第49話 つたないラブソング
『継ぐ音』のリハーサルには沢山の関係者が訪れていた。その中で見学させてもらうことに恐縮していた私たちだったけど、曲が始まると、そんな事は忘れて、3人のパフォーマンスに夢中になっていた。
ライブよりも音量は小さいのだけど、まるで自分がステージ上に居るかのような臨場感だった。
こんなにも間近で、こんなにも完成された音楽を体験できることなんて、まずない。
彼氏だからとか、そんなことは置いといて、こんなにも素敵な体験をさせてくれた晃には感謝だ。
皆んなも同じだと思う。
優花と芹沢に至っては、ハンカチが手放せなくなるほどに感動している。
いくらアキラが同級生だからって、みんな『継ぐ音』のファンであることには変わりない。
私にとっても、皆んなにとっても、このリハーサルは……一生の思い出になると思う。
——『継ぐ音』はライブで演奏予定の曲を一通り演奏すると、曲の細部を打ち合わせて、即興でライブアレンジに変更していた。
そして、変更したアレンジに関係者がアイデアを出し合い、ライブ曲としての完成度がさらに高まっていく。
凄い。格好いい。感動した。
私には、これ以上の言葉が出てこなかった。
*
約3時間ほどのスタジオワークをこなし、ようやく『継ぐ音』は休憩に入った。
「どうだった?」
ほんのり汗をかき、爽やかな笑顔で、晃が私たちの所へ近づいてきた。
『『めっちゃ良かった!』』
皆んな語彙喪失状態だ。
「ていうか浅井……俺は、まだピンときてないんだけど」
「俺もだよ晃……」
「私もです」
3人はまだ晃がアキラってことにピンときていないみたいだ。その気持ちは本当によく分かる。
「まあ、別に隠してたわけではないんだけどね」
「うん、晃は、小学校の頃からずっと目隠れキャラだったもんな……でもさ」
そうだったんだ。
「あ、でも、健太郎にはバンドやるって話したよね?」
「いや、それは、聞いたけど、まさか『継ぐ音』やってるとは思わないじゃん」
「そっか」
『そっか』じゃないよ晃。林くんの言う通りだよ。
「いやまじ、普段の浅井とギャップあり過ぎだわ」
ギャップの凄さを比べる大会があったら上位に食い込むと思う。
「でも私、あの動画の声の似具合からして、もしかしてとは思ってたんだけど……本当にご本人だったんだね……やっぱ普通に驚いちゃうよ」
そういえば、そんな動画もあったわね。
「格好よかったよ浅井! もう私感動しっぱなしで」
今日の優花はもう、ただの『継ぐ音』ファンだ。
ちょっと晃の刺激が強過ぎて、本来の目的がうすれつつあるかもしれない。
「お疲れ様。喉は大丈夫?」
「うん、バッチリだよ」
数日前はガッツリ熱があったから、喉、心配だったけど一安心だ。
「そうだ皆んな、この後さ、新曲合わせたら、今日の俺のリハは終わりだから、お茶でも行こうよ」
『『新曲!?』』
皆んなはお茶より、新曲に反応した。
新曲って……あの曲だよね。
「新曲って私たちが聴いてもいいの浅井!」
新曲には優花が一番反応していた。
「もちろん、良かったら聴いてってよ」
『『聴きたい!』』
皆んな即答だった。
もちろん私も聴きたい。
あの時は、晃ひとりの弾き語りバージョンだったけど『継ぐ音』バージョンは、はじめてだ。
「浅井くん、どんな曲なの?」
「ロックバラードだよ芹沢さん」
「まじかよ! もしかして今村のことを想って書いたとか?」
こらこら寺沢。
「そうだよ、
『『まじかっ!』』
え……言っちゃうんだ。
「なんかね、俺と樹は付き合う前から結構仲が良くてさ、付き合ってないのに付き合ってるみたいになってたのね」
晃……仮の恋人の時の話?
「好きなんだけど、言葉ではっきりと好きとは伝えてなくて……それで、そのことで悩んで……でも、曖昧な関係でも一緒にいられるならいいかな〜的に思ってたんだ」
皆んな黙って晃の話に耳を傾けた。
「でもね、やっぱそれじゃダメなんだ。だから俺はこの曲で言葉にして、樹に想いを伝えたんだよ」
晃……もしかして。
「だから、皆んなも、言葉にしてちゃんと想いを伝えないと、いつか後悔しちゃうかもだよ?」
これを皆んなに言いたかったんだね。
今の晃の言葉で、心なしか、2組のカップルの距離が、物理的に縮まった気がした。
「じゃぁ、スタジオいこっか」
*
晃はリハーサル再開時に、関係者に曲の説明をした。
「皆さん……お待たせいたしました。ついに『継ぐ音』待望のバラードです」
関係者の皆さんは晃に声援を送った。
「俺も、この歳になって、ようやく恋をしまして」
……え。
「それで、私事で恐縮なのですが、この曲はその、俺が恋した相手に捧げた曲なんです」
そんなこと言っちゃうの!?
「そこに、居る彼女なんですけどね」
晃は手を指し、私を紹介した。
そして、私と晃にスタッフの皆さんから祝福の拍手が贈られた。
……こんな紹介のされ方をするなんて、完全に想定外で、ひたすら会釈をすることしかできなかった。
「まあ、そんな、青くて、小っ恥ずかしいラブソングです。聴いてください『つたないラブソング』」
——曲の紹介が終わると、晃の弾き語りから曲が始まった。
『つたないラブソング』は告白の時に聴いたのと、全然違う感じになっていた。
『継ぐ音』で演奏された、その曲は見事なロックバラードへと昇華されていた。
この曲は何回聴いても胸が張り裂けそうになる。
……やっぱり晃はずるい。
こんな想いの伝え方されたら、何度でも心が動いちゃうわよ。
だけど……これだけストレートな歌詞だもの——きっと皆んなの心も動くよね?
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