第32話 晃の過去

 とりあえず菜々ななさんと別れて、あきらと一緒に私の家に帰ってきた。

 菜々さんはまた改めてお礼にくるって言ってたけど、晃に2度と来るなとか言われていた。

 ちなみに虫垂炎は薬で散らしたらしい。


「ねえ、本当に菜々さんのこと知らないの?」

「うん、知らないよ」

「なんかはたから見てると、かなり仲が良さそうに見えたんだけど?」

「え? どこが!?」

「どこがって……晃ってあんなにムキになって、誰かと話すことないじゃん」

「そうかな?」

「そうよ」

「でも、本当にまじで知らないよ」

 

 まあ、晃は嘘をつくタイプじゃないから本当なのだろう。


「じゃぁさ晃、なんで菜々さんにあんなにも辛辣だったの?」


 とりあえず、不思議に思っていたことを直球でぶつけてみた。


「えっと、それはさ……」


 晃は、何か照れている感じでもじもじし始めた。


「それはなによ?」


 なに? 早く言ってよ、気になるじゃん!


「笑わない?」


 笑う? なんで? 笑うようなことなの?

 

「事と次第によるけど、笑わないわよ?」


 すると晃は一度私に目を合わせたあと、少し伏し目がちに話しはじめた。


「今日はみんないつきのところに集まってたじゃん。だからその……いつき成分が足りてなくて……イライラしてたんだ」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!


 な、な、な、な……なにその可愛い理由!?


「な〜んだ、そんなことか」


 平静を装いながら話したけど、滅茶苦茶嬉しい!


 晃……本当に可愛いやつだ。


「……晃」


 私は晃を抱きしめて、そのままの勢いで熱い口づけを交わした。


 ——私も晃成分充電完了だ。



 *



「それだけなの?」

「ま、ちょっと知ってるやつに似てたし、八つ当たりもあるかな」

 

 八つ当たりか。


「でも、最後のほう、ちょっと可哀想だったよ? あんまり八つ当たりとかはダメよ」

「うん分かった、これから気をつけるよ」

 

 いつもながら素直な晃だった。


「…………」


 うん?

 ていうか晃……いま、めっちゃ気になる事言ってなかった?


 ——知ってるやつに似てたとか。


 言ってたわよね!?


「ねえ、晃」

「うん?」

「いま言ってた、知ってるやつって……もしかして菜々さんじゃないの?」


 晃は顎に手を当て、上を向いて何か考え始めた。


「あーっ、でもどうだろうな……あいつは、あんな感じじゃなかったと思うんだけど」


 じゃあ、なんで似てるとか言ったんだ。

 盛大な自己矛盾だ。


「菜々さんはね……俺がね、荒れてた時の連れに似てるんだ」


 ……結局似てるんかい。


 つーか……荒れてた……晃が?

 全然想像つかないんですけど!?


「それ本当? 晃って荒れてたの?」

「うん、まあまあ荒れてたよ、小六とか中一の頃はね」

「そうなんだ」

「ほら、うち両親がほとんど家にいないじゃん。だから必然的というかそんな感じ」

 

 なんか凄い他人事のように話すなぁ。

 まあ、とにかく……全然見えない。


「あの頃さ、樋口ひぐち先生の妹さんにね、コテンパンにやられたから今の俺があるんだよ」


 なに、その仰天エピソード!?


 ていうか、妹さんってことは女の子よね?

 女の子にコテンパンにやられたの?


「ねえ、その話し聞いてもいい?」

「別にいいけど……ちょっと重くなるよ?」


 ……重くなる。

 

 てことは……晃にとっては結構重大な出来事だったんじゃ?


 ……うん、それでも。


「聞きたいかな」

「そう、分かった」


 晃は微笑を浮かべて、話し始めた。


「なんかね……俺はずっとイライラしてたんだよ。時間だけ持て余して、やりたいことも見つけられなくてさ。だから周りのやつとは、よく衝突したんだ」

「今の晃からは想像がつかないんだけど」

「自分でも思うよ……子どもだったとはいえ、今にして思うと、あの時の俺って、何にそんな苛ついていたんだろう? って思うもん」


 ライブハウスで私を助けてくれたアキラ様。

 私と仲良くなりはじめた頃、柿本から私を救ってくれた晃。

 そしてメイクイベントで編集長を一蹴した晃。


 あれは、その頃の晃の一面だったのかもしれない。


「でね、そんな時に樋口先生の妹……俺にとっては幼馴染になるのかな? 真希まき姉ちゃんっていうんだけど、その真希姉ちゃんにボコされたの」

「え……ボコされた?」

「うん、見事にボコボコにされたよ。お前格好悪いんだって言われて」

「それは……」

「真希姉ちゃんはね……テコンドーで全国に行ってたから、めちゃめちゃ強かったんだ」

「うわぁ……」

「4つも歳上だったのに、手加減もほぼなしなしだったと思う」

「その頃で4つも離れてたら、結構キツいわね」


 今のところ重くなる要素は無いんだけど……晃はなんであんな事言ったんだろう?


「なんか、そのことが切っ掛けで、真希姉ちゃんは俺に、歌を教えてくれたんだ」

「歌? なんで?」

「真希姉ちゃんは、テコンドーもやってたけど、歌が夢だったんだ」

「……そうなんだ」

「いつか、満員の武道館でライブをやるのが夢だって言ってた」

「武道館!? ロックの聖地だね」

「うん……その夢は、手を伸ばせば届くところにまで来ていたんだけどね」

「え……」


 もしかして……晃の言っている真希姉ちゃんって。


「晃……真希さんてもしかして」


 晃は優しく私に微笑みながら告げた。






「うん……真希姉ちゃんは『夢音ゆめおと』だよ」




夢音ゆめおと』私の大好きな女性シンガー。


 武道館のライブを目前にして、不慮の事故に遭い、今も目覚めないと聞く。




 そっか……だからあの時晃は泣いたんだね。


 晃がはじめて私の家に訪れた時、アコギを弾いて欲しい言われて、私は夢音ゆめおとの『夢を継ぐもの』という曲を披露した。




 あの時は、何故晃が泣いたか分からなかったけど、今日、やっと——涙の意味を知った。




 ————


 【あとがき】

 

 この出会いはきっと偶然じゃないですよね。

 前述のエピソードは第3話参照です。

 

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