第41話 ぶっかけ

「ぶっかけうどんがいい!」


 うどんと言っても種類はたくさんある。何がいいか、聞いてみると、あきらは『ぶっかけうどん』を御所望のようだった。


 ぶっかけうどん……作ったことがないからレシピサイトで調べてみると、思ったよりシンプル作れるみたいだった。

 まあ、暑いし、熱い麺つゆで食べるよりは断然食欲がそそりそうだ。


「ねえ、今日は流石に普通の量でいいよね?」


 いくら大食いだからって、病み上がりはそんなに食べないとは思うけど、油断ならないのが晃だ。


「ううん、今日は普通より、少なめにしておく、2玉でいいよ」


 ……少なめで2玉なんだ。


 普段は何玉食べてるか気になったけど、食べても太らない体質が羨ましくなるからあえて突っ込まなかった。



 *



「ご馳走様!」


 私は1玉だけど、晃の方が早く食べ終わった。


「樹、美味しかった!」


 ニコニコしながら私を見つめる晃。


「そう、よかった」


 まだニコニコして見つめてる。

 ……もしかして。


「おかわり、食べたい!」


 やっぱりそうだった。作る手間はそんなにじゃないけど、おかわりって……本当に病み上がりなのか。


 結局、晃はもう2玉追加で食べた。

 本当にどこに入っているのだろう。

 不思議だ。


「ちょっと、体動かそうかな」


 リラックスするのかと思いきや、病人から信じられない言葉が飛び出した。


「さすがにダメでしょ、ぶり返しちゃうよ」

「でも……ちょっと運動しないと、太るし」


 なんだろう……本当に凄く複雑な気分だ。


「今日はダメ!」

「うぅ……」


 落ち込む仕草が子犬みたいで可愛い……でも。


「今日はダメだからね!」

「じゃぁ……ストレッチだけ手伝ってよ」

「まあ、それぐらいなら」

「じゃぁ、着替え渡すよ」

「着替え?」


 まあ、ストレッチぐらいなら。大丈夫だろと思っていた私は浅はかだった。


 晃が手伝ってと言ったのは、ペアストレッチ。

 めっちゃ本格的で普通のストレッチよりも全然キツかった。


 軽く汗をかいてしまった。

 だから着替えろっていったのね。


「汗かかせちゃったね」

「そうね……」

「よかったら、お先にシャワーどうぞ」

「いいわよ、晃が先に入ってきてよ」

「一緒に……」

 

 晃の言葉に反応した私が睨み付けると。


「入らないよね……」


 あっさり諦めてくれた。


 そんなわけで、先にシャワーを浴びてもらった。



 *



 家主のいない部屋……雨の音。

 私このシチュエーション、苦手かも。


 あ……。


 優花と、寺沢に晃が無事ってメッセージするの忘れてた!


 私は慌てて晃の無事を2人に知らせた。


 寺沢はともかく、優花には怒られるかな〜なんて覚悟していたけど。


『『知ってる』』


 と2人から返信があった。

 なんで、知ってるの?

 詳しく聞くと、すでに晃がメッセージを入れていたらしい。

 いつの間に。


 2人のメッセージには。


『きっと、樹、忘れてるだろうから』


 という枕詞が添えられていたそうだ。

 

 理解があるのは嬉しいけど、私としては少し複雑だ。


「樹、空いたよ」


 なんて考えている間に晃が出てきた。

 ていうか、早すぎる。

 からすの行水かっ! って突っ込みたくなるほど早かった。


「あ、樹、着替えとか、俺の使ってくれてもいいよ。ここに入ってるの新品だから、ここから選びなよ」


 着替えか……男物か。

 とりあえず、ボクサーパンツとタンクトップとTシャツと短パンを借りた。


 そして浴室はなんか、おしゃれなシャワーヘッドだった。

 水圧もなかなかだし、これはシャワーだけでも、かなり満足度が高い。

 そして広い浴槽。

 そういえば晃は、毎朝お湯に浸かるっていってたわよね。


 ……毎朝浸かるってことは明日の朝も?


 ……もしかして、私も一緒に?


「…………」


 でもそれは、今夜次第よね。


 なんの覚悟もなく、むしろ晃の身を案じて、来ただけだけど……。


『俺……寂しい。ねえ、今夜……泊まっていくとか無理かな?』


 なんて誘い方をするってことは、この先がある可能性も高いわよね。


 やばい……ドキドキしてきた。



 *



 シャワーから出ると、晃は割と大きめな音でエレキを弾いていた。


 この間、アヤトに教えてもらっていた曲だ。


 幻想的なメロディーだ。

 まどろみの中に引き込まれそうな感じ。

 この曲を聴くと……とても、不安で切なくなる。

 まるで、付き合う前の私の心情のようだ。


「あっ、さっぱりした?」

「うん」

「冷たいの飲む?」

「うん、ありがとう……でも自分でいれるよ」

「いいって、いいって……遠慮しないで、ここ座ってて」


 そう言って晃は自分の座っていた隣を、トントンと軽くたたいた。


 晃が無造作に置いて行ったギターは……ジャズマスだった。

 これって……この間、買ったやつと一緒のやつじゃ。


「ねえ晃、このギターって」

「あ、それね、結局俺も買っちゃった」


 ……あの日のはしゃぎっぷりからして、なんかそんな気はしていた。


「折角だから、ギターちょっと弾いてみたら アンプで鳴らすと気持ちいいよ」


 アンプで鳴らすか。

 私はアンプでギターを鳴らしたことがない。


「弾いてみなよ」

「う、うん」


 私は、ギターを抱え、軽くコードをかき鳴らした。


「…………」


 でも、音はならなかった。


「あ、ボリューム絞ってるから、ボリューム上げて」


 ボリュームってどれだろう?


「ネック側がボリュームだよ」


 ボリュームを上げて、ジャーンとコードをかき鳴らした。


 最初は音の大きさにびっくりした。

 でも、2度3度とコードをかき鳴らすうちに、とても気持ちよくなってきた。


 気分爽快ってのはこういう事をいうのだろう。


「樹なかなか上手いね! 普段アコギ弾いてるだけあって音も綺麗だね」

「そっ、そう?」


 褒められた……嬉しい。


 私はこの後も調子にのって、知っている曲を弾いた。

 大きい音……控えめに言って最高だった。

 なんかこの瞬間が、日常の中の非日常に感じられた。


 ——そして、一曲弾き切ったぐらいのタイミングで、来客を知らせるチャイムが鳴った。


 もしかして……うるさいって苦情?


「誰だろう」


 晃がモニターを見に行くと。


「げっ……舞子姉ちゃん!?」


 舞子姉ちゃん……樋口先生!?


「ねえ、どうしよ?」

「どうしようって出るしかないじゃない」

「だよね……」


 なんで樋口先生が。

 私が泊まるって知って連れ戻しにきたとか?


 ギターを弾いて上がっていた気分が急降下した。

 

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