第34話 お前ら勝手にやってくれ

浅井あさい……浅井あさいあきらなんだよね?」

「ああ、そうだけど」

「あの浅井晃なんだよね?」

「どの浅井晃なんだよ!」

「ごめん……ちょっと、動揺しちゃって」


 晃が浅井だと知って、菜々さんの態度が変わった。晃は『こいつ何言っての?』って感じの表情なのが、なんだか噛み合っていない。


「私、菜津奈なつなだよ」


 菜津奈なつな……ってことは菜々ななは芸名だったんだ。


「えっ、マジお前菜津奈なつななの?」

「そうだよ」

「顔……全然違うくない? 整形した?」


 あ……なんか晃、触れちゃいけないところに触れた気がする。


「してないわよ! あの時のままよ! 成長したのよ!」


 菜津奈なつなさんが、例の晃が荒れていた時の友達だったとしたら、小6、中1の頃なわけだから、綺麗になっていても何ら不思議はない。


「え〜絶対してるよ、だって本当に全然ちがうよ?」

「だからしてないって! 成長の証だって!」


 知り合いだと知っても晃は辛辣だった。


「あ、分かった。静香さんの力か」


 うすうす勘付いていた真相に晃が迫った。


「うっ……」

 

 そして菜津奈なつなさんもそれを否定しなかった。


いつき、洗面所借りていい?」

「別にいいですけど……」


 菜津奈なつなさん……もしかして。


「メイク落としてくる!」


 やっぱり。


「晃! 私はすっぴんでも綺麗なんだから、ちょっと待ってなさい! 私の成長を見せつけてやるわ!」

「え〜、やめとけよ夢にみたらどうすんだよ」

「それはきっといい夢ね」

「……悪夢」

「いいから、ちょっと待ってなさい!」


 私はとりあえず、菜津奈なつなさんを洗面所に案内して、すぐに部屋に戻った。

 少し晃と2人で話したかったからだ。


「ねえ晃、菜津奈なつなさんが例の、晃が荒れてた頃の菜々さんに似てるっていってた人なんだよね?」

「うん、そうだよ、似てるっていうか本人だったけどね」


 私と話してるといつもの穏やかな晃だ。


「ねえ、もうちょっと彼女に優しくできないの? 見てるこっちがちょっと辛いわ」

「そっか……そんなにキツく接してるつもりはなかったんだけどな」


 うそん……めっちゃキツイやん。


「十分きついと思うけど」

「そっか……なんか、あいつと話してるとあの時のノリが出ちゃうのかもしれないね」


 なんか当時の晃に会ってみたい気がする。


「何かあってキツく当たってるとかではないの?」

「う〜ん、何もなかったわけじゃないけど、別にそんなんでもないんだよね」


 何かはあったんだ。


菜津奈なつなは悪くないんだよ。俺がガキだっただけなんだ……」


 ありゃ、なんか深い話になりそうな……なんて思っていたタイミングで。


「メイク落としてきたわよ! 見て晃!」


 菜津奈なつなさんが帰ってきた。


「「…………」」


 結論、すっぴんも可愛かった。

 ていうか、めちゃくちゃ可愛かった。

 多分、すっぴんでも、普通にモデルとして通用しそうだ。



 ただし——めっちゃ童顔だった。



 つまり……メイクを取ると、まるで別人だった。


「ほら! やっぱ別人じゃねーか! 詐欺だよ! 詐欺!」

「失礼ね! 詐欺じゃないわよ! それに可愛いでしょ!」

「確かに……可愛いわね」

「ほら! 晃! 樹は分かってるわよ!」

「樹は優しいんだよ、残念なお前を傷つけないように、気を使ってくれてるんだ」

「残念って何よ! 残念って!」

「鏡みろ! 鏡!」


 ていうか……こいつら仲良すぎだろ。


「ていうか用は済んだんだろ、帰れよ菜津奈」

「それが何年ぶりかにあった、友達にかける言葉!」

「お前は友達じゃないよ悪友だよ!」

「分かってるわよ……そんなこと」


 晃の悪友って言葉に反応して菜津奈さんは一気に表情が沈んだ。


「私……あんたにずっと謝りたかったの。なのに連絡先も全部変えちゃうし、家に呼びに行っても出てくれないしさ……なんか気がついたら有名人になってるしさ……私どうすれば許してもらえるのよ」


 そして、泣き出してしまった。

 なんか重そうな話だ。


「なあ、菜津奈……お前そもそも勘違いしてるけど、俺はお前に怒ってない」

「嘘だっ!」

「本当に怒ってないって」

「嘘よ!」

「本当だ、つーか、なんで嘘だって思うんだ?」

「だって……連絡先変えても教えてくれなかったし」

「先に変えたのはお前だろ。だから俺は静香さんに新しい連絡先を伝言した」

「…………」

「毎週末、家に会いに行ってたのに全然でてくれないし」

「『継ぐ音』のスタジオと全国ツアーだ」

「…………」

「今だって私だって全然気付いてくれないし!」

「お前だって気付かなかっただろ!」

「…………」


 うん……正直『はいはい』って感じの結末だ。


 ことの真相はこうだ。

 

 菜津奈さんも晃と一緒に真希まきさんにボコされて、晃と一緒に歌を習っていたそうだ。


 そして『継ぐ音』結成時、晃は最初、ボーカルを菜津奈さんにお願いしようと考えていたらしい。

 

 これはファンにとっては、かなり衝撃の事実だ。


 でも菜津奈さんは真希さんを通じて知り合った静香さんにモデルとして誘われていて、菜津奈さんはモデルの道を選んだ。


 晃からすればボーカルが菜津奈さんなら『夢音』のカバーもできるし、真希さんの曲で武道館を目指せるし、最初はなんで菜津奈さんが断ったのか意味が分からなかったそうだけど——目標に向かって頑張っている菜津奈さんを見て、晃はその姿こそが『夢を継ぐもの』だと思い直し、自分も『継ぐ音』でやっていく覚悟ができたんだそうだ。


 晃が言ってた『俺がガキだっただけだ』ってのは、最初菜津奈さんに断られて、嫌な態度をとってしまった事だそうだ。


 それの謝罪の言葉も静香さんに伝言を頼んでいたんだそうだけど——伝わらなかった。


 ……なんか分かる気がする。


 まあ、誤解が誤解を産んで勝手に拗れていたってことだ。


 とりあえず、私が言いたいことは。

 お前ら勝手にやってくれだ。

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