第5話 真実


 時間は深夜3時を回っていた。

 俺は、何度かジャンプした後、スイートルームのバルコニーにたどり着くことができた。護衛の姿は見えない。普通、他の次元のVIPなら護衛は複数いるはずだ。この状況には違和感を覚える。

 俺は雷電体を解除し、暗闇の中、スイートルームの様子を窓ガラス越しに眺めた。明かりは見えない……だが、奥に微動すらしない人影が立っていた。


――カチッ。


 暫く様子を見ていると、室内の奥から明かりが灯り、緑髪の背の高い女性の姿が見えた。

 サイハ(精神)は彼女を見ると、静かに口を開く。


『あれは……リンラン……』

『女、誰だそれは?』


 俺は、声を出せないため、サイハ(精神)の言葉に対し、ルルガ(精神)が会話を続ける。


『第1巫女補佐よ……ワタクシがいなくなら、彼女が第1巫女となるでしょうね……こんなことをするとは思わなかったけど……』


 俺はその会話を聞きながら、リンランの様子を伺う。

 彼女は、明かりを持ち、人影に近づいていく……それはサイハ(偽物)の身体だった。

 サイハ(偽物)の身体は胸がはだけた状態だ。その胸には紫の“スティマ”が刻まれている。


『あれは……ワタクシのスティマではないわ……いつもは背中にあるはず』


 となると、スティマがふたつあるということか? そんなの聞いたことがない。

 リンランは、暫くサイハ(偽物)の身体を見つめている。

 ――すると懐からナイフを取り出し、胸のスティマをなぞった。


『――痛っ! ああああああああああああああああ!』


 サイハ(精神)は何か感じたらしい。リンランがナイフでスティマをなぞる度に苦しい声を出している。

 その様子にルルガ(精神)は俺に行動を促す。


『おい、女ぁ! 来人! 早く侵入しないか!!!』

「分かっている!!!」


 俺はそう叫ぶと、ガラス窓を破り室内に侵入した。

 ――同時に、綾香から通信が入る。


「ちょっ、鳴神さん! 上層部の許可はまだ――」

「すまない綾香、サイハの精神がまずい状態なんだ!」

「え?! ちょっと――」


 サイハ(精神)の苦しみ方は尋常ではない。

 俺は、綾香からの通信を切り、リンランの前に姿を現した。

 リンランは、最初、わずかに目を見開いたが、その後は驚く様子もなく、俺に直接話しかけた。


「誰です? あなた?」

「あんたっ! この世界の言葉が話せるのか?!」

「えぇ……そのほうが、この世界では信頼されますし……それにしても第1巫女の部屋に不法侵入……これは次元間問題に発展しますね……」


 リンランはクスクスと笑った。


「あんた、サイハの身体に何をしているんだ?」

「サイハ? あなたサイハ様の知り合いなのですか? 別にサイハ様は眠っているだけですよ? 我々は立ったまま眠るのです」

『――嘘よ!』


 サイハ(精神)は、苦しみが少し落ち着いたのか、俺とリンランの話に介入した。


「ん? あなたから、いくつかの精神を感じますね……? 人間はそんな生命体ではなかったはず……」


 リンランが俺に近づいてゆく。

 ん? 俺の身体が動かない?


『来人!? リンランの精神干渉を感じるわ……ちょっと待って』


 サイハ(精神)が何かを感じたらしい。2~3秒すると、俺の周囲に衝撃派が走った。

 その様子にリンランは驚き、身構える。


「精神相殺?! そんなっ!!!」

『……どういうこと? リンラン?』

「――なっ?! サイハ様?!」


 どうやらサイハ(精神)はリンランの心に語りかけることが出来たらしい。

 サイハ(精神)は続けてリンランに語り続けた。


『……リンラン、まさか貴方がワタクシにこのようなことをするなんてね!』

「なぜ……だってあなたは」

『――言い訳は結構! ヨハに戻ったら、それ相応の処分を期待することね!』


 俺はリンランの顔を見る……が、その表情はサイハ(精神)に対する憎しみというよりも混乱している表情だった。

 この状況は意図していなかったということだろうか?


「なぁ……サイハ?」

『何よ!』

「少し彼女の話を聞かないか?」

『うむ、何か言いたげじゃぞ?』


 俺とルルガ(精神)は興奮しているサイハ(精神)を落ち着かせる。

 すると、リンランから意外な言葉が出た。


「……あなたは死亡したんですよ? ……暗殺にあって……」

「「「――は?」」」

「だから……私は……ラプチェから“禁忌のスティマ”を教えてもらった……代償を払って……」

 

 俺たちは状況を理解できなかった。

 すると、リンランは俺に向かって背を向け、着ている服を脱ぐ。

 そこには紫の痣(あざ)が背中一面に広がっていた。痣は部分的に腐り、血がにじんでいるものもある。


「……ラプチェの誓約の代償ですね……貴方のいないまま交易会議を進めた場合、メデェアムの交易が不利に働く可能性がある。メデェアムの質が低下すると噂される可能性がありますから……それは避けたかった」


 なるほど、“一つ、各次元に対し、不利益を生じる行為は行わないこと” ね。

 リンランは、きっと責任感が強いのだろう。自身より自身の次元の利益を優先させたわけだ。

 俺は、リンランに聞く。


「なぁ……、禁忌のスティマはいつ刻んだんだ?」

「あぁ、暗殺の直後なので、一昨日くらいですかね」


 なるほど、俺がカプセルに入った日にちと一致する。


「今のサイハの身体には何が入っているんだ?」

「詳しい方法は分かりませんが……私の記憶を基にサイハ様の人格を形成したんだと思います」


 あぁ、だから、サイハ(偽物)の心はツギハギだらけだったのだろうか?

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