第47話 草食系

 寺沢も芹沢さんも『継ぐ音』のリハーサル見学は二つ返事で来ると言ってくれた。

 芹沢さんにいたっては、予定があったらしいのだけど『もう、こんな機会2度とないかも知れないしっ!』と息巻き、元の予定をキャンセルしてくれた。

 

 さすが『継ぐ音』パワーだ。


 とりあえず、晃のお陰で、極々自然に場をセッティングすることができた。


「それで、晃、今日は本当によかったの?」

「うん、オフだし!」


 元々の予定だった、あの日からの『明後日』。

 私は晃の家にお邪魔していた。

 彼氏がいない夏休みを覚悟していたけど、今のところは、ガッツリ彼氏と過ごす夏休みになっている。


「それより、ごめんね樹」

「え、なにが?」

「夏休みなのに、俺ほとんどいなくてさ」

「いいよ……その分、色々気遣ってもらってるし」

「だといいんだけど」

「気にしないでね」

「……ありがとう」

「それよりも、優花の件は驚いたわね」

「うん、驚いた……すごい偶然だったね」


 ——あの後、晃は先に帰って、私と優花は久しぶりに女子トークに花を咲かせた。


 *


「樹が浅井と付き合うよになってからさ、こうやって2人で話す機会減ったよね」

「うっ……ごめん優花」

「いやいや、そう言うつもりじゃないの! 全然いいんだよ! 私も彼氏できたらそうなるだろうし、やっぱそんなもんでしょ」


 ……自分のことを棚に上げといてなんだけど、優花がそうなったら、そうなったで寂しいと思う。


「私……自分では絶対、男中心の生活になんか、ならないと思ってたんだけどな」

「まあ、浅井の場合は仕方ないよ、高校生だけやってればいい、私たちと違うもん」

「うん、ちょっと特殊だもんね」

「そうだよ、だから気にしないで」

「ありがとう……」


 優花いい子だ! 一生友達だよ!


「ところで優花の方は、なんか良い話ないの?」

「私か……」


 下を向いて頬を赤く染める優花。

 これは……あるんだね。


「あるっちゃあるかも」


 やっぱり。


「えっ、誰なの? 私の知ってる人?」

「同じ学校だから、もしかしたら知ってる人かもだけど」

「えっ! 誰っ? 教えてくれるんでしょ?」

「うん……」

 

 乙女の顔をする優花。

 寺沢を好きじゃなかったのは、いつもの気遣いじゃなく本当だったようだ。

 これで一安心だ。


「3組のはやしなんだけど」


 林か……知らないな。


「知らない?」

「うん、知らないや」

「塾が一緒でね……帰りとか送ってくれたりして、それで話すようになったんだけど」

「何よそれ! めっちゃ青春してるじゃない」

「樹だってしてるじゃん!」

「あ……うちは青春とか、そんな感じじゃないもん」

「え……なんで?」

「晃は高校生の常識というか、感覚が芸能人でちょっとずれてるのよ」

「あらら」

「私たちは、恋愛はしていても青春はそんなにしてない感じなの」

「そっか……でもまあ、いいじゃん。樹は想いが成就したんだし」

「うん、そうね……って私の話はいいのよ! それで、そっちはいい感じなの?」

「だと思うんだけどね……」


 うん?

 不安気な表情を浮かべる優花。


「どうしたの?」

「いや……送ってくれたりは、するんだけど、誘ってくれないし、私もなかなか誘えなくて」


 あの時の私のみたいに、焦ったい状況のようだ。

 いや、もっとか。


「じゃぁ、とにかく誘ってみるしかないね!」

「うん……でも、最初は向こうにさそって欲しいなぁ……なんて思いつつね」


 分かるよ優花……女の子だもんね。最初はやっぱ誘って欲しいよね。


 *


 その……林君が————


「晃の友達だったなんて……世間は狭いわよね」

「本当だね、しかも林とは小学校から去年までずっと同じクラスだったんだよ」

「えっ……ずっと?」

「うん、ずっと、小学校の6年間、中学校の3年間、で、去年の合計10年間」

「すごいじゃん! 運命の赤い糸だね」

「あはは、あいつのことは嫌いじゃないけど、赤い糸は嫌かな」

「じゃぁ、菜津奈なつなさんとかも知り合いなの?」

「うん、知ってるは知ってるけど……あの2人はあんまり仲良くなかったかな」

「そうなんだ」

「林はどっちかっていうと……俺が荒れてなかった時の友達なんだよ」

「……なるほど」

「林君も明日来てくれるのよね?」

「うん、それはバッチリ」

「余計なお節介だったかな?」

「そうでもないんじゃない? だってお互い誘えない状態だったんでしょ?」

「うん」

「林は、寺沢みたいに、男らしいとかそんなんじゃないけど、優しいいいやつだよ」

「草食系なのね」

「……う、うん……どちらかと言うとね」

「晃も、草食系だよね」

「本当にそう思う?」

「……え」


 晃はいきなり、壁を背にして座っていた私に、壁ドンならぬ、壁トンで、顎クイの後、唇を重ねて来た。


 何っ、この強引な感じ……なんかこのパターン、はじめてで、ドキドキがやばい!

 ていうか……イイ!

 もっとこの感じが欲しい。


「樹……」


 更に激しく晃は私を求めてきて、私たちは……。


 真昼間だというのに、いたしてしまった。


「汗、かいちゃったね」

「うん……」

「先にシャワー浴びる?」

「そこは、一緒にって誘わないの?」

「いや、だって」


 終わってしまうと、あの雄々しかった晃は何処かへ行ってしまった。


「よし、一緒に入ろう!」

「えっ」

「『えっ』じゃないわよ。行くわよ」

「う……うん」


 主導権を握られっぱなしも悔しかったので、シャワーできっちり主導権を奪い返した。


 今日は、夜まで晃の部屋で、ずっといちゃついた。


 もう一度シャワーを浴びる羽目になってしまったけど、今日で夏休み分の、晃成分が補給できたような気がする。

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