第51話 出発前夜

 両親はあっさりと菜津奈なつなさんとの旅行を認めてくれた。私的には都合がいいのだけど、もう少し何かあると思っていたから、ちょっと拍子抜けだ。


 まあ、とにかくこれで、堂々とあきらに会いに行ける。

 いや、堂々とできるのは出発までで、現地に着いたら、多分こそこそすると思う……。


 出発は明朝。

 そして今夜は——


「悪いわね、いつき

「ううん、気にしないで」


 菜津奈さんが泊まりにきている。


「一人だとなんか……落ち着かなくてさ」

「うん、私もちょと、落ち着かないかな」


 私と菜津奈さんの落ち着かない理由は違うだろうけど、何とも言えない面映おもはゆさがあるのは同じだ。


「なんで樹が落ち着かないの? ラブラブなんでしょ? アイツ喜ぶんじゃないの?」

「いやぁ〜、だから逆にね……喜んでくれたとしても、流石に合宿先にいきなり会いに行くのは、あまりにも、アレな感じじゃない?」

「あ……そ、そうよね……あまりにもアレな感じよね」


 あっ……しまった。菜津奈さんが少し凹んでしまった。


「……宗生さん、嫌がるかな」


 凹んでる菜津奈さん……クッションを抱きしめて、ほんのり頬を染めて、伏し目がちにする姿が可愛いすぎる。


 でも、早く話題を変えないと、このまま凹み続けそうだ。


「ねえ、菜津奈さん……なんで宗生さんを好きになったの?」

「えっ……」


 目を見開いで私の顔を見つめる、菜津奈さん。

 もちろん顔は真っ赤だ。

 いや〜本当に可愛い。めっちゃ乙女じゃん。


「そ……それはその」


 歯切れが悪くなったけど、こっちをチラチラ見ている。本当は話したいけど、切っ掛けが欲しいって感じなのかな?


 そういえば、そもそも。


「宗生さんとはどこで知り合ったの?」


 そんなに、接点もないような気がするのだけど。


「宗生さんとは……『継ぐ音』よ」


 目を合わせず、顔を真っ赤にしてボソッと呟く菜津奈さん。


『継ぐ音』は『継ぐ音』なんだろうけど……ライブ?


「前にチラッと言ったかもだけど、私『継ぐ音』のボーカルだったの」



 ……えっ。



「そうだったの!?」

「あれ? 話してなかった?」


 前に聞いたのは、晃が菜津奈さんを『継ぐ音』のボーカルにって考えていたって話だけだ。


 ……実際に『継ぐ音』やってたんだ。


真希まきさんに歌教えてもらってたしさ、私が歌わなきゃって思って、なんも考えないで晃と『継ぐ音』をはじめたんだよね」


 えっ……最初は菜津奈さんと二人だったの!?

 聞いてないよ!?


「天音さんは知ってるよね?」

「まあ、名前だけは」

「その天音さんが宗生さんと浩司さんを連れてきてくれてね、それが宗生さんとのはじめての出会いだったんだ」


 色々と……なかなかの衝撃の事実だ。


「その前からさ、静香さんに声掛けられて、モデルの活動もはじめててさ、最初は絶対両立してやるって思ってたんだけど」


 話していて表情が沈む菜津奈さん。


「……どっちも、そんなあまいものじゃなかったの」


「…………」


「まあ、考えたら分かるよね、どっちも生半可な気持ちじゃ一流になれないものだし、皆んな人生をかけて勝負してる舞台に、二足の草鞋で挑むなんて、本当に考えがあまかったのよ」


 考えがあまかったかどうかは置いておいて……菜津奈さんの代わりに、ほんの少し舞台に上がっただけで、私はかなり消耗した。

 それを本気でやって、さらに音楽とか……想像を絶するキツさなんだろうなとは思う。


「ある日さ、モデルの仕事で静香さんにめちゃくちゃ怒られて、『継ぐ音』のリハーサルで晃にめちゃくちゃ怒られてさ、そのときに相談に乗ってくれたのが宗生さんなの」


 ……そっか……そんな弱ってるタイミングで優しい言葉なんか掛けられたら、そりゃ惚れるか。


「……宗生さんがさ」


 うんうん。


「静香さんと晃を上回る勢いで、怒鳴りつけてきてさ」


 ……え。


 優しい言葉掛けられたんじゃないんだ。


「……それで、気付いたんだ。私……どっちも本気じゃなかったんだって」

「……そ、そうなの」

「そうなのよ! でっ! 『継ぐ音』をやめてモデルの道を選んだの」

「……そうなんだ」


 なんか……菜津奈さん元気出てきた。


「ああ……あの時の宗生さんの言葉が今も忘れられない」


 うっとりしてどこか遠くを見つめる菜津奈さん。

 宗生さんがなんて言ったのかは、気になるけど、あんまり聞きたくないかもしれない。


「そういえばさ、樹は何がきっかけで晃と付き合いはじめたん?」

「え……」

「樹には悪いけど、晃が恋愛とか、なんか想像もつかないもん」

「……そうなんだ」

「朝までたっぷり時間があるから、一から十まで聞かせてね?」

「明日、朝早いから早く寝ないと……キツいわよ?」

「いやいやいや、若いんだし、一晩ぐらい寝なくても平気よ!

 

 なんて言っていたけど、私たちのジレジレ話が退屈だったのか、いつの間にか菜津奈さんは眠っていた。

 むしろ彼女のアレがうるさくて、私が眠れなかった。


 覚悟はしていたけど、結構自由な人だ。

 

 明日から本当に大丈夫だろうか。

 不安を拭きれない私だった。


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