再会する探偵

「ヒッヒッヒ! 大収穫だねえ!」


「キミもそう思うか。どうやらボクたちは手を取り合えそうだ」


「アタシもそう思うね! 今後とも頼むよ!」


 まさかの邂逅から十数分後。俺は恐るべき光景を見せられていた。かつて俺から逃げ切った悪い女とサワラビが、俺の表情を肴に友情を築こうとしてしまっているのだ。なぜだサワラビ。ソイツは一応、元悪党、強盗団のボスだった女だぞ。


「……どうしてこうなった」


 俺は思わず、虚無の表情を浮かべる。それほどまでに、目の前にある光景は信じ難いものだった。そもそも少し前に俺が恐れていたのは、狒々ひひ爺にサワラビが目を付けられることだった。だというのに。


「おーい、ジョン。なにを呆けた表情をしてるんだキミは。議題が腐って消え落ちてしまうぞ」


「そうだそうだ。アタシだって暇じゃないし、あの狒々爺はもっと忙しいよ」


 双方からの急かしに、俺の表情はいよいよ虚無を深める。いや、あのブロンド女から狒々爺の単語を引き出せたのは上出来か。ともかく俺は、背中に芯を通し直した。


「……あの爺さんから、組織を乗っ取った。……って訳じゃなさそうだな」


「あー、そうだねえ。逆だね、逆。訳あって逃げてたアタシに、爺さんが吹っ掛けてきたのさ。ま、付き合い自体はその前からで、もうずいぶんなモンだけどね」


「あのジジイ……」


 ブロンド女からの意外な言葉に、俺は思わず渋い顔になった。ガッデム。爺さんの知人だと知ってりゃ、もうちょっと方策を考えてたぞ。どういう関係だとかは察しはつくが、これではうかつにチップのことは言い難い。さあ、どうするか。


「……あけっぴろげに行こうじゃないか。いつぞやに、饅頭マントウに隠させたチップを受け取ってるんだろう? 製薬会社かいしゃ絡みのヤツだよ」


「!?」


 敵。いや、かつての敵か。ともかく、先方からの一撃に俺は困惑した。なぜコイツが、チップのことを知っている?


「なぜ、って顔だねえ。いいねえ。その顔、いいよぉ。語りがいがある」


「良いだろう? 探偵の割に、感情が顔に出やすいのさ。だからこの男は面白い」


 思いを気取られ、再びサワラビが会話に割り込んできた。ええい、どうしてこうも思うようにならんのだ。自称・娘が生えてからというものの、全部が全部後手に回っている気さえもする。いや、探偵ってのはおおよそ後手に回るモンではあるが。


「まあ、種明かしをするとだね。そもそもあのチップ自体がかつて、アタシたちが偶然に入手したものだったのさ。これでも、いっぱしに悪党をやってた時期があってねえ」


「なっ」


 気を引き締めようとした矢先から、情報の重ねがけで頭をぶん殴られた気分に陥る俺。どういうことだ。あの狒々爺、やはり一筋縄ではいかんのか。


「ま、手に入れた経緯やらはともかくとして、アタシは狙われないうちにチップを爺さんに託したのさ。で、そっからアンタに流れた」


「そうだ。狒々爺から直で連絡をもらってな。俺はあの会社が嫌いだ。依頼で得たカネと、いくつかのタダ働きを消費して、先日ようやっとチップを手に入れたんだ」


「そうかい」


 ここでブロンド女は、茶を口に含んだ。そして直後、俺たちを見る。彼女は呆けたような顔を一瞬見せた後、唐突に自身の掌をポンと叩いた。


「これは悪いクセが出ちまったねえ。客人を、立たせたまんまだったよ」


 ***


 結局、俺たちは付属の応接室へ移動し、仕切り直しとなった。


「いや悪かった。アンタの驚いた顔を見たら、もうたまらなくなってねえ。勢いで話を始めちまったよ」


 地味で簡素な、実務的な作りの部屋の中で、ヤンと名乗ったブロンド女はカラカラと笑う。おそらく、心底悪いとは思っているのだろう。だが、表情だけ見ればその油断のならなさは明白だった。


