第55話 そんな理由

 静香しずかさんも、宗生むねおさんのことが好き?


 こんな場合、私はどう振る舞えばいいのだろう。そんなふうに考えていた私に追い討ちを掛けるように、静香さんが問う。


「ねえ……いつきちゃんは、私と菜々ななのどっちの応援をしてくれるのかな?」

「……え」


 ……この展開は考えていなかった。


 菜津奈なつなの援護射撃のつもりで静香さんの気持ちを聞いたのだけど……菜津奈にだけ肩入れすればいい状況ではなくなってしまった。


 静香さんは菜津奈みたいに、考えてることが顔に出ないから、なんて返せばいいのかわからない。


 ……どうしよう。

 完全にしくじった。

 少し考えたら、ある事だって分かったはずなのに。


 ……なんて答えればいいの。


「冗談よ」


 なんて私が、もにょっている間に新たな展開が。


 冗談って……静香さん、私が困っているのに感づいて気遣ってくれた?

 それとも本当の本当に冗談?


「あの、静香さん……冗談って」

「あーっ、どっちの応援をしてくれるのかな? ってやつね」


 ん? じゃぁ、好きは、好きってこと?


「樹ちゃんは菜々を応援してあげてね」

「えっ」


 ……いいのだろうか。

 ていうか、素直に『はい』とも言えない。


「私が宗生くんのことを好きなのはね、人として好きって意味だから」


 人として……つまり恋愛対象じゃ無い?


「安心した?」


 静香さんは私に悪戯っ子のような笑顔を向けた。

 ……まあ、正直安心した。


「宗生くんはクズだけど、音楽の才能あるし、面白いヤツだから人としては好きなんだよね」


 ……クズって。


「菜々もまあまあクズだし、バカだし、案外2人はお似合いかもしれないね」


 ……分からなくもないけど、とても辛辣だ。


「静香さんは宗生さんに、恋愛感情とかは、無いんですか?」

「無い無い、あるわけないじゃん。それに宗生くんは私みたいな年増はタイプじゃないよ」


 年増? 静香さんって宗生さんより年上?


「それに恋愛感情としてなら、まだあきらの方があるかな?」

「……え、晃」


 これはまた、静香さんが得意の。


「……冗談ですよね?」

「ううん冗談じゃ無いよ」


 ……あれ。


「だから、樹ちゃんに、来てもらったんだよ?」

「えっ」


 えぇ——————————————っ!


 このことを言うために私を呼び出した?

 もしかして……これダメな展開なんじゃ?


「晃は宗生と違って気遣いもできるし、イケメンだし、可愛いし……めっちゃ好きだよ」


 静香さんが真剣な表情で私を見つめる。


 そして。


「……まあ、本気になることは無いけどね」


 と言い、また悪戯っ子のような笑顔を向ける静香さん。


「安心した?」


 めっちゃ安心した。


「ま……まあ」

「私があと10年若かったら本気になってたかもだけどね! よかったね!」


 10年若かったらか……さっきの年増発言と言い、静香さんって、一体おいくつなのだろう。


「あの〜、静香さんって、おいくつ……」

「ん?」


 静香さんに年齢を聞こうかと思ったけど、笑顔の威圧が凄すぎて——聞けなかった。


 だから私は、咄嗟に別の質問をした。


「〜の頃から、宗生さんと付き合いがあるんですか? もしかして同級生とかですか?」

「えっ、違うよ? 宗生くんの方が全然年下だよ」


 そうなんだ。


「なんで、そんなこと思ったの?」

「いえ、その……宗生さんが静香さんだけを苗字で呼ぶので」


 静香さんは一瞬キョトンとしたかと思うと。


「ああ、それね」


 と言い、微笑を浮かべた。


「あいつさ、女の子は下の名前で呼びたい主義なんだよ」


 何となく分かる。

 私も初対面で下の名前しか聞かれなかった。


「私もはじめて会った時にさ、当然のように下の名前聞かれたんだけど……なんかムカついたから教えてやんなかったの。だから宗生くんは私の事を苗字で呼ぶんだよ」

「え……そんな理由?」

「そうだよ、私も普通は下の名前で、呼び捨てにするんだけどね、初めてあった時のアイツのオラついてる感じが気に入らなくて『宗生くん』って呼ぶようにしたのよ」


 ……菜津奈の仮説は全部外れた。


 ある意味、宗生さんと静香さんは特別な関係なのかもしれないけど、私たちが思っていた特別じゃなかった。

 

「まあ、あの2人は放っておいても、上手くいくわよ」


 私にはよく分からないけど、2人の事をよく知る静香さんがそう言うのならきっとそうなんだろう。

 

 菜津奈も大枚叩いた甲斐があったてもんだ。

 私的にも少しホッとした。


「それよりも樹ちゃん、そろそろモデルの事、真剣に考えない?」

「……えっ」


 ……この展開も想定外だ。


「この間のメイクショー、樹ちゃん的にはどう感じた?」


 どう感じた。


 ……めっちゃ疲れた……とかじゃないよね。


 どう感じたか。

 そうだ……あの時は確か。


「感動しました!」


 ただひたすらに感動したんだった。


「お……おう、ばっくりしてるけど、思ったよりも良い感想だね」

「すみません……でも、あの時は本当に変身していく自分とモデルさん達を見て、感動したんです」

「そっか……」


 静香さんは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃぁさ、その感動をもっと味わってみたくない? それで、その感動を色んな人に伝えてみたくない?」


 感動——


 味わうのは分かるけど……私が伝える?


「伝えるって……私がですか?」

「もちろん、そうよ」

「でも、あれは静香さんのメイクに感動したのであって、私が感動を与えたわけじゃ」

「う〜ん、それはそうなのかも知れないけど、それだけじゃないの……モデルがいいから映えるのよ。それに、少なくとも私は樹ちゃんに感動したわよ」


 私に感動?


「モデルを目指していた訳でもないのに、初ステージで、あんなにも堂々としていて、反響も凄かったしね」

「それは、晃が側に居たからだと……」

「そう? 私はそうは思わないけど」

「買い被り過ぎですよ」

「まあ……答えは急がないけど、進路の一つ、就職先として考えておいてもいいんじゃない? それこそ、晃ともいい距離感で居れるだろうし」


 進路の一つか。

 ていうか、晃との距離感……ってどう言う意味だろう。


 気にはなったけど、何故か聞くことができなかった。


 就職……進学……それに晃のプロポーズ宣言。


 進路の第一希望は晃のお嫁さんだけど、だからって進路を選択しないのは何か違う気もする。


 もしかして、これは色々考える良いきっかけなのかもしれない。


 


 

 ————


 【あとがき】

 

 静香さん色々意味深ですね。

 

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