第29話 メイクイベント
いよいよメイクイベントが始まった。
イベントの内容はタイプの違う3人のモデルに、
この大勢の人の中で笑顔でい続ける。
これは、なかなか大変なことだ。
ここにいるだけで、胸がバクバクするし、顔が引きつってしまいそうになる。
……しかし、静香さん……凄い人気だ。
こんな凄い人と気軽に
まあ、それは
イベントに先立って、静香さんが急遽モデルの変更があったことをお客さんに説明していた。
そして——いきなり私にマイクが向けられた。
「
……意気込みも何も。
「頑張ります!」
としか答えようがなかった。
だけど、その直後、会場から私に温かい声援と拍手が送られ、少し気持ちが楽になった。
「実は今日……メイクとはあんまり関係ないんだけど、スペシャルゲストが来てくれてるの」
静香さんは、そのまま自らMCを続けた。
「今、若者を中心に絶大な人気を誇る、『継ぐ音』のアキラくんです!」
静香さんの、紹介で晃が会場に姿をあらわすと。
『『キャァ————————————っ!』』
会場はあっという間に黄色い声援に包まれた。
静香さんの人気も凄かったけど……晃の人気は圧倒的だった。
晃の登場で、会場はちょっとしたパニックになった。ただでさえ多くの人が集まっていたのに、さらに多くの人がつめかけてきた。
晃のサプライズ登場に、泣き出してしまっている人もかなりいる。
異様な雰囲気だ。
……この人が私の彼氏なんだと思うと、優越感とかそんなんじゃないけど……心にくるものがあった。
ザワザワした雰囲気のままイベントは進んだ。そしてお客さんたちは食い入るように静香さんのメイクに魅入っていた。
ただでさえ綺麗なモデルさんが、静香さんのメイクで、さらに別人のように綺麗になる。
——衝撃的だった。
音楽以外のことで、こんなにも心が動かされたのは初めてかもしれない。
あ……恋愛とか交友関係はのぞきます。
メイクが終わると、静香さんはゲストの晃に感想を求めた。
「とても、綺麗ですね……思わず見惚れちゃいます」
案外気の利いたことの言える晃だった。
そして私は見逃さなかった。
モデルさんが塗られたチークよりも頬を赤く染めたことを。
そしていよいよ、私の番がきた。
「やっぱり間近で見ると、さらに可愛いわね、きっと晃も惚れ直すわよ」
「えっ」
「じゃぁ、始めるわよ」
静香さんはまず、私のメイクの残念な点を指摘した。
うん……これはすごく為になる。むしろそこまで意識してメイクしてなくてごめんなさい。
そして、目にも止まらぬ早技で、私にメイクを施す。
「まあ、こんな感じかな?」
そして鏡に映った私は。
——まるで、別人だった。
こ……これが、私なの。
多分この感動は、一生忘れられないだろう。
それほどまでに、メイクひとつで私の印象が変わった。
そして晃もそんな私を見て。
「めっちゃ綺麗だ……びっくりした!」
気の利いた感じの言葉ではなかったけど、とても嬉しい言葉をかけてくれた。むしろ素の晃って感じですごく嬉しかった。
「あれ〜、
私もさっきモデルさんの二の舞になった。
晃は、この後もゲスト席からチラチラと私に微笑みかけてくれた。
なんか、すごく緊張したけど——このイベントに参加できて、すごくよかった。
*
『『おつかれさまで〜す!』』
イベントはあっという間に終了した。
それなりに時間は経過していたけど、緊張で時間の感覚が狂ってしまったようだ。
今は関係者で集まりバックヤードで今日のイベントの労をねぎらっているところだ。
「
「いえ……私の方こそ、いい経験させてもらいました」
「今度は、雑誌の方もお願いね!」
「それは……ちょっと」
「あはは、ノリで行けるかと思ったけど、無理か〜、また気が変わったら教えてね」
「……はい」
「これ、今日のギャラね」
ギャラ? お給料?
「いえいえ、そんなの受け取れませんよ」
「いいのいいの、私たちのビジネスを手伝ってもらったわけだし、晃にもギャラは振り込まれるからね」
え……そうなの。
「じゃぁ、私は挨拶周りがあるからまたね」
「はいっ!」
……ところで、晃ってどこだろう。
辺りをキョロキョロ見回して晃を探していると。
「あっ、
知らない男の人に声を掛けられた。
「どうも、ありがとうございます」
誰だろう。
「僕、こう言う者なんだけど、このあと、食事でもどう?」
渡された名刺には、某雑誌の編集長の肩書きが記してあった。
「私この後、予定があるので、お断りさせていただきます」
丁寧にお断りしたのだけど。
「そんなこと言わずにさ、行こうよ、今後の話もあるし」
今後の話もなにも、私はモデルの仕事はこれっきりなんだけど。
「いえ、知り合いを待たせてますし」
もう一度事情を説明し、お断りをしたのだけど。
「断っちゃいなよ」
私の手を取り、さらに強引に誘ってきた。
な……なんなのこいつ。
文句の一つでも言ってやりたいところだけど、静香さんの顔もあるので「ご冗談を」笑顔で大人な対応をした。
だけど——
「冗談じゃないよ樹ちゃん」
某編集長は諦めてくれなかった。
……どうやったら丸く収まるんだろう。
なんて考えていると。
「ねえ、何してるの?」
晃が、私の手を掴んでいた某編集長の手をとり、間に割って入った。
「あ……アキラさん」
「
「え……いや、その」
某編集長はタジタジだった。
そして——
「あ、来週入ってた御社の取材の件ですけど」
「あっ、はい」
「お断りさせていただきますね」
「え……」
「無理やり人の約束を
「え……」
晃は全く丸く収めなかった。
「いいですよね
「勝手にしろ」
晃が声をかけていたのは、おそらく30代前半ぐらいの激渋のお兄さんだった。
「私もそのやり口は嫌いだ。君は2度と私と仕事をすることはないだろう」
某編集長は晃が天音さんと呼んでいた人に、厳しく糾弾された。
「まっ……まって下さい、天音さん!」
そしてその場から立ち去る天音さんを追いかけ、編集長は私たちの視界から消えた。
「…………」
「ごめんね、
「ううん、全然平気」
おかげで晃のかっこいいところが見られたし。
「天音さんにね、近くのホテルのバイキングのチケットもらったんだ、お腹すいたでしょ? いこうよ」
「え……うん」
なんか……やっとデートらしくなりそう。
「
「うん?」
「とても、綺麗だよ」
完全に不意打ちだった。
緊張のバクバクからドキドキに変わった。
「ありがとう」
「行こっか」
今日は……とっても心臓に悪い日だ。
——因みに私のギャラは歴史の偉人3枚分だった。
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