第40話 うどん

 とりあえず今日、晃の家に泊まることをママに連絡した。

 あきらが、熱でって話したら、あっさり許してくれた。

 理解のある親で助かるけど、晃の熱が下がっていることに、少し後ろめたさを感じる。

 こんな時、少しぐらい反対してくれた方が、何クソって気持ちになっていいのかもしれない。


「晃、樋口ひぐち先生は連絡ついた?」

「うん……めっちゃ怒られたよ。今日はいつきが看てくれるって言ったら、分かっただって」

「そっか……」


 なんか泊まることに障害がなくなると、今度は逆に落ち着かなくなる。なんでだろう。


「ていうか、凄い雨じゃん」

「え? そう?」


 窓から外を見ると、私が来た時よりもかなり雨脚が強くなっていた。


「なんか……強い雨だと思い出すね」


 晃が思い出すねと言ったのは、私の家に泊まったあの日のことだろう。

 まだ、そんなに日は経っていないのに、随分懐かしく感じてしまう。


 あの頃の私たちは、まだちゃんとした恋人同士ではなかった。

 だから……何も起こらなかった。

 まあ、若干私はフライングしたけど。


 でも今は、ちゃんとした恋人同士。

 今夜は何か起こってしまうかもしれない。


「そうね……また、一緒にお風呂でも入る?」

「えっ、いいの?」

 

 あれ……思った反応と違う。

 てっきり照れて嫌がると思っていたのに、晃は食いついてきた。


「べっ、別にいいわよ、恋人同士なんだし」

「本当!?」


 何この食いつきのよさ……もう一回見られちゃったから平気なの?


いつき、今日は水着ないけど平気?」


 あ、そうだった。

 私はまだ、見られていないんだった。

 ……いずれは、見られることになるのよね。

 でも、今じゃない! 今日じゃない!


  だって……今日はそんなつもりなかったから、下着も全然普通だし。


「や、やっぱり晃は病み上がりだし、ぶり返さないように今日はやめておいた方がいいかも!?」


 うん? 珍しく晃が、ニマ〜っと悪い顔をした。


「あれ? 樹……もしかして、恥ずかしいの?」


 こいつ……。


「恥ずかしくなんてないわよ! 晃に見られるぐらいなんてことないわよ!」


 病人相手に、ていうか彼氏相手に、何を私はムキになてるんだ。


「じゃぁ、一緒に入ろうよ」

「だから、晃は病み上がりだから」

「え、でも俺……どっちにしても入るよ? 結構汗かいちゃったし、それに温まるんだし、ぶり返さないと思うよ?」


 う……なんだろう。この外堀埋められた感。


「わ……分かったわよ」


 したり顔の晃。なんか悔しい。


「でも、やっぱシャワーだけにしとこうかな、のぼせちゃったら嫌だしさ」


 なぬ?


 申し訳なさそうな顔の晃。

 そっか……最初からそんなつもりはなかったってことなのね。


 してやられた感満載だけど、今日はマジで助かった。

 だって、流石に終業式からのこの流れは、予測していないわよ。


「ねえ樹」

「なに?」

「うどん作れる?」

「うどん?」


 なんで突然うどん!?


「この間、菜津奈なつながお裾分けって大量に持って来てさ、お腹空いたし作って欲しいなぁって」


 え……菜津奈なつなさん。


「別にいいけど菜津奈なつなさん、来たの?」

「うん、2、3日前だったかな」

「上がったの?」

「え、うん、上がったけど」


 聞いてない。菜津奈さんが来たのも家に上がったのも私聞いてない。


「嫌だった?」


 そんな私の心を見透かすような晃の質問。


「……別に、嫌じゃないけど」

「菜津奈の事は、樹も知ってるから、嫌じゃないって勝手に思ってたんだけど」

「ううん、本当に嫌じゃないの……でも、教えて欲しかったかなって思ったぐらい」


 大嘘だ……いま胸がザワってした。


「分かった、これからそうするよ、ごめんね」

「ううん、いいの……なんかそう言うのって、凄く束縛してるみたいで嫌だよね?」

「う〜ん、別にそんなこともないよ?」


 え? そうなの?


「俺だって、俺の知らない間に、俺の知らない誰かが樹の部屋に上がったら嫌だよ。いや、むしろ寺沢とか、知ってるやつでも嫌かも」


 今度は胸がほわっとした。


「あ……自分で言ってて気付いた。俺の話だと菜津奈も嫌だよね、これからはもっと気をつけるよ」


 まあ菜津奈さんが相手じゃ仕方ないところがあるのも分かっているんだけど。


「ありがとう。でも本当にいいの?」

「なんで?」

「それって、束縛されてるって事でしょ? 晃は嫌じゃないの?」

「束縛か……樹は?」

「私は……時と場合によるけど、気持ち的には嫌じゃないよ」

「そう、それ! 俺もそんな感じ!」


 基本束縛は嫌じゃないんだ。


「まあ、束縛されるって、あんまり好きじゃないけどさ」


 どっちやねん!


「でも、その……俺のことを好きだからこそする、束縛って心地いいと思う」


 心地いいのか。


「厳密になっちゃうと、お互い負担になるんだろうけどさ、程よく束縛されるのって、愛されてるって感じもするじゃん?」

「うん……それはなんとなく分かる」

「でしょ? でも、やっぱり2人っきりで生きているわけじゃないし、自分達だけでは全部を完全にコントロールできないじゃん。菜津奈も俺が呼んだんじゃなくて勝手に来たわけだからね」

「そうだよね」

「あ……ごめんね! なんか文句言ってるみたいになっちゃった」

「ううん……分かってるから大丈夫」


 本当にそこは考えていなかった。


「本当ごめんね……だからさ、どうしても矛盾は出るだろうけど、俺は束縛は嫌じゃない!」


 要するにあれか……愛のある理不尽じゃない束縛ならウェルカムってことか。


「まあ、あれよね。なるべくモヤモヤはしまっておかないようにしましょって事でいいのかな?」

「さすがいつき! そんな感じ!」


 なかなか、有意義な話だった。


 でもまさか、うどんがきっかけで、こんな深い話になるとは、思わなかった。


 人生とは予測不可能だ。


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