事を気にかけた。母との別れなど、なかったかのように。

 

 「うん、降りたいんだけどね、無理みたい、どうしたらいい?」


 「もう、デンジュさんは手が焼けるなぁ、はーい、じゃあデンジュさん、飛び方教えますよ、ほら、お腹に力を入れて下さーい」


 「えっ、こうかな?ん、うわー!なんか思うように飛べてる。おもしろいな、これ」


 斯久然久カクカクシカジカの末、ここに今、デンジュは大賢者へと覚醒したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る