第39話 晃がいない終業式

 明日からいよいよ夏休み。

 来年は受験生ということ考えると、長期休みを満喫できるのは、これで最後かもしれない。


 だけど、この夏休みは……晃がいない。


 せっかく彼氏ができた初の夏休みなのに——その彼氏がいない。


 まあ、私もそろそろ進路のことを真剣に考えなくちゃいけないし、晃がいない事で、それに充てる時間ができたと思えば、なんとなくプラスなイメージだけど……付き合いたてのカップルがそんふうに考えるのは中々難しい。


 だからせめて、今日は晃成分をたっぷり補給させてもらおう……なんて考えていた終業式だったけど——晃は学校へ来なかった。


 合宿は、来週からって聞いていたのに……なんで?


『遅刻?』


 式の前に送っていたメッセージにも既読はついていなかった。何かあったのだろうか。


 窓を打つ雨を見て、晃の事を考えていると。


「あれ今村、今日浅井は?」

「知らない」

「そ……そうか」


 寺沢が晃の事を聞いてきた。

 そして間髪いれず。


「あれいつき、今日浅井は?」

「だから知らないって」

「そ……そう」


 今度は優香が聞いてきた。


「おい、めちゃくちゃ機嫌わるいじゃね〜か、なんか聞いてるか?」

「聞いてないわよ、喧嘩でもしたのかな?」


 そういう、ヒソヒソ話はもう少し本人に聞こえないところでやってくれ。


 ていうか、私……2人に嫌な態度とっちゃったな。

 これは、よくないな。


「ごめん……私も連絡が取れなくて、心配してたのよ」

「え、連絡がとれない?」

「まじかよ! いつからだ?」

「式の前に、メッセージ入れたのに、既読つかないの、ほら」


 私は式の前の入れたメッセージを見せた。


「え、それだけ?」

「うん」

「通話は?」

「してない」

「ねえ、いつき、まず通話しよっか!」


 優花に両肩を掴まれてまあまあの勢いで迫られた。


「う……うん」


 優花に言われるままに通話を掛けるも……晃は出なかった。


「出ないのか?」

「……うん」


 呼び出し音がいつまでも鳴り響く。

 こんな事はじめてだ。

 本格的に心配になってきた。


「今村いるか〜?」


 そんなタイミングで、樋口先生が私を探しに来た。


「はい」

「お、ちょっといいか?」


 樋口先生は手招きして、私を廊下に呼び出した。


「悪いな……」

「いえ」


 何の用だろう。


「今村はあれだろ、晃の彼女だろ?」

「えっ」


 何でいきなり。


「隠さなくてもいいよ、晃からも聞いてるからな」

「は……はあ」


 樋口先生にも話してたんだ。


「もう分かってると思うけど、あの馬鹿と一向に連絡がつかない!」


 先生も連絡してたんだ。


「流石に心配だ。だけどな……私はこれから会議があって、晃のご両親は今、出張中でな」


 そう言うと、先生はポケットから鍵を取り出し、私に手渡した。


「なあ、今村……悪いけど、ちょっと晃の様子を見てきてくれないか?」


 先生……鍵までもってたんだ。ていうか、全然悪くない。

 だって、私は彼女だもん。


「分かりました!」

「すまないな……私も後から行くから、もしも晃が居ても変なことはするなよ」

「変なことってなんですか?」

「ムフフなことだ」


 ムフフなことって……言い方。


 まあ、そんなわけで私は。


「優花、寺沢、私、晃のところに行ってくる」

「えっ、あっ、分かった!」

「何かあったら連絡してくれ」


 2人に軽くその旨を伝えて、晃の家に向かった。


 道中、色んな可能性が頭をよぎった。

 最悪のことも想像してしまった。


 ……不安で不安でたまらない。


 何があったか分からないけど、無事でいて欲しい。


 ……そう願った。


 晃の家に到着し、玄関を開けても人気ひとけは感じられなかった。

 でも、脱ぎ散らかした晃の靴があった。

 ということは、家には居る?

 

 何かあった?

 もしかして、倒れてる?

 ……不安で押しつぶされそうになった。


 そして、周りの様子を探りながら部屋に駆けつると。


 ……晃はベッドで普通に寝ていた。


 晃の姿を見て安心した私は、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。


 でも、少し息が荒い。

 体調をくずしたのだろうか。


 枕元に移動し、頭を触ると、少し熱があるようだった。


 そして、私の気配を察知したのか晃は目を開けた。


「あれいつき……なんでここに?」


 さっきまで不安で胸がいっぱいだった。短絡的かもしれないけど最悪のことも考えた。

 でも、晃の声をきいて——私は涙が止まらなくなった。


「え……いつき、どうしたの?」

「晃のせいよ!」


 晃は病人だって言うのに、晃に覆いかぶさるように抱きついて泣いた。


「ごめん……」

「なんで、謝るのよ」

「だって……いつきが泣いてるってことは悲しませるような事をしたんだろ」

「違うわよ」

「え、じゃなんで? 嬉しいの」

「違うわよ」


 嬉しいでも悲しいでもない。

 晃が無事だと分かった。

 晃の声を聞いて。


 ——ただ、感情があふれたのだ。

 

 結論……晃はただの風邪だった。

 もう、すっかり熱もひいて、徐々に元気を取り戻している。


 スマホはリビングのソファーの下に落ちていた。

 だから、誰の連絡にも気付かなかったのだ。


 人騒がせな話だ。


 でも……私が帰ろうとすると。


いつき、俺……寂しい」

「え」

「ねえ、今夜……泊まっていくとか無理かな?」


 と……泊まっていく。

 

 今夜——何かが起こりそうな気がした。


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