第42話 爆弾投下
「いや〜悪いな! 邪魔するつもりはなかったんだけど」
これが樋口先生の第一声だった。
「まだ、してないよね?」
「してないってナニをだよ!」
「ナニをだよ!」
そして次は下ネタだった。
「おっ、今村! 彼シャツじゃん! 色っぽいな! 準備万端じゃないか」
「えっ……」
樋口先生って……エロオヤジみたいだ。
私を連れ戻しにきたような感じじゃなくて安心したけど……。
樋口先生、何しに来たのだろう? まさか高校生相手にエロネタを披露しにきたわけじゃないわよね?
「悪い今村、鍵返してくれ。あれに私ん家の鍵も付いてたんだ」
「えっ」
そう言えば、晃の家の鍵を上に出してくれていたから、気にしていなかったけど、キーホルダー付きだったような。
私は、カバンから慌てて鍵を取り出した。
「あっ……」
……複数鍵が収納できるキーホルダー付きだった。
「すみません、気が付かなくて」
「いや、私こそ、うっかりしてた」
先生も私も普段なら気付いただろうけど、それだけ2人とも晃を心配していたってことだ。晃が悪い。
まあ、そんなわけで樋口先生の用件は私から鍵を返してもらうことだった。
「この際だから、こっちの鍵は今村に渡しとこうか?」
「え……」
「私もその方が、こいつの面倒から解放されるってもんだ」
「面倒ってなんだよ、別に頼んだわけじゃ」
「あぁん?」
「いえ……なんでもないです」
樋口先生のひと睨みで晃は大人しくなった。
「そ、そうだ舞子姉ちゃん、お茶でも飲んでく?」
必死に取り繕う晃。
「いや〜邪魔したら悪いし、すぐ帰るわ」
なんて言いながらも、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す樋口先生。
「ぷは——————っ! やっぱ仕事終わりはビールだね」
そして我が家のように、くつろぎはじめた。
「樋口先生と晃のお付き合いは長いんですか?」
「あれ、晃から聞いてない?」
「一応、聞くは聞きましたけど、そんなに詳しくは」
「そっか……晃とは、こいつがオムツを付けていた頃からの付き合いだ」
「オムツ……」
赤ちゃんの頃?
「晃のホクロの位置まで知ってるぞ、なんなら教えてやろうか? 今村」
「えっ……それは」
「ま、舞子姉ちゃん!」
「なんだよ、一丁前に恥ずかしいのか?」
「そりゃ恥ずかしいよ!」
うん……聞いているこっちも恥ずかしい。
「まあ、オムツをしていた時代から、可愛い少年時代、そして、どうしようもないクソガキ時代。んで、売れに売れまくって人生が変わっちまった現在、一応それぐらいは知ってる程度の仲さ」
それって全部知ってるってことだよね。
「まあ、私にとって、晃は色々と不便な弟だよ……それが、こんな可愛い彼女を作って……幸せになって……もう私に思い残すことがないよ!」
いきなり脈絡のない話しはじめて、樋口先生は泣き出してしまった。
……もしかして、これが噂に聞く、泣上戸とかいうやつなのだろうか。
「しかし、お前ら見てると、学生羨ましいなぁ〜って思うことあるけどな、酒が飲めないのは、やっぱ可哀想だよな」
そして、次の瞬間にはケッロっとして全然違う話題に変わっていた。
「舞子姉ちゃん。お酒って、そんなにいいものなの?」
「よく分からんけど、なんかスッキリはするぞ。最初だけな!」
「最初だけってなに?」
「そのうち気持ち悪くなるからだよ」
「スッキリしてるうちにやめればいいじゃん!」
「それが出来るならそうしてるって」
「ダメな大人だな」
「お前もそのうち、そのダメな大人になっていくんだよ。特にお前の周りの連中は、そんなのばっかだからな」
……なんかあの打ち上げを見ると、分かるような気がする。
「おっ、晃、ジャズマス買ったんだ! いい趣味してるな」
「でしょ!」
「ちょっと弾かせてみろよ」
「いいよ」
そうだ……確か晃の話では確か樋口先生は。
——晃のギターの師匠なんだ。
なんというか、樋口先生のギターは、とても整った、お上品な感じのギターだった。
晃や、アヤトや、音無 鳴とはまた一味違った。美しい旋律を奏でるギター。
ぶっちゃけ凄い。
なんで高校教師なんてやっているのだろう。
そして、このギター……どこかで聴いたことがあるような。
「舞子姉ちゃんのギター凄いでしょ」
「う……うん」
「舞子姉ちゃんはね、教師になる前はプロだったんだよ」
「え……」
「夢音のレコーディングにも参加してたんだよ」
「そ……そうなんだ」
びっくりだ。
姉妹でプロミュージシャンだったんだ。
「じゃぁ、なんで先生に?」
「まあ……それは色々ね」
晃が綺麗に濁したのに樋口先生は。
「それは安定した金のためだ!」
ズバリ、本音を語ってしまった。
「妹の話は晃から聞いているか?」
真希さん……まだ事故から目覚めていないとか。
「金が掛かるんだよ。あいつの命を繋ぎ止めておくにはな」
あ……。
「ミュージシャンはいい時もあれば悪い時もある。だから私は安定した、公務員を選んだんだ」
そうだったんだ。
「晃や、天音さんも援助してくれているがな、それにおんぶに抱っこってわけにはいかないからな」
「舞子姉ちゃん……それは」
「まあ、そんなワケで今村……私は、この手のかかる子が、私から離れてくれて凄く助かってる。ありがとうな」
樋口先生……とても優しい笑顔だった。
今の事情を聞くと、半分は本音だったのだろう。
妹さんと晃の2人を気にかけるのは相当な気苦労だと思う。
「そう言うことなら、鍵は私がお預かりします」
「うん……そうしてくれ」
「えっ……ていうか、俺の意思は無視!?」
「なによ……晃は嫌なの?」
「いや……嫌じゃないよ、むしろ嬉しいけど」
嬉しいって。
「でも、舞子姉ちゃんが離れて行っちゃう気がして」
「ば〜か、晃、私はいずれお前から離れていくんだ。素敵な旦那さんを見つけてな!」
「でも……」
「ていうか、学校でも、病院でも会えるじゃないか、バカタレ」
まるで親離れできない子どものようだった。
「あっ! 長居しちゃったな、私はそろそろ行くわ」
樋口先生は来る時も突然だったけど、帰る時も突然だった。
「あっ、そうだ今村」
「はい」
「お前、ギター弾けるんだったら、ソロエレキギター同好会に入ったらどうだ?」
「え……」
なんで、突然。
「音村っているだろ?」
「はい」
「あいつな、私の友人の妹だから、晃のこと『継ぐ音』のアキラだって知ってるぞ?」
え……。
「気が向いたら、夏休み明けにでも、私のところに入会届け持って来い」
そ……そうだったの?
「後な」
「……はい」
まだ何かあるの?
「ちゃんと避妊しろよ!」
「……え」
いろんな火種を投下するだけ投下して、樋口先生は帰って行った。
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