第53話 モヤっと
——人を呼んで、ナンパ野郎を追い払おう。
そんな事を考えていたタイミングで、今1番呼びたかった
しかも、
菜津奈……持ってるよ!
ついでに私も。
「む……宗生さん」
「おう、菜々、待たせたな」
突然の宗生さんの登場に感激したのか。菜津奈の目は見る見る潤んできて目尻には涙を溜めていた。
……メイクが崩れないか心配だ。
そして、晃は荷物を置き、さっと私の前に出た。きっと庇っての行動だろう。
いつもの倍増しで、晃の背中が大きく見えた。
「な……なんだよ、男付きかよ」
ナンパ野郎は宗生さんの迫力にビビったみたいで、そのまま立ち去ろうとした。
でも、もう1人の男が——
「も……もしかして、『継ぐ音』の宗生さんですか!?」
宗生さんの正体に気付いた。
「ああ、そうだ」
「や、やっぱり! 俺めっちゃファンなんです! 会えて感激です!」
「え……マジ、宗生さん?」
『継ぐ音』の宗生さんだと分かると、ナンパ野郎は2人揃ってヘコヘコしだした。いつもながら、さすが『継ぐ音』。
「宗生さん、すみませんでした、宗生さんの彼女とは知らずナンパしてしまって!」
「えっ!」
『宗生さんの彼女』という言葉に反応して、菜津奈の表情はパッと明るくなった。
「まあ、いいよ。今度から気をつけろよ」
状況が状況だけに、宗生さんも『彼女』という言葉を否定しなかった。
「彼女もすみませんでした!」
ナンパ野郎は菜津奈にも素直に謝った。
「彼女……まあ、別にいいわよ」
菜津奈はすっかり上機嫌になった。
「ていうか、彼女……モデルの菜々さんじゃないですか?」
そして、菜津奈の正体もバレた。
「そ、そうだけど」
「うお———っ! マジか、道理でめっちゃ可愛いと思った!」
さっきまで『可愛い』って言われても、ピクリとも反応しなかった菜津奈だけど、宗生さんの彼女と勘違いされた事で、男の言葉にも菜津奈は好意的に反応した。
「あ……なんかこの展開まずいよね」
「え?」
それを見ていた晃はボソッとそう呟くと、帽子を深くかぶり、私の後ろに隠れた。
……その晃の判断は正しかった。
「『継ぐ音』の宗生がいるってよ!」
「モデルの菜々ちゃんも一緒だって!」
「マジか……もしかして2人ってそういう関係?」
あっという間に、宗生さんと菜津奈の周りに人だかりができた。
「樹……ちょと、離れよう」
「え、あ、うん……でも菜津奈」
「大丈夫、宗生さんが居るし」
私と晃は、逃げるようにしてこの場を離れた。
念のために菜津奈に『晃と一緒に居る』とメッセージを送っておいた。
*
私と晃は人通りが少なめの、森の入り口のベンチまで移動した。
「びっくりしたよ、樹……なんで、こっちに居るの?」
わりと真顔で質問された。
当初の作戦どおり『会いたくて、ここまで来ちゃった……』とは言わずに。
「ぐ……偶然よ、菜津奈に誘われて、観光で来たの」
誤魔化した。
「そうなんだ、知らなかった……」
晃の顔がちょっと沈んだ。
「……教えて欲しかったな……そしたら、ちょっとぐらい一緒に回れたのに」
「ごめん……急な話だったし、もう晃、合宿だったし、忙しいかなって思って」
「……そっか」
晃は笑顔で返してくれたけど、いつもの感じではなく、無理しているような笑顔だった。
……もしかして晃——
「怒ってる?」
晃は何とも言えない表情で私を見つめて。
「怒ってはないんだけどね……なんかちょっとモヤっとしちゃって」
複雑な心境を
「旅行ってさ、結構一大イベントだと思うんだよね。でも、それを彼氏である俺が知らなくてさ……まあ、放ったらかすような事をしている、自分が1番悪いって分かってるんだけど……なんかね……ちょっとモヤっとしちゃった」
そっか……そうだよね。
私たち付き合ってるんだもんね。
旅行とか普通話すもんね。
それで……女2人旅とか……普通に心配だよね。
——ダメだ……しくった。
私は誤魔化したことを後悔した。
「違うの晃……実は」
菜津奈には悪いと思ったけど、晃にちゃんと経緯を話した。
サプライズもいいけど、やっぱ時と場合よね。
でも晃は事情を聞いて。
「そうだったんだ! なんか嬉しいな……」
表情がぱっと明るくなった。
「そっか……サプライズで会いに来てくれたんだ」
結構、本気で喜んでるっぽい。
「もう、そんな事なら知らせてくれたらいいのにって、知らせたらサプライズにならないか」
1人ノリツッコミするほどに機嫌が良くなった。
「ごめんね、晃……嘘ついちゃって」
「大丈夫だよ! 全く気にしてない!」
……さっきはモヤっとしてるまで言ったくせに。
「ねえ樹、ちょっと歩かない?」
「それは、いいけど……荷物大丈夫?」
「ああ、そうだね……合宿してる別荘この近くなんだ。先に荷物置きにいっていい?」
「いいけど……練習は?」
「今日はもう、上がりだよ……あんまりやり過ぎると喉潰れちゃうし」
「そっか」
そんなわけで、晃と一緒に森を抜けた先にある合宿先の別荘を目指した。
夕暮れどきの森は、少し肌寒いぐらいだった。
少し、進むと私たちと同じぐらいの男女がこっちに向かって歩いてきた。
「晃〜」
そして男の方が晃に向かって手を振った。
って……彼は確か。
「
そう、
「いや、どうしたんじゃなくてさ、2人が遅いから、様子を見にきたんだけど……なんで女の子連れ?」
夏フェスは一緒に出るって聞いてたけど、合宿も同じだったのね。
「俺の彼女の、
「あっ……あの時の……じゃなくて何で彼女が?」
「まあ、ちょっと色々あってね」
「色々ってなに?」
「いいじゃない鳴……色々は色々よ」
音無鳴の連れの女の子が空気を読んだのか、これ以上の追求を止めた。
ていうか音無鳴の連れの女の子……誰だろう。めっちゃ可愛いんだけど……それに、どこかで会ったことがある気がするんだけど。
「はじめまして、彼女さん。私は
『織りなす音』のボーカル。
あっ、あの動画の……あの歌を歌ってるのって……彼女なのね。だから会ったことがある気がしたんだ。
「……はじめまして、今村樹です」
窪田衣織……女の私が見てもドキドキするほど、可愛い子だった。
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