第50話 菜津奈の相談

 いい知らせが入った。


 あの後みんなで、遅めのランチを取ってから解散したのだけど、寺沢はその帰りに告って、芹沢と付き合う事になったらしい。

 詳しい話は学校が始まってから、2人にじっくり聞くとして。


 おめでとう寺沢!


 君とは色々あったけど、心から祝福したい。


 そして優花も……付き合うには至っていないけど、林くんと2人でプールに行く約束をしたそうだ。

 このまま上手くいってくれると、私としては非常に嬉しい。


 きっちり皆んな晃に感化されたようだ。


 ……皆んな青春してる。


 でも、私の夏休みは、ここからしばらく、下降線を辿る。


 晃が夏合宿に行ってしまったからだ。


 晃は合宿後も、リハーサルやレコーディング、プロモーション、夏フェスで、この夏休みはとんでもなく忙しいらしい。


 私の方は……1人部屋の天井を眺めて、ボーッとしている。晃と対照的にめっちゃ暇だ。


 ここ数ヶ月、ずっと晃と一緒だった。

 学校でも、学校から帰っても、食事の時も……時には夜も。


 仕事だから仕方ないのは分かっているけど、晃のいない喪失感はなかなか破壊力がある。


 ……進路でも考えるか。


 なんて思っていると、菜津奈さんからメッセージが入った。


『ねね樹、時間ある?』


 時間は有り余ってるけど……菜津奈さんだし……事と次第による。


『どうしたの?』


 時間があるとは答えず、まず、用件だけを聞き出すことにした。


『ちょっと……会って話せない?』


 用件は聞き出せなかった。

 まあ、暇してるっちゃ暇してるからいいんだけど……菜津奈さんと会うと晃を思い出しちゃうのが難点だ。


『いいよ』


 とりあえず、駅前のファーストフード店で待ち合わせる事になった。



 *



「あ、こっちこっち」


 私が到着すると菜津奈さんは、先に席に着いていて、バーガーをドカ食いしていた。


「ごめんね樹」

「ううん……大丈夫だけど、こんなに食べても大丈夫なの?」

「え? 何が?」


 晃といい、静香さんといい、菜津奈さんといい。

 この連中は胃袋がバカになっているようだ。


 私の胃袋は正常だから、晃と付き合ってから、ちょっと体重がヤバい事になっている。

 そろそろ、本格的にダイエット考えないと。


「何か、あったの?」

「うん……あったと言うか」


 なんだろう。菜津奈さんは頬を赤く染めてモジモジし始めた。


「『継ぐ音』の合宿ね……静香さんも一緒に行ってるの知ってる?」

「まあ、一応」


 そのことは晃から聞いた。


「樹って、『継ぐ音』の皆さんとも面識あるんだよね?」

「晃と一緒にいる時だけだけどね」

「……そっか」


 菜津奈さんは目を伏せて黙りこくってしまった。

 ……なんか、らしくない。


「ていうか、本当にどうしたの? なんかあった?」

「うん……あったと言うか」


 さっきも同じ展開になった気がするのだけど。


「あのさ……」

「うん」

「樹さ……」

「うん」

「…………」


 何だこのまどろっこしさは。本当に菜津奈さんらしくない。めっちゃ乙女みたいじゃん。


 ん? 乙女?


 もしかして……菜津奈さん恋?

 まさか……晃?

 仲直りして、火がついちゃったとか!?

 

「あんさぁ……」


 私は、固唾を飲んで菜津奈さんの言葉をまった。


「宗生さんと静香さんってどう思う?」


 はい?


「宗生さんと静香さん?」

「あの2人……よく一緒にいるの」

「……そうなんだ」

「…………」


 あれ……もしかして?


「菜津奈さん……宗生さんのことが好きなの?」


 菜津奈さんは顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。

 図星のようだ。


 そしてしばらくして。


「……う、うん」


 とても小さな声で小さくうなずいた。

 なんか、菜津奈さん……めっちゃ可愛い!

 乙女だ!

 乙女がここにいますよ!


「宗生さん……静香さんのこと……好きなのかな?」

「え……そうなの?」

「いや、直接聞いたわけじゃないんだけど」


 不安で仕方ないのね。


「宗生さんって……静香さんのことだけ呼び捨てで苗字で呼ぶの」


 あ……そういえば打ち上げの時も『恩田』ってよんでたわね。


「他の女の子はみんなちゃん付けなのに、静香さんだけ『恩田』なの!」

「う……うん」


 特別感は伝わってくるけど、色恋の特別感とは思えないんだけど。


 会話はそこで止まった。


 ……どうしよう。

 宗生さんのことも静香さんのことも、よく分からないから、アドバイスのしようもない。

 

 でも、苗字で呼びすてって……。


「宗生さんと静香さんが同級生だから苗字で呼び捨てなんじゃないの?」

「え……」


 それを聞いて、菜津奈さんの表情がパッと明るくなった。


「そ……そうかな! そうだよね! 普通そうだよね!」

「……多分そうだと思うよ」


 勢いが凄過ぎて、そもそも同い年なのかとか、色んな可能性をすっ飛ばして返事をしてしまった。


「でもさ……静香さん魅力的だろ……合宿の間に、なんかあってもおかしくないじゃん」


 おかしくは無いかも知れないけど、他のスタッフもいるだろうし、そもそも浩司さんもいる。

 それに、あの過密スケジュールで何とかなるとはなかなか思えない。


「ねえ、樹……私についてきてくれない?」

「え……ついていくって、どこへ?」

「『継ぐ音』が合宿しているところ」

「……え」


『継ぐ音』が合宿してるところって……まさか乗り込むの?


「今回、避暑地で合宿してるみたいだからさ、近くに観光地も有るの」

「……そうなんだ」

「ねえ樹、お金は私が出すから、一緒についてきてよ! 女2人旅ってことで!」


 ……女2人旅って。


 ——正直不安はある。むしろ不安だらけだ。

 でも……これは晃に会えるチャンスよね!


「お泊まりでしょ?」

「もちろん!」

「親に聞いて、オッケーだったらいいよ」

「本当! ありがとう樹!」


 なんか、とっても恥ずかしくて迷惑なことをしようとしているのかも知れないけど、私は菜津奈さんの頼みを断れなかった。


 そして、何よりも——晃に会う理由ができたことが嬉しかった。

 

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