第14話 老の空


 朝勃つこと久しからず

 ただ夏の日の雷雨の如し


 ケイリは古希を超えている、その健康で屈強な肉体は七十過ぎとは思えぬ程に隆々としており、男として枯れているとは到底信じ難いのだが、誓約魔法の代償で性機能は失われていたのである。

 男としての悦びを差し出すことで得られた力は老化の遅延、其処にはカタカの侵攻からミュウカを守り抜くため衰えるわけにはいかぬのである、というクレスタイン家に仕える者としての誇りと使命、或いは秘めた恋…


 そういった諸々の想いの上の中で禁忌とされる誓約魔法を使用した。しかし、ケイリに後悔はない、そういう男なのである。


 「おーい!ケイリのじいさん!!ちょっとミュウカちゃんと出かけてくるから!」


 「ケイリごめんね、デンジュさんがこの辺りを案内してくれってきかないの、急で悪いけどよろしくね、お昼には帰るから、あとわがままついでにお願いしちゃうとね、お昼ご飯も作ってくれたらうれしいなー!」


 「ほっほ、承知しましたぞ、いやはや今日もまた骨が折れそうですなぁ」


 嬉しそうに目をほそめ、出かけて行く二人を眺めるケイリなのであった。


 茶を飲み落ち着いたあと、いつも通りの家事をこなし、いつも通りに食事の支度をし、何らいつもと変わらぬようではあるが、近頃は目に見えぬ細胞内の微小な変化が少しずつ現れはじめ静かに歩み寄る死という避けられぬ宿命の足音が徐々に近づいていることを感じずにはいられなかった。


 「ほっほ、少々昨日の疲れが残っておりますなぁ、いやはや歳は取りたくないものですな…」


 誓約魔法の力は老化の遅延であり、死を止めたり寿命が延びたり永遠に衰えないということではない、あくまでも死はやってくるのである。

 寧ろ魔法の代償によりその分寿命は短くなったかもしれない。

 魔法の影響で人生の終わりがもはや自然的ではないことは理解しているが、それがどのような姿をしてやってくるのか本人はおろか誰にも分からないのである。


 「そろそろですかな…」


 リビングにある古い壁掛け時計で12時が少し過ぎた頃を確認すると、丁度二人が帰宅した。


 「ただいまー、ケイリ!」


 「じいさん、帰ったぞー、ご飯にしようぜー」


 「ほっほ、おかえりなさいませ、そう言われませんでも、お昼の準備は出来ておりますよ」


 ドメイルの夏は気温は高いがカラッとしていて過ごしやすい、とはいえ暑いものは暑いようで此の時期にはうどんの冷たいのを山形県のだしのように細かくした夏野菜と麺つゆと山芋のとろろをいい塩梅に混ぜたつけ汁で頂く、好みで刻んだネギ、生姜、大葉などの薬味を入れて味変して楽しむ、このような麺料理が夏場のドメイルでは郷土料理として根付いている。


 「うーん、さっぱりしていて美味しい」


 「でしょぉ!ケイリの料理はドメイル1なんです!」


 「ほっほ、お嬢様、それは言い過ぎでございますぞ、私なぞユルネ様の足元にもには及びませぬ」


 「そうかなぁ、お母さんの料理も美味しかったけど、ケイリの料理も私はすごく美味しいと思うし大好きだよ」


 「おいおいじいさん、ミュウカちゃんを困らせるなよ、おれが許させねぇからなー」


 「デンジュさん!怒らないの!!」


 「ほっほ、今日も騒がしいですなぁ」


 ドタバタ楽しい昼ごはん、零れぬ涙が心に染みて霞みがかかる老眼の空。

 ケイリの誓約魔法について知るものは今では誰もいない、それでいい、ケイリはそう思っているのであった。


 「ほっほ、さぁさぁ、物語の続きを始めますかな」

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