「さて、茶でも飲んでくれ……と言っても警戒は怠らないだろうから、そのまま行くよ。どこまで話したっけ?」


「チップの出所でどころが、アンタの結社だったってトコだ」


「そうそう。そうだった。さすがは探偵。ま、その結社もウワサの装甲探偵に潰されちまったんだけどね」


「そいつはご愁傷さまだな」


 俺は警戒心を崩さず、淡々と答えた。うっかり色々と漏らしそうにはなるが、それだけはマズい。あの時――実在しない女のケツを追ってこの街の闇に堕ちた、哀れな元旅行者を助けた際――装甲を纏っていたことが、この状況においては幸いだった。


「ああ、そうだねえ。ま、おかげでこんな立場におさまれたと思えば、そこまで悪くもないさ。アタシだって、組織をぶん投げて逃げちまった訳だし」


 女は苦笑を漏らす。組織――粗悪品の【ビースト】で強化した強盗団――を潰してしまった後ろめたさは、わずかながらに残っているようだ。


「……まあ湿っぽい話は抜きにして、単刀直入に言おうか。アンタがココに来るってことは、想像以上の大物が掛かった。そう見立てている」


「判断が早い」


 半ば無理矢理に話題を戻してきた女だったが、その判断は俺でさえも目を見張るものだった。さすがは小さいとはいえ元結社の首領。あの狒々爺が、自分の席を預けるだけはあるか。


「まあ、ビンゴだ。あの爺さんが製薬会社かいしゃとコトを構えるつもりがないにしても、チップの出所だけは確認しておきたかったのさ。ま……流石に厄介が過ぎた感はあるようだが」


「だろうね。でなけりゃ、わざわざココには来ないだろう? 葉巻、良いかい?」


「構わん。この都市まちで喫煙可能な場所なんざ、下層かテメエの家ぐらいだ。断りはいらん」


 ありがたいねえ、と返して、奴は葉巻の紫煙を部屋中に広げる。俺もサワラビも、このくらいの煙には慣れていた。


「まあ、アレだ。表立っての協力は、饅頭屋も六番街も無理だろうねえ」


「構わん、予想の範囲内だ。今までとも、そうそう変わらない」


 俺は口を閉じたまま口角を上げる。そう、その程度であれば今までとは変わらない。誰だって、正面切って【製薬会社かいしゃ】の敵にはなりたくない。指名手配でもされるようになればまた別だが、現状でならそれだけでも十分だった。


「で? 聞きたいことはそれだけかい?」


 葉巻をくゆらせながら、ヤンが問う。そうだな。今までと変わらないなら、これくらいか。爺さん相手でもないし、追い込みすぎて状況を悪化させてもよろしくない。だから俺は、淡々と返した。


「ああ。狒々爺にもよろしく頼む」


「つれないねえ。もうちょっとこう、聞きたいこととかないのかい? たとえばさぁ。アタシと爺さんの馴れ初めとか」


「アンタが踏み込んで来ないなら、こっちだって聞く気はねえな。そういうもんだろ?」


「なるほどね」


 女は、楽しげに葉巻をふかした。俺はその姿に思う。このあたりが、潮時だろう。俺は努めて静かに、席を立った。


「じゃ、俺たちは行くぜ。なにかあれば、爺さん経由で声をかけてくれ」


「そうさせてもらうよ。じゃあね、マイフレンド」


「うむ。次に会う機会があったら、ジョンのまた違う表情をお目にかけて差し上げよう」


 サワラビがまたもなにかをのたまっているが、俺は無視して先の一室に出た。護衛が頭を下げてくるが、それも無視する。俺は淡々と振る舞ったまま、雑居ビルの外へと出た。さらにそのまま、人気のない場所へと向かい。壁に身体を添えて。


「……ボロを出さねえってのは、キツいもんだな」


 人間万事塞翁が馬であることに、複雑な感想を抱いたのだった。

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