第35話 楽器屋へゴー!

「ねえいつき、今日こそ楽器屋行こうよ!」

「え……ええ、別にいいけど、部活は?」

「休む!」

「えぇ……いいの?」


 晃は私のために部活をよく休む。

 私としては嬉しいのだけど……その分、休み時間に音村さんが頻繁に来るから、実質プラマイゼロって感じもする。


 ていうか、楽器屋さん行く目的も私についてくることだったのに、いつの間にか、晃に私がついて行くことになっているような気がする。


 なんか、そんなところは子どもっぽくてとても可愛い。でも、いざと言う時は、本当に頼りになるし……晃はギャップがエグい。


 ——ちなみに昨日は、晃に菜津奈なつなさんを送らせた。

 拗れた仲を修復するには2人で本音をぶつけ合うのが一番だと思ったからだ。

 どうなったかは聞いていないし、今後も私からは聞くつもりはない。もちろん晃が菜津奈さんと浮気する心配も一切していない。そこを疑う恋人同士は、私的にはイケてないと思う。

 今の私の成長っぷりを、付き合う前のチキンな私に是非見せてあげたい。


 ただ、送り出すまで晃は結構ブーブー言っていた。よっぽど楽器屋さんに行きたかったのだろう。


 それもあっての今日のお誘いだ。もし、私に用事があったとしても今日だけは断れない。


 なのに、今日も——


「待ってたわよ! いつき


 私たちは菜津奈なつなさんに捕まった。


「何しに来たんだ! お前は!」


 菜々さんが菜津奈さんだと分かって、晃の容赦の無さに拍車がかかった。

 どうしても楽器屋さんに行きたいのだろうか、菜津奈さんの顔を見て不機嫌マックスだ。


「今日は、ほんのちょっとだけいつきに話があって来たのよ!」

「何のために連絡先交換したんだ! ほんのちょっとならそっちでしろよ!」

「うるさいわね……少しの時間も待てないなんて器が小さいわよ、晃!」


 ……あははは、確かに。今の晃は少し器が小さい。


「ほんの少しだけだぞ」


 だけどあっさり晃は引き下がった。


「樹……その、色々気を使ってくれてありがとうね。まあ、あいつは、あんなんだけど……とりあえず仲直りできたから……樹にお礼が言いたくて」


 なんだ。ちゃんと仲直り出来たんだ。晃も菜津奈なつなさんにはツンデレなんだな。


「ううん、私は何もしてないわよ」

「そんなことない、樹が晃に頼まなかったら、2人で話できる機会なんてなかったと思うし」


 長い目で見たら、そんなことはないと思うのだけど……この2人なら時間かかっただろうなとは思う。


「また、メッセージ入れるね。なんかあいつ、本格的に不機嫌そうだから、私行くね」

「あ、はい」

「じゃぁ、いつきまたね!」


 菜津奈なつなさんはわざわざ私にお礼だけ言いに来たようだ。見かけによらず律儀な人だ。


「晃!」


 そして帰り際に。


「なんだよ?」

「ば〜〜〜〜〜〜〜〜〜かっ!」


 子どものように晃を煽って帰った。


「くっ……!」


 晃は案外、本気でイラついていた。

 学校以外での晃の交友関係を私は知らなかったけど……案外ちゃんと青春してたんだなと思った。


「よし、今日は弾きまくる! 何だったら合宿用に一本買う!」


 おいおい、私のギター探しがメインだからね。謎に気合が入っている晃だった。


 ——楽器屋に着くと晃は上機嫌になった。


「ねえ、樹見た目はどれがいい?」


 子どものように目を輝かせる晃。本当に好きなんだろうな。


「選び方が、分かんないんだけど、見た目で選んでいいものなの?」

「そうだね、最初は見た目でいいと思うよ。見た目が気に入った方が、弾く気がそそるでしょ。その方が上達が早いんだよね」


 なるほど、一理ある。


「じゃぁ、これかな」

「おー! ジャズマス!」


 何じゃそりゃ。


「F社がジャズ専用機として開発したんだけど、最近は若い子にも人気で、オルタナやグランジ系のミュージシャンも愛用してたんだよ!」


 ……分かんねーっ


「そ……そうなんだね」

「この、左右非対称のシェイプとヒゲロゴが可愛いよね!」


 ギターに可愛いって言葉使っちゃうんだ。


「そ、そうなんだね」


 まあ、言われてみたら可愛いかもしれないけど。


「プレイアビリティーも高いからおすすめだよ!」


 ……またわからない言葉を。


「おっ、12万じゃん! 価格も手頃!」


 じゅ……12万! しかも手頃って。


「これいいんじゃない? とりあえず、試奏させてもらおうよ」

「いあ、でも私、そんなに予算が」

「大丈夫大丈夫! そんなの気にしなくていいから」


 え……どゆこと。


「プレゼントするよ」


 えぇ————————————っ!

 いくら稼いでるからって流石にそれはダメでしょ!


「晃……それは、ダメよ」

「なんで?」

「何でじゃないわよ、千円二千円ならともかく、12万もする高価なもの流石に受け取れないわよ!」

「え……そうなの?」

「そうなの? じゃないわよ、晃の感覚おかしいんじゃない?」

「そうなんだ」

 

 自覚なしか。


「なんか、メンバーとか静香さんも、そんな感じだったから」


 恐るべし芸能人たち。


「普通の人には12万円は大金なの! だから受け取れない!」


 少しシュンとしてる晃。流石に凹んじゃった? でもここは心を鬼にしないと。


「よし!、樹、こうしよう! これは俺が買う! 俺が樹の家に行った時に弾く用として!」


 全然凹んでなかった。


「それならいいしょ?」


 あまりにも晃がキラキラした目で見つめてくるものだから。


「う……うん」


 断りきれなかった。私のバカっ!


「じゃぁ、とりあえず試奏させてもらおう」

「うん」


 晃が店員さんをに声を掛けに行こうとしたタイミングで、別のお客さんの試奏が聴こえてきた。


「…………」


 私、あんまりギターのことは分からないけど……この演奏すごい。

 ていうか、私がソロエレキギターをやってみたいと思ったきっかけの、アヤトの曲にそっくりだ。


「ねえ樹、ちょっと見に行ってもいい?」

「うん、別にいいけど」


 晃もこの試奏に反応した。

 さっきまでとは打って変わって晃の顔は真剣そのものだった。


 試奏していたのは高校生ぐらいの男の子だった。


音無おとなし なる……」

「え、知り合い?」

「違う……俺が勝手に憧れている相手だ」


 え……高校生の男に晃が憧れているの?

 なんだろう。


 このまますんなりとギターを買って帰れる気が全然しなかった。


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