第56話 距離感
皆んなのところに戻ると、
なんでも彼女は『
私もモデルになったらもしかして……なんて事を考えてしまったのは、さっきの今だからだろう。
菜津奈の表情は、とても明るかった。
それはきっとサインを求められたからではなくて、
後で事情聴取が必要だな——
「ねえ
なんて考えていたけど、ホクホク顔の菜津奈から切り出された。
「もちろん!」
じっくり聞かせてもらいます。
「もう、十分よね、そろそろ外に運びましょう」
程なくして
外に出ると
晃は『すみません』なんて言いながらも、悪びれる事もなく、それを上手く受け流していた。
学校や私の前では見せない
あんな悪ガキみたいな顔をするのが意外だった。
そして私達が出てきた事に気付いた宗生さんが、晃の背中をポンと押し、私の方へ送り出してくれた。
宗生さんは見た目も話し方も、やんちゃな感じの人だけど、とても大人だ。
「お疲れ様」
「晃もお疲れ様」
晃はさりげなく、私の手を繋ぎ皆んなと少し距離を取った。
「ありがとうね
「えっ、何が?」
「会いに来てくれて……俺、会いたかった」
素直に嬉しい。
「まだ、そんな経ってないじゃない。昨日の今日みたいなもんよ」
だけど半ばブーメランとも言える返しをする私。
「冷静に考えたらそうだよね……でも
私も同じだ。ロスト晃感は相当だった。
——この後も、晃と他愛のない話を繰り返した。
いつもと違う場所だけど、そこにはいつもの私たちがいた。
一緒にいることが幸せ。
だからこそ、私は静香さんの言葉が頭から離れなかった。
晃との距離感。
モデルになれば、それが分かるのだろうか。
でも、そんなよこしまな気持ちでつとまるほど、モデルはあまい道ではないのは菜津奈に聞いて知っている。
「どうしたの
「ううん、なんでもない」
ダメだダメだ折角一緒にいるのだから、今は余計なことを考えないで楽しもう。
——なんて思っていたけど。
晃は親睦会が始まっても、食べ物と飲み物を取りに行く時以外は、片時も離れず私の側にいてくれた。
……私が本気で気を使うぐらいに。
そして、いつの間にか、私たちは皆んなの輪から離れて二人の世界を作り出してた。
……皆んなが気遣うぐらいに。
「晃……少しぐらい皆んなと話してきたら?」
「
「私が一緒にいくと、皆んな音楽の話で盛り上がりにくいと思うのだけど」
「
気持ちは本当にうれしいけど、私のハートはそこまで強くない。
でも、取り繕って話しても晃は意思を曲げない。
「私も一緒にいたいよ……でもこの状況で晃を独占するのはちょっとメンタル的に無理……だからお願い」
正直にお願いした。
「じゃあ、今日はこっちに泊まっていってよ」
嬉しくも、気を遣う交換条件を出された。
「私はいいけど……いいのかな?」
「大丈夫だよ、部屋余ってるって言ってたし」
「菜津奈にも聞かないと」
「あいつは俺が説得する」
「……お願いします」
「よしっ! じゃぁちょっと行ってくる」
交換条件をのむと、晃はみんなの輪の中に入っていった。
そして晃が離れる頃合いを見計らったように。
「
静香さんが話しかけてきた。
「……私はちょっと」
あまりにも場違い過ぎてあの輪の中には入れない。
「皆んな業界人だから、入りにくいんでしょ」
図星だ。
「まあ、そういのもあってモデルを薦めてるんだけどね。ミュージシャンとモデルは同じ土俵ではないけど、晃と良い距離感になれるでしょ」
あっ……距離感ってそういう意味だったんだ。
言われてみれば確かに。
菜津奈はミュージシャンではないけど、あの輪の中にいることに違和感を感じない。
「樹ちゃんは真面だからね、もっと図太くなるか晃との距離を縮めておかないと、この先辛くなるよ」
……なるほど。
晃とずっと近い位置にいるなら『アキラ』とも近い位置にいないとダメってことか。
「静香さん……ありがとうございます」
「おっ、それじゃモデルになる決意を固めたってことかな?」
「いえ、流石に今すぐには」
「でも、前向きにはなった感じだね」
それは間違いない。
「はい」
「そっか、そっか、じゃぁいい返事期待してるねっ!」
私にウィンクしながら静香さんは輪の中に戻っていった。
そして入れ替わるようにニタニタしながら菜津奈がこっちにきた。
「
「……あはは」
笑って誤魔化すしかできなかった。
菜津奈を盛り上げるつもりで、ここまで来たのに私の方が盛り上がってしまったからだ。
それでも上機嫌な菜津奈。
これは聞いてほしいってことだよね。
「そっちは、どうだったの?」
「聞きたい?」
前のめりな菜津奈。
「うん、聞かせて」
「えーっ、どうしようかな……」
お約束通りに面倒臭い返しをする菜津奈。
でも、ここは。
「そんなこと言わずに、聞かせてよ」
突っぱねずに、素直にお願いした。
「ふられたよ」
「え……」
1ミリも予想していなかった言葉が返ってきた。
「本当に?」
「本当に本当だよ」
でも、ニタニタが止まらない菜津奈。
いったい、どう言うこと!?
————
【あとがき】
かなりお待たせしました!
まだ、毎日更新は無理ですが徐々に更新頻度を上げていきます!
また、よろしくお願いいたします。
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