第52話 神のタイミング

「うひゃぁ〜涼しいっ! 全然暑くないじゃんっ!」


 現地に着くなり菜津奈なつなさんはハイテンションだった。


「さすが避暑地ね」

「うんうん、日向はちょい暑いけど、日陰サイコーじゃん!」


 ちょっと寝不足で、体力的に不安だったけど、この涼しさなら平気っぽそうだ。


「ところで菜津奈さん、これからどうする感じ?」

「えっ、何が?」

「……何がって、『継ぐ音』の合宿所に行かないの?」

「え……あ、そうね!」


 うん……これはもしかして。


「……ねえ、菜津奈さん……もしかして、こっちでどうするとか、何も考えてない?」

「う……うん」


 なんとなく分かっていたけど、菜津奈さんはノープランだった。


「とりあえず、こっちくれば何とかなると思ってさ!」


 菜津奈さんらしいっちゃらしいけど……流石にファジーすぎる。


「合宿の場所は分かってるのよね?」

「……うん」

「いきなり行くのもあれな感じだと思うけど、とりあえず行ってみる?」

「待って樹! まだ早い! まだ到着したばかりだよ、まずはチェックインしよ」

「…………」


 うん……まあ、行くにしても、荷物は置いていった方が身軽よね。


「……うん、じゃあ、そうしよっか」


 ——菜津奈さんの言葉に従って、私たちは、とりあえずチェックインすることにした。

 

 そして、案内された部屋は。


「菜津奈さん……この部屋めっちゃ凄いんだけど」


 二人で泊まるには、あまりにも豪華すぎる部屋だった。

 やっぱりモデルだからこのぐらいの部屋が普通なのだろうか。


「でしょ!」

「やっぱモデルとしてのステータスだから?」


 気になったから単刀直入に聞いてみた。


「ううん……違うの」


 違う?


「旅行シーズンで、この部屋しか空いてなくて」

「あ、そうなのね……」

「今月は切り詰めないと……」


 私の考えていたような華やかな理由ではなかった。


「私、いくらか出すよ」

「それはダメ、私が頼んで着いてきてもらったんだから!」


 私も晃に会いたいから別にそれはいいんだけど。


「絶対、受け取らないからねっ!」


 菜津奈さんは、頑なだった。


「ところで樹、あんたいつまで『菜津奈さん』って呼んでるつもり?」

「え、いつまでもそのつもりだったけど」

「私とアンタの仲じゃん、菜津奈でいいわよ」


 菜々呼び時代にそっくりそのままのセリフを聞いた気がする。


「じゃぁ、菜津奈」

「そう! それでいいのよ!」


 菜津奈……なんか無理やりテンションを上げているような気がする。


「じゃぁ菜津奈、そろそろどうするか考えよっか」

「……う、うん」


 行動力は凄いのに、肝心なところで照れ屋さん。積極的なのか消極的なのか、よく分からない不思議な子だ。


「とりあえず、私が晃にメッセージ入れるから、時間が会いたら何処かで落ち合う?」

「えっ! サプライズで『会いたくて、ここまで来ちゃった……』とかしないの?」

「う〜ん、してもいいんだど……」


 それじゃ、会えるかどうか怪しい。

 こんな凄い部屋に泊まって無駄足でしたじゃ、菜津奈が切なすぎる。


「じゃあ、そうしようよ……それに、呼び出すと……あまりにもあからさまじゃん」

「うん……」


 確かにあからさまだけど、向こうは合宿に来ているのだ。流石にバッタリ会えるとかは考えにくい。だから私は確実に会える方を選びたいのだけど……。


「ねえ樹、とりあえず、池のあるショッピングモールに行こうよ」

「なんで?」

「まずは女二人旅を、ちょっと楽しみましょ!」

「そ……そうね」


 もう少し菜津奈には時間が必要なようだ。


 まあ、着いたばかりだし、流石にそこまで焦る必要もないか。

 最悪晃にお願いして、時間を作ってもえばいいわけだし。


 私たちは少し化粧直しをして、駅前の小さな池のあるショッピングモールに向かった。


 ——結論、菜津奈のリクエストを聞いて大正解だった。


 風情のある素敵なお店がいっぱいで、私も菜津奈もテンションが上がりっぱなしだった。

 

「樹、これどう?」

「可愛い! 素敵ね」


 この系の楽しみ方は、やっぱり女子同士に限る。

 

「これ、買おうかしら」

「あ、いいね、菜津奈に似合いそう」

「ふふっ、ありがとう」


 でも「うっ……」値札を見て、菜津奈の動きが止まった。


 お値段も中々素敵だった。


「菜津奈、それプレゼントさせてよ」

「え、でも、悪いわよ」

 

 いやいやいやいや、あんな素敵な部屋に泊まらせてもらって何もしないって……私の方が、気がひける。


「ここまで、連れてきてもらったお礼よ、これぐらいはさせてよ」

「……う、うん……ありがとう樹」


 めっちゃ照れられたけど、菜津奈はプレゼントさせてくれた。


 この後も、いろんな店を回って、お茶して、なんやかんや私たちは楽しんだ。


「流石に疲れたね」

「うん、でも楽しい!」


 ……菜津奈はタフだ。

 とりあえず、風も気持ちいいし、眺めもいいから、菜津奈と2人、池のほとりで黄昏た。


「そろそろ、ホテルに戻らない? どうするかちゃんと考えないと無駄足になっちゃうよ?」

「うん……そうなんだけどね」


 さっきまでのテンションが嘘のように沈み込む菜津奈。最近まで私もずっと、うじうじしてたから菜津奈の気持ちは分かるけど。


「ねーねー、お姉さん達2人?」

「俺らも2人なんだけど、お茶でもどう?」


 菜津奈とこれからの事を話していたら、2人組のちょっとチャラ目の男にナンパされてしまった。

 

 ……ウザいなあ。


「私たち、もう帰るので、結構です」


 バシッと断ってやった。


「いこ、菜津奈」

「うん」


 でも。


「え〜、そんなこと言わないでさ、お姉さんたち何処のホテル泊まってるの?」


 しつこく付き纏われた。


「どこでも、いいでしょ、アンタらには関係ないわよ」


 今度は、菜津奈がバシっと断った。


 すると。


「あれ? お姉さんどこかで見たことない?」

「あ、本当だ、雑誌とか出てんじゃね?」


 男たちは菜津奈に食いついてしまった。


「さあね、私はアンタらなんて知らないわよ」

「え〜、つれないな」

「ね〜、行こうよ」

「行かないって」


 男たちは、しつこく絡んできて、菜津奈の腕を掴んだ。


「なに勝手に触ってんのよ、離してよ」

「一緒にお茶行ってくれるっつうのなら、離してあげるよ」


 本当に、うざい。

 大声を上げて、人を呼ぼうか……そんなふうに考えていたタイミングで。


「なあ、兄ちゃん。俺の連れに何か用か?」


 颯爽と宗生さんが登場し、男が菜津奈を掴んでいた手を取り、2人を引き離した。


 そして。


「お兄さん、いま俺の彼女ナンパしようとしてた?」


 宗生さんに続いて、晃が、両手いっぱいに、いま買い物したであろう、荷物を持って現れた。


 なに……この、神のタイミング。


 菜津奈ってもってる?

 

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