装甲探偵デラホーヤ~ジョーンズ・デラホーヤはタフである~

南雲麗

第一話西から来た娘

娘が生えた探偵

 理不尽な死と余計な気苦労に満ちたこの町で私立探偵をやるというのは、非常にタフな稼業だ。だから俺、ジョーンズ・デラホーヤにとって最大の快楽は、酒だった。特に依頼ヤマを終えた後の一杯は最高だ。デカい奴でも、チンケな奴でもだ。


 で、昨日の俺はそういう日だった。いつも以上に手こずったヤマだったから、馴染みの店でしこたま飲んだ。なんとか事務所に帰り、資料やゴミを押しのけ、背もたれ付きの椅子に身を預けた。そこまでは覚えている。だが。


「君は誰だ」


「アナタの、娘です」


「なんだって?」


 二日酔いの頭痛が、謎の言葉を跳ね返す。いや、正直シラフでも受け入れられない。目を覚ました俺の前、すなわち応接用の長椅子に腰掛けていたのは二人の女性。

 片方はまあいい。そこそこ付き合いが長い。少々深すぎる部分も知っているが、それも今はいい。問題は……


「アナタ。つまりジョーンズ・デラホーヤの娘だと言っているのですが」


 もう片方。娘を名乗る不審人物だ。栗色のくせっ毛をボブにし、化粧っ気の薄いそばかす顔を引っさげている。服は少々小綺麗なようだが、それにしたってせいぜい中流程度に見えた。ハッキリ言えば、垢抜けない顔だった。


「あー、寝言ならよそで」


「サーニャちゃんもジョンも、ちょっと待って欲しい。これにはワケがある」


 無視を決め込み、椅子に寝直そうとした俺。しかし、よく知っている方の女がそれを許してくれなかった。


「サァラビィ。お前のやることに理由があるのは、俺もよく知っている。だが娘が生えてくるのはおかしくないか? あと不法侵入はやめてくれ」


「おかしいねえ。ああ、おかしいだろう。事実としては『娘の可能性がある』程度だからねえ。あ、鍵がかかってたら帰るつもりだったよ? これは本当だ」


 立ち上がり、両手を広げて。芝居がかった調子で、女が語る。


 かなりの胸を隠した薄汚れた白衣に、目の下の濃ゆいクマ。適当に手入れされた、一つ縛りの金の長髪。もうちょっと整えろ、この残念美人。とは幾度となく思った。いや、一度は口に出した。そして盛大に後悔した。二度と言わない。


「だがこの町が【外来】に厳しいのはジョンもよく知っているだろう?」


 あー、と俺は生返事をし、頭をかいた。フケがパラパラと落ちてくる。そろそろシャワーでも浴びるか? と、余計な方向に思いを馳せた。もっとも、目の前の女はその程度では止まらない。口上はさらに続いた。


「彼女。サーニャ・マルシアーノは、理由があって外からこの町に来た。キミにうってつけの理由がね」


「サワラビ、テメエ」


 俺を見下ろす女の首が、縦に動く。俺はため息を吐いた。つまりコイツは、俺に厄介事を持ち込みに来た。俺は脳内でいくつかの断り文句を探すが、すぐに打ち切った。コイツへの貸しは、俺の生命に関わってくる。つまり、断れない。


「チッ、要求と依頼内容を言え」


「要求は一つ。彼女の当面の住居と生活の保障だ」


 サワラビはこともなげに言った。なるほど。【外来】は原則二週間で退去するのがこの町のルールだ。二週間以上の滞在となると、住居や保証人を持たねばならない。それに関しても、俺のところへ来るのはうってつけに過ぎた。


 俺はため息をついた。この事務所はアパートの一室。そして俺の持ち物だ。道楽経営につき家賃も安い。つまるところサワラビは、ハナから俺をアテにしていたのだ。


「チッ。まあ座ってくれ、って、そこ。なにをしている?」


 二回目の舌打ちをした後、俺はサワラビの奥にある異変に気がついた。自称・俺の娘が、ちょこまかガサゴソやっている。床に置いたままだった資料を、せっせと積み上げている。


「お片付けですが、なにか?」


「直ちにやめろ」


 俺は語気を低くした。散らかっているように見えても、俺にはなにがどこにあるかわかるのだ。それに、散らかっている方が落ち着くのだ。


「ジョーンズさん、お部屋の汚さは、健康の維持にも関わります」


「俺の流儀がある」


 抗議の言葉を、冷たく跳ね返す。ガッデム。こんなのを住まわせたら俺の優雅な生活が壊れてしまう。だが要求を聞いてしまった。聞いてしまった以上、先の事情から断れない。


「とりあえず二人とも席に戻れ」


 俺は諦めた。最初の時点で追い返すしかなかったのだと、深く悔いた。今、目の前に鏡を置かれたら、きっと心の底から渋い顔をしているのだろう。まあいい。もう仕方ない。こぼしたミルクは戻らない。せめて雑巾が臭わないように始末する。


「要求は聞いた。考慮する。依頼はなんだ? 本人の口からで頼む」


 俺は正面に座し、真っ向から聞いた。依頼には誠実でありたいし、可能な限り協力したい。探偵としてのプライドが、そうさせるのだ。師匠にもかつて、そう言われた。


 その思いに応えてくれたのか、そばかす顔の少女は怯むこともなく、サワラビも介さず、ハッキリと俺に告げてくれた。


「母の仇を、探して下さい」


「報酬は?」


 無表情で聞く。探偵には冷静さも欠かせない。さっきまでならともかく、今は仕事だ。相応の態度が必要なのだ。


「ここへ渡航するにあたって、あらかたの物を売り払いました。ですので」


 俺に見られてなお、淡々と語る少女。しかし、ここで彼女の態度が一変した。俺に視線をぶつけてきた。決意という言葉が、よく似合う眼差しだった。彼女は胸に手を当て、言葉を続けた。


「私を差し出したいと思います」


 俺は背もたれに身を預けた。三度目の舌打ちをしたい衝動に駆られるが、抑え込む。探偵には冷静さが重要だし、下手に表情をさらすとサワラビがつけ込んで来る恐れがあった。俺は一度間を置いた。ここまで得た情報を、頭の中で組み立てていく。


 一つ。娘とかは置いといて、目の前のそばかす娘は本気だ。しかも運も良い。サワラビを引き当て、俺のところにやって来る。生半可な引きではない。


 二つ。この娘は几帳面かつ純粋で、そこそこ良いところの出だ。下流……俺のような出身で、ちょいと頭の回る奴なら、たとえ本気だとしても無計算で自分を差し出さない。あと俺の部屋を掃除しようともしない。


 結論。ここで俺が引き受けないと、この娘はどこまでも首を突っ込む。俺のような表層ならまだどうにでもなるが、深層にまで突っ込んだら戻れなくなる。この町は蟻地獄だ。そして苦労と死に満ちている。


 俺は、もう一度少女を見た。顔を突き出し、こちらを真剣な顔で見ていた。読みを外していないことを確信し、口を開いた。


「引き受けた」


 少女の顔が、パッと明るくなった。背を椅子に預け、口から息を吐き出している。サワラビもうなずいていた。断っていたら恐らく、なんらかの『忠告』をされていたことだろう。俺は当たりを引いたことに安堵し、言葉を紡いだ。


「詳しい話は、コーヒーとトーストを入れてからだ。俺の頭脳にも、エンジンが必要だからな」


 立ち上がり、台所に赴く。そこで俺は気づき、尋ねた。


「サワラビとサーニャ嬢は、砂糖とミルクかい?」

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