第36話 アキラと音無鳴とアヤトと樹ちゃん
「…………」
ていうか、音無鳴って誰よ。
私は耳打ちして、
『音無鳴って……何の人?』
『前にチラッと話した、夏フェスで一緒になる、『織りなす音』ってバンドのギタリストだよ』
そんな人がなんでこんな所で。
ていうか……高校生なんだ。
晃が音無鳴と言った人のギターは……とても幻想的なメロディーでギターというよりは、ピアノ、というかハープ、というかオルゴールというか、とても1人の人間が、1本のギターで演奏しているとは思えなかった。
もう、晃の目が、マックスでキラキラしている。
きっと嬉しいんだろうな。
店員さんに試奏のお願いをする事も、すっかり忘れてしまっている。
そして、音無鳴の試奏につられるように、人があつまり出して来た。
「なあ、あれ、やばくね?」
「なんかアヤトっぽい」
「地味にすげーよな」
「つーか、目の前で見ても何やってるか分かんねーよ」
ギタープレイは凄いのに、『継ぐ音』と同じフェスに出るバンドのギタリストなのに、誰も音無鳴だとは気付かない。
実力に反比例して、知名度は低いのかもしれない。
「どう
「いや、それはお前の腕が、厳つすぎるからだって、弘法筆を選ばずだよ」
「じゃ、智也も弾いてみなよ。きっと気に入るから」
何の話をしているのかは、全く分からなかったけど、今度は一緒にいた人が弾くようだ。
ていうか、この人……どこかで見たことがあるような気がするんだけど。
そして……もう1人の彼の演奏も凄かった。
音無鳴と同じく、ギターで弾いているようには思えない、アンサンブルの応酬だった。
いうまでもなく、晃は私をそっちのけで彼の試奏に夢中になっていた。
目のキラキラマックスの晃の写真を撮るのを我慢するのに私は必死だ。
それより、この曲を私は知っている。
この曲を聴いたから、今、こうして私たちは楽器屋さんにいる。
この曲は、アヤトの曲だ。
そして、彼の独特な仕草……これ、もしかして。
——ご本人じゃね?
音を聴いても私は分からないけど、この人にメガネを掛けさせてキャップを被らせたら、絶対アヤトの完成だ。
晃のメガネを奪って、掛けさせてやろうかしら。
なんて衝動的にかられたけど、そんなことをしたら、この場が色んな意味でパニックになりそうだ。
試奏がひと段落すると、晃は私を置いて2人に近づいて行った。
……おい、このやろう。
まあ、私を置いて行ったことは多めに見るとしても、嫌な予感しかしない。
「音無鳴さんと、アヤトさんですよね?」
「あ、はい」
「お……俺は違うぞ」
あっさり認めた音無鳴と否定したアヤト。
アヤトは晃と同じく正体を隠しているのか。
じゃない、晃は気付かれないだけか。
「やっぱり!」
「君は?」
晃は眼鏡をカチューシャのようにして髪をかき上げ。
「俺、今度、フェスでご一緒する『継ぐ音』のアキラです」
自分がアキラだと告げた。
「「え————————————っ!」」
これには音無鳴も、アヤト(仮)も大いに驚いていた。
「ど、どうもはじめまして……音無鳴です」
「アヤトです」
音無鳴の自己紹介につられてアヤト(仮)もアヤトだと認めた。
「お二人のギターめっちゃクールですね! どうやったらあんなの弾けるんですか? 俺もアヤトさんの曲練習してるんですけど、なかなか上手く弾けなくて!」
するとアヤトは。
「さ……サインくれたら、コツを教えてもいいよ」
「え————————っ! マジですか!」
「じゃぁ、ちょっと見てもらってもいいですか」
「え、ここで?」
困惑気味のアヤト。
「はい!」
だけど晃はお構いなしだ。
「ま、まあ、別にいいけど……鳴は?」
「僕もサイン欲しい!」
「いいですよ! 俺にも鳴さんのサイン下さい!」
なんか音無鳴は晃と同じ匂いがした。
晃がさっきのジャズマス? の試奏を店員さんにお願いに行くと、店はちょっとしたパニックになった。
「『継ぐ音』のアキラが来てるって」
「『継ぐ音』のアキラが試奏するんだって」
「おーまじか」
ギターの実力はわからないけど、やっぱり晃の知名度は圧倒的だ。
そして、晃の試奏が始まった。
晃が音を出すたびに、ギャラリーから歓声が上がった。
ていうか、よくこんな中で、試奏ができるものだ。イベント並みに人が集まってるじゃん。
晃のギターも、とても1人で弾いているようには思えなかった。ソロエレキギター。
やっぱり楽しそう!
私もあんなの弾きたい!
いつの間にか、私も前のめりで晃の演奏に見入っていた。
そして試奏が終わると。
「かなり弾き込んでるね、でもそこ運指がちがうんだよ」
アヤトご本人ではなく、音無鳴が晃にアドバイスした。
「ちょっと、見ててね」
そして、音無鳴のお手本に皆んな目を奪われた。
晃もアヤトも素晴らしいんだけど、音無鳴だけは私が聴いても次元が違うような気がした。
上手く言えないけど、同じメロディーを弾いていても音が全然違う。
あんまりギターのことに詳しくない私が見ていても飽きないし、心にくるものがあった。
「ずげー! まじすげー!」
晃は語彙力がなくなるぐらいテンションが上がっていた。
「鳴……お前もそこ違うぞ、オリジナルを無視するな」
「あれ? そうだっけ?」
そして、今度はご本人から手ほどきを受ける晃。
晃のテンションも相当高かったけど、ギャラリーの興奮具合も相当なものだった。
同じ曲を弾いていても、三者三様の演奏だった。
音無鳴はとにかく色気のある艶っぽい演奏ってのが一番しっくりくる。
そして、アヤトはクールで洗練されていて、とても繊細なイメージだ。
そして、晃は——とにかく熱かった。
晃の演奏は音無鳴やアヤトには及ばないけど、見るものを熱くさせた。
それは、ギャラリーの歓声が物語っていた。
知名度云々もあるだろうけど、晃が人を引きつける力は本当に凄い。
「ねえ、
え……この空気の中で私に弾けと。
「おい、あの子、最近SNSで話題の樹ちゃんじゃね?」
「本当だ、可愛い〜」
「
とても試奏できる状況ではなかった。
この後、皆んなで楽器屋さんに頭を下げ、バックヤードにかくまってもらった。
でも、楽器屋さんもいい宣伝になったと喜んでいた。
もちろん晃はジャズマスを買った。
どっと疲れた。
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