第9話 クレスタイン家の裏話 その1

 フゥゥ

 フゥゥ

 

 梟が鳴いていた。

 地下基地内には月が見える、見上げた天井は外の景色を映し出すモニターでもある、この月光は何万年も同じようにぼんやりとドメイルを全体を照らしていたのだろうか。


 「ゴホン、ふむぅ、まずは、クレスタイン家についてお話ししましょう、全てが始まったのはミュウカお嬢様の先祖であるクレスタイン家初代当主のユルマ・クレスタインの時代に遡ります...」


 「いや、その話しは前に聞いた、クレスタイン家はミュウカちゃんで1200代目で20000年の歴史があるってやつだろ」


 「ええ、前回は誰もが知っているドメイルの歴史、これからお話しすることは、ごく僅か限られた者しか知らない秘密、内容の重大さから情報漏洩の危険性を考慮して書物に記載はせず口伝のみの継承になっております、この話しを知っているのはお嬢様と私、先程の話にも出てきた協力者の二人、ドメイル最古の貴族マレンス家の『エスト』と、『ルタ』というボラワ諸島の青年、共にクレスタイン家とは深い繋がりがございます」


 「いいねぇ…マル秘案件...」


 デンジュは呟いた。


 「ふむ、よろしいようですな、それでは続きを始めましょうか...」


 ケイリが語り始めると、言葉の一音一音に含有された長い年月の重みのせいなのか、後頭葉は揺れ動きうっすらぼやっとした映像が目の前に現れデンジュのトリップが始まった。


 それは今から二万年程前、ユルマ・クレスタインはこのドメイル最初の人間として誕生、もしくは降臨した、ユルマはドメイル中を歩き周り自分と同じ人間を探しましたが何年経っても一向に見つかる様子はありません、ひとつポツンと大きな石がある開けた草原で、もうダメだと途方に暮れていると、突然雲ひとつない大きな青空にかんぬきのある扉が現れた、扉はゆっくりと空から下降しユルマの面前に立ち塞がると開けろ言わんばかり閂が揺れ始めた。

 ユルマは揺れる閂を外すと、扉はこちら側へと開いたと同時に煙りが吹き出して見渡せていた範囲全ては真白くなった、暫くして煙りが無くなると、いつの間にかそこは人や物や建物が立ち並ぶ街並みに変わっており扉は消えていた。

 人々はユルマを始まりの人として崇め称えユルマは其れに応えドメイルを統治する者として君臨することになりました。

 何年かするとユルマは旅先でピニという黒髪の女性に出会い程なく二人は恋に落ちたのです。

 二人は運命に身を任せて愛し合うと、三人の子宝に恵まれ幸せを謳歌していました。

 しかしドメルイ建国20年の年、一番上の男の子シャイールが15歳で病気で亡くなり、更に翌月二番目の男の子レヌーイが12歳で不慮の事故で亡くなってしまいました。

 相次いで不幸に見舞われたユルマですが統治者として気丈に振る舞い続けることで寂しさや苦しみからはなんとか逃れていられました、そしてピニもまた気丈にその悲しみを受け入れて兄妹の中ただ一人になった一番下の女の子メリュカが寂しく無い様に以前より少しだけ強く愛しました。

 しかしながら、まだ幼いメリュカは二人の兄を亡くしたショックを受け入れられず塞ぎ込み、いつしか声が出せなくなってしまったのです。


 残酷にも悲しみの時間に慣れるほど三人の心はバラバラの方向へ向かうもので、ユルマは以前にもましてドメイルの発展のために政治に傾注し、ピニは娘の声を取り戻すため様々な薬を探し集め、ありとあらゆる宗教に没頭し正気を失いかけ、メリュカはさらに心を閉ざし、ずっと空を眺めるばかりの日々が続いていったのです。


 全てが愛から生まれた行動のはずであるのに何故こうも負の側面が大きくなって幸せばかりが遠ざかるのか。

 ドメイル建国からユルマを支えてきた一人の従者は悩んだ、考えた挙句に塞ぎ込んでいるメリュカへ青鹿毛の馬を一頭贈った、それが功を奏したのか少しばかりメリュカは外へ出て馬を通じて人と交流する様になった。

 ある時には馬小屋で夜を明かしたりと、ユルマもピニもメリュカの変化が嬉しくて久しぶりに明るい表情が戻ってきたのです。

 それから十年程が経ちました、声は戻りませんがメリュカは塞ぎ込むことは無くなり、筆談や身振り手振りで意思疎通も出来るほどに心は穏やかになり笑顔も見せるほどに元気に回復、気付けばメリュカは誰しもが見入ってしまうほどの美しい女性になっていました。


 メリュカもいい年頃になるとやはり男どもは放っておきません、まして誠に美しい女性であるのでその数も半端な数ではなく、当時は建国して30年程で貴族だの豪商だのと家柄や金銭に関しては然程さほど重要視されておらず、二人が惹かれ合い結びつくだけでよかった、メリュカは恋をしてみたいとは思うが求婚してくる者に惹かれる者は無く、声が出ないハンデを負い目に感じて臆病にもなるし、それよりもなによりも心が惹かれる人にまだ出会っていないので、これから先に運命の人が現れて欲しいと願っていた。

