第21話 衝突ークレスタイン家の裏話その3の5

 一触即発の感があるが、命欲しさでバーを差し出すメリュカではない、勿論、石之助も同じ気持ちである。

 明らかにアギが強敵である事は見て取れる、しかし、メリュカはきっと石之助がそのアギを倒してくれると感じた。

  

 何がそう思わせるのかはわからないがメリュカにはそうした直感力が備わっていた、その力は天賜てんしとしか言いようがない程に突出したものであった。


 「メリュカちゃん、もっと後ろ下がっとき、怪我するで」


 いつもと違い冷静で落ち着いた口ぶりの石之助はメリュカを後方に下がらせると、ググっと眉間にシワを寄せた。


 「アギさんと言いましたね、なんの了解もなく勝手に他人の物を取ろうなんておかしいのではないですかい」

 

 「ええ、失礼極まり無いでしょう、しかし私には時間がありませんからね、例えばそれをここでこちらに渡すよう頼めば渡してくれるのですか?」

  

 アギは両手を広げて首を振り全く悪びれる様子はない。 

 

 「すみませんな、アギさん、そのお願いは聞けませんよ、このバーは私達に託された物でしてね、決して渡せんのですわ」


 「ふん、でしょうね、結局そうなるのです、であれば、少々手荒な真似をせなばいけないでしょうね」


 会話をしながらもジリジリと間合いを詰めたり距離を取ったりと二人の戦いはすでに始まっていた。


 その中メリュカは倒れたサンディの所まで移動していた。

 メリュカが優しく首の辺りを撫でるとヒヒーンと失神していたサンディは起き上がり急にいなないた。

 それが合図となった。


 アギは石之助に向かって飛びかかるようにして近づき両手から一瞬で出した鉤爪かぎづめで交互に切りつけた。

 

 石之助はその一瞬に対応し体を硬直させると鉤爪を弾き飛ばす、続け様、石之助は即座に体を人間のように変形させた。

 

 アギはその出来事に驚いた、その瞬間にできた一分いちぶの隙を石之助は見落とさず足蹴を腹部に当てた。

 立て続けに上段下段中段と石之助の殴る蹴るの応酬。

 だがアギとて何度も死の淵を見てきた歴戦の戦士である、最初の一撃以外に大きなダメージを与える事を許さない。

 

 「ほう、中々やりますね」と言いいながら一旦退いてアギは間合いを取り直した。


 石之助を中心にぐるっと円を描くように回り始めた。

 石之助にはアギが何かを企んでいる事は明白だった、そしてアギもまた石之助の次の一手が気にかかるのであらゆる知識や経験を総動員して警戒している。

 

 強者だけが見える世界には、凡人では目にすることができない空間でのせめぎぎ合いがある、其れはお互いの力や技や智力...等々の総合値を肌で感じ、認め合うことで成立する静かなる戦闘である。

 

 しかしこの時アギは「時間が無い」なのであって、本来であればアギが先に攻めるにしても十分な間を取り勝算を確かめてから攻めるはず。なのだが、今回はそうは行かないのである。

 

 「うーん、残念ですが私には時間が限られてますので、これで終わってくれませんか、出よ、劫火風円コウカフーエン


 魔法を唱えると、握った右手を石之助の方へ突き出し術式魔法を展開した。

 

 アギは瞬く間に描いた術式の半分をブゥンと空中に浮かび上がらせ地面に残った術式とで石之助を挟む形にすると、次いで上から下から赤、黄、白、青等々様々な炎が出現した。

 さらに追い討ちをかけるように、術式内に颶風ぐふうが発生し炎と風が激しく入り混じり豪炎の嵐となって石之助に容赦無く襲いかかったのだ。


 「石之助さん!」


 メリュカはその光景に思わず叫んでしまった、とはいえ近付くことははばかれる、ただただ、無事を祈る他なかったのである。

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