第28話 デート?その4

 私とあきらはイベントスタッフの控え室に案内された。詳しい説明はそこでするとのことだ。


 ところで……イベントとは、全く関係のないことなのだけど……晃も静香しずかさんも、どうして平気なんだろう、ていうかお腹の中……いったいどうなっているのだろう?

 私はさっきの巨大パフェが効いていて、お腹を引っ込めていないと、ぽこっと出てしまいそうで、今も結構必死なのに……2人はケロっとしている。

 なんか不公平だ。


「皆んな! 代役連れて来たよ!」


 控え室に着くと、早速静香さんは、私を紹介してくれた。


「こちら、えーといつきちゃん……苗字なんだけっ?」


 ……少し気不味そうな顔の静香さん。どうやら私の苗字が出てこなかったみたいだ。


「……今村いまむらです」

「そうっ! 今村、今村 いつきちゃん! 彼女初めてだから皆んなしっかりサポートしてあげてね!」

『『はいっ!』』


 スタッフの皆さんは女性だった。

 はじめてのメイクショーで男の人は、流石にちょっと抵抗があったから一安心だ。


いつきちゃん、リラックスしてね、最初は皆んな初心者だから、うまくできなくても全然問題ないから」

「あっ、はい! ありがとうございます」


 このアフターフォローがあるから、あの押し強さでも通用するんだと、素人ながらに思った。


「で、静香さんそちらの方は?」


 スタッフの1人が晃について尋ねた。


「あっ、彼はね……スペシャルゲストよ」

「スペシャルゲスト?」

「ほら菜々ななちゃんって、結構人気あったじゃん、彼女のことを楽しみにしていた子も結構来ると思うんだよね……」

「それは……そうですね」

 

 え……私、そんな凄い人の代役なの?


「まあ、可愛さはいつきちゃんも負けてないけどさ……人気だけはどうしようもないじゃん」


 ……可愛さも危ないと思うんだけど。


「だから、彼なの」

『『はあ……』』


 いまいちピンと来ていない感じのスタッフの皆さん。


 でも——


「紹介するわ『継ぐ音』のアキラよ!」

「どうも、アキラです」


 晃が帽子をとって、挨拶すると……スタッフの皆さんは、例のごとく固まってしまった。

 

 いつもなら、しばらく沈黙が続くのだけど、今回は違った。


『『きゃぁ————————っ! アキラ様っ!』』


 控室は耳を押さえていないと痛いぐらいに、大興奮の渦に包まれた。