 そんなある日、メリュカはユルマが扉を開けた場所へ出掛けていた、現在その辺りは神聖な場所として整備され広場に変わり、その広場は聖地として巡礼したりする者や観光客で大変賑わっている、今日はそこでドメイル商工会主催の式典があるためメリュカは来賓として列席していたのだ、式も終盤に差し掛かり広場中央の大きな岩の前にメリュカが立ちドメイルの安寧を祈るという宗教じみた催しを行っていると、なんとなんと快晴の青空にあの時の扉が現れたのではありませんか。

 その場に居た者達は驚き、歓喜しこの後どんな奇跡が起こるのかと期待しました。

 扉はメリュカの面前に降りてくると、カタカタと揺れ始め早く開けて欲しそうに催促するのでメリュカはそれに応えて扉を押し開けました、瞬間、目の前は眩しく光り扉の向こう側へすーっと風が抜けていったのを感じ、気付けばそこに居た人やそこにあった街並み全て跡形も無く、有るのは目の前の大きな石と遠くに見えるドメイルのお城だけ、扉もどこにも見当たりません。

 突然のことで動揺するのが普通ですが長らく塞ぎ込んでいたメリュカの思考はある種の病的な妄想を繰り返していたことでこの状況にさしてショックも受けず受容できる下地があり、これから大変だろうなぁと思う程度で至極前向きな性格であることに気付いたことの方がメリュカにとって驚きであったのです。

 

 とりあえず落ち着いて考えようと大きな石に腰掛けた、するとお尻の下が何やらムズムズするので立ち上がって見てみると石の表面にどう見ても顔の様な凹凸があるのに気付きました、メリュカは恐る恐る近づいて見ました。


 「お嬢ちゃんかワシを起こしたんは!」

 

 なんと石が話したのです。

 石はお喋りであった、名を石之助と言うらしく、気が遠くなるほど前からここに居てずーっと前に眠ってからはどれ程経ったかわからない、石之助が言うには以前はこの辺りに湖があってその周りをよくゴロゴロ転がっていたという、特段有益な情報もないが石之助は転がれる、Rolling Stoneであることが判明したのは収穫でした。

 

 一方的に話した後、石之助はメリュカの声が出ないことに気付きました、

 

 「お嬢ちゃん声出ないんやね」

  

 そう言うと石之助は「付いて来い」とゴロゴロ転がりました。

 ミュウカが歩き疲れてくたくたになった頃、石之助が地面をドンドンと体全部を使って叩く叩く、すると即席の大きな湯船が出来上がり地中からオーロラ色のお湯が湧き出した。

 「お嬢ちゃんこの湯に浸かってみぃ」


 少し恥ずかしそうだが、ゆっくり服を脱いで裸になると、言われるがままにメリュカは湯に浸かった。

 そこからはあっという間で、誰にも触れられたことのない触れたならば傷が付きそうな程繊細に構築されたメリュカの肌に湯はまとわりつき細胞という細胞から肉体のさらに奥の奥柔い記憶に浸透して湯が瓦解させたトラウマが一気に外へ溢れて出て空に舞い上がり溜まった涙の様に一気に豪雨となって降ったのだ。

 雨粒で湯船はかさを増すとメリュカの口元まで一気に上がって来た。

 メリュカは計らずも湯を飲みこんでしまった。途端。


 「いやー、苦いーーー!!」

 

 めでたく、メリュカの声は戻ったのである、一安心の石之助は湯船でプカプカ浮いていた。


 その後メリュカと石之助はドメイルのお城へ赴き、運良くこの世界に残っていた青鹿毛の馬サンディを連れ立ってゴロゴロ、パカパカととりあえず何かありそうな方へ歩き始めた、なんの手掛かりもないので仕方がないとはいえ途方の無い旅になりそうであった…


 「とまぁ、ここまででクレスタイン家の

裏話は序盤戦でございますが、私の喉

が潤いを求めております故、勝手ではございますが、一旦茶でも一服いたしませんかな?」


 「いいけど、しかし長いな、クレスタインのクの字も出てこないし石喋るし、みんな居なくなるし、クレスタイン家の裏話って結構ラフな題名になってるし」


 「まぁまあ落ち着いてくださいデンジュさん、ケイリの言うとおりここは一旦お茶にしましょう、先も長いですので、ね!」


 「うん、あ、ミュウカちゃん、おいらはコーヒー飲みたいな!」


ガーッ

キュルッキュルッ

グォー

ウィーンィ


 まだまだ続きそうなクレスタイン家の裏話、ティ助と顧客満足度前年度No.1 コーヒーロボットの『まめふ君』がそれぞれの仕事をこなしている、耳触りがいい機械音とコーヒーと緑茶の芳しい匂いが部屋中を満たし二万年の時間旅行から一時帰還の三人の今って旅に癒しを与える至福の一杯が出来上がった。

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