第38話 心温まるいいデート

 庶民デート。

 私がプロデュースするとか言いながら、結局、晃が仕切っていた。リーダーシップというか何というか、思っていたのとはちょっと違うけど、彼氏としては頼もしい限りだ。


 そして今はボートに乗って、まったり中だ。


「気持ちいね〜」

「うん……日差しは結構あるけど、風がふくと池の上は涼しいね」

「あ、日差し……俺の帽子かぶる?」

「いいよ、晃が帽子脱いだらまた大騒ぎになっちゃうし」

「大丈夫だよ。ボートの上だし、家族連ればっかだし、若い子の中にいたらまた別なんだろうけどね」


 案外冷静だ。


「はい」


 晃は無造作に、私に帽子をかぶせた。


「やっぱ、いつき、帽子も似合うね!」

「そう?」


 そんな目を輝かせて褒められたら、その気になっちゃう。


「ランチがてら、帽子買いにいく?」

「行かない!」

「えっ……なんで?」

「ここから、ここまでの間で、この子のサイズに合う帽子全部くださいとか言われたら嫌だもん」

「えっ、嫌なの? なんで?」


 ……冗談のつもりだったんだけど、本気でするつもりだったんだ。


「晃ってさ、ずっとそんな感じだったの?」

「そんな感じって?」

「金銭感覚とかその、なんていうんだろう、やることが派手で、普通っぽい感覚が崩壊してない?」

「崩壊って酷いな……でも、学校じゃ地味だし全然目立ってないよ」

「それは髪型と、晃があんまり誰とも喋らなかったからでしょ」

「まあ、確かに」

「それに最近はあんまり地味じゃないし、結構目立ってるし」

「それは、樹と付き合ったからじゃない?」

「ううん、違うよ。なんか女子トイレでたまに晃の話してる子とかいるよ?」

「え、本当に?」

「うん」

「なんて言ってるの?」

「隠れイケメンじゃないかって」

「隠れイケメン……」

「そのまんまだよね」

「いや……それは俺の口からはなんとも」


 うん……私も可愛いとか言われるけど、流石に自分では言えない。


「音村さんとか、柿本とか、軽音部の三井さんとか芹沢さんとか、菜津奈さんとか静香さんとか、晃の周りには女子が多いね!」

「いや、だってそれは共学だからじゃん。それを言ったらいつきの周りも多くなるよ? それにね芹沢さんは、寺沢狙いなんだよ」

「えっ! マジで!」

「あっ!」


 晃は言った後でしまったって感じで口を塞いだ。


「……これ、オフレコでお願いね」

「そりゃぁ、別にいいけど」

「前から結構ね、相談されてたんだ」


 マジか……全然知らなかった。つーか晃に相談するとか芹沢さんもチャレンジャーだな。


「寺沢はまだ、樹のことが好きなのかな?」

「なんで、それを私に聞く? 男同士の方がその辺話しやすいんじゃないの?」

「いや〜、俺、いつきの彼氏だからさ、流石に『お前ってまだ、俺の彼女のことが好きなの?』なんて聞けないよ」

「それを言ったら私もじゃん『寺沢ってまだ私のことが好きなの?』なんて聞いたら馬鹿じゃん」

「……確かに」


 なんか、こんなにゆっくり晃と話せたのは久しぶりな気がする。

 別になんてことない会話だけど、なんて事ないってこともないか。

 でも、そんな話すらやっぱり、ゆとりがないと出来ないのだから。

 公園デート……なかなかイイかもしれない。


「ねえ、何か聞こえない?」

「うん、そうね」

 

 これは……ドラムとベース?


「あ、もしかして今日ストリートやってるのかな!」

「そうなの?」

「ねえ、見に行こうよ!」

「うん、別にイイけど」


 晃って本当に音楽が好きなんだな。


「じゃぁ、帽子は返すよ、脱いじゃダメだからね」

「分かった!」


 ……とても素直な返事だけど、私は少し不安だった。


 私たちは音を頼りに、野外ステージを目指した。晃も、出演していたことがあるっていうのに、ここからの行き道は分からないらしい。


 ていうか、この曲って。


「この曲、うちの曲だよね」

「やっぱりそうなの?」

「うん、流石に自分の曲は聴き間違えないよ」


 そりゃそっか。


「でも、ドラムとベースだけだよね」

「うん」


 客席は、ぽつぽつ人がいる感じで、ステージ上では私たちと同い歳ぐらいの男の子と女の子が『継ぐ音』の曲を演奏していた。


「なんで、ギターとボーカルいないんだろう?」

「私に聞かれても……」


 その答えはすぐに分かった。

 ベースの女の子がMCでその理由を話した。

 なんでもギターボーカルの子が、電車の事故で遅れて、ステージに間に合わなかったらしいのだ。

 なんとも気の毒な話だ。


「ごめん樹……ちょっと行ってくる」


 ……うん、彼女のMCを聞いたあたりから、そんな予感はしていたよ。


 晃は私に帽子をかぶせて、他の出演者に声をかけた。


「あの、このギター借りてもいいですか?」

「え……」


 晃にいきなり声をかけられた、出演者は最初は戸惑っていたけど。


「すみません、いきなり」

「あ……是非使ってください!」


『継ぐ音』のアキラと分かり、快くギターを貸してくれた。

 そしてアキラは、そのまま。


「それ、うちの曲だよね? 他にもできる?」


 ステージに飛び入りした。


「はっ! はい! 後2曲できます!」

「じゃぁ、その2曲全力で楽しもうね」

「はいっ!」


 狂喜乱舞とはこのことだ。

 あまり盛り上がっていなかったステージだけど、まさかのご本人登場に異様な盛り上がりを見せた。


 私の不安は的中したけど、こういう優しさからくるお節介は——大好きだ。


「おい『継ぐ音』のアキラが来てるんだって!」

「まじか? やばいな」

「え、『継ぐ音』?」

「本物?」


 ポツポツだった客席が次第に埋まっていく。


 やっぱすごいなぁ〜晃。

 普通の感覚じゃないから、こういうことが出来るのかもしれない。

 

 ライブが終わると、ベースの女の子はぎゃん泣きだった。

 そして、やたらと長い時間握手をしていた。

 それは彼女の前でやっちゃいけないよって思ったけど、向こうは知らないんだから仕方ない。

 ハグしなかっただけマシと考えよう。


 まあ、そんなわけで、今日も普通のデートはできなかったけど、心温まるいいデートだった。




 ————


 【あとがき】

 

 しかし晃は自由人だなぁ……笑

 

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