第45話 寺沢の相談

 あきらに家まで送ってもらっている時のことだった。


「ねえ晃、寺沢からこんなメッセージが」

「うん?」


 寺沢からのメッセージは『2人だけで会いたい、時間あるか?』だった。

『2人だけじゃないとダメなの?』と返すと『今村と2人だけじゃないと、できない相談なんだ』と返ってきた。


「どうすればいい?」

「行ってあげれば?」


 前はあんなにも嫌がっていたのに、晃も成長したのかな。と思っていたら。繋いでいる手を握る力が強くなった。

 そして心なしか表情がこわばっている。

 晃的にはあんまり行って欲しくないようだ。


「隠れてこそっと見とく?」

「いや、それはマズいっしょ」


 なんて言いながらも、晃の表情が少し明るくなった。

 精一杯の強がりが可愛い。


 でも、寺沢が私を誘うって、2人っきりでないとダメな相談って……いったいなんなんだろう。

 寺沢は、あれで人一倍気遣いのできる男だ。2人っきりだと、私や浅井がいい顔をしないのも分かっているはずだ。

 それでもあえての、お誘いだ。

 何か特別な理由があるんだと思う。


「晃って今日、時間ある?」

「うん、今日は大丈夫だよ」

「じゃぁ私が、寺沢と話している間、待っててくれたりする?」

「待つよ! いくらでも待つよ!」


 ——そんなわけで、一旦着替えてから、寺沢との待ち合わせ場所に向かった。

 ただ晃に待たせるのも申し訳ない気がしたから、寺沢とは楽器店のあるショッピングモールのカフェで待ち合わせた。


「よう今村」

「おっす」

「休みの日に悪いな」

「ううん、別にいいわよ」


 とりあえず、オーダーを通した。

 相談事があってカフェとかファミレスに来た時って、オーダーしてから注文が来るまでの時間がやたら長く感じる。

 相談する側は、話の腰がおられるのが嫌で、なかなか本題に入らなくて、相談を受ける側は、何の話しか気になってお互いソワソワしているからだと思う。


 今日もそうだった。


「浅井は、もう元気なのか?」

「うん」


「…………」


 そして会話に間があく。

 昨日、晃との会話にも間があったけど、それとはまた別の独特の間だ。


「でも、びっくりしたな」

「うん」

「風邪なら風邪って連絡してくれればよかったのにな」

「手元に、スマホがなくて取りに行くのもしんどかったんだって」

「手元にスマホがないって中々ないよな。あいつ、そういうの無頓着そうだよな」

「なんというか……物に対する執着がなさすぎるのよね、晃は」

「今村にはすげー執着してるのにな」

「えっ、何それ?」

「あれ? 知らねーの? あいつめっちゃヤキモチ妬きなんだぜ?」


 それは知ってるけど。

 寺沢に、分かるほどなの?


「お待たせしました」


 そして、盛り上がる話題になると注文が運ばれてくる。ここまでがワンセットだ。


 そしてまた、沈黙の仕切り直しだ。


「ああ……えーとだな、今村、今日はその、お前にしか出来ない話と言うか、相談と言うか」


 こんなにも、歯切れの悪い寺沢は珍しい……本当に何の話なんだろう。


 このあとも、何でもない言葉を繋ぎ、照れ隠しをする寺沢。

 でも、いよいよ覚悟が固まったようで、表情が変わった。


「なあ、今村、俺……もうお前の事、好きじゃなくなってもいいかな?」


 ……へ。


 何の話しかと思ったらそんな事!?


「それは……いいんじゃない。私には彼氏がいるんだし」

「それは……分かってるよ。でも俺、中一の時、今村に言ったべ」


 うん? 中一の時? 何を?


「ずっと、お前の事を好きでいるって」


 目を伏せてバツが悪そうに頬をかく寺沢。


 ごめん……寺沢。

 私覚えてない。


「覚えてないか?」

「……うん」


 誤魔化さずに正直に言った。


「やっぱ、そうだよな……告白のどさくさに紛れて言ったセリフだし、そうだと思ってたよ」


 寺沢……だから私に何回も告白してきたの?


「でもさ、男が一回口にした言葉だからな、やっぱ責任をもちたくてさ」


 恥ずかしげもなくそんな台詞を言ってのける寺沢。

 ある意味清々しい。

 でも。


「……寺沢——重いよ」

「あ……やっぱり」

「うん」

「馬鹿だよな、ずっとそんなことに拘ってさ」

「ううん、そんなことない。寺沢は格好良いと思うよ」

「今村……」


 私としては言葉一つで寺沢に縛られていて欲しくない。


「そんな話しをしてくるってことは、他に好きな子でもできたの?」

「……え」


 みるみる顔が赤くなる寺沢。

 図星のようだ。


「誰よ、相談に乗れるかもしれないわよ?」

「……え、でも……流石に今村に相談に乗ってもらうわけには」


 なんて言いながら、顔が綻ぶ寺沢。

 本当は嬉しいのか。


「誰?」


 私は満面の笑みで寺沢に問いかけた。

 すると寺沢はしばらくして。


「……芹沢だよ」


 1番そうであって欲しい人の名前を告げた。


「そうなんだ!」

 

 もう両想いじゃん。

 教えていいのかな?


「ちなみに、どこが好きなの?」

「……今村はやっぱ、直球だな」

「え、そうかしら?」

「なんか……あいつ、いいやつなんだけど、不器用でさ……ほっとけないというか」


 なるほど。

 寺沢は本当によく人を見ている。


「そっか」


 どうしよう。


「こんど、芹沢さん誘って遊びに行く?」

「行く! 頼めるか?」


 物凄い前のめりだった。

 

「……分かった。また、決まったら連絡するわ」

「サンキューな! 今村!」


 結果の分かってる惚気話を聞くのも嫌だったから、適当なタイミングで寺沢の話は切り上げた。


 しかし……寺沢が芹沢さんか……芹沢さんが寺沢ってよりは意外じゃないけど、分からないものね。


 早く晃に教えてあげよう思って楽器屋さんに行くと、人だかりができていた。


 猛烈に嫌な予感がした。


「あ、樹終わったの?」

「え……え、うん」


 でも、この人だかりの原因は晃じゃなかった。


「何の騒ぎなの?」

「宗生さんが、ベースの試奏してるんだよ」


 なるほど。

 っていうか『継ぐ音』のメンバーが偶然2人集まるって、もの凄い確率よね。


「行こうか、見つかると、後々厄介だし」

「え、あ、うん」


 状況判断が正しかったのか、とりあえず今日は、何事もなくショッピングモールから抜け出すことができた。


 とりあえず、寺沢の件については私の家で、話すことになった。


 本題よりも、芹沢さんの件を話したくてうずうずしている私は悪い子だろうか。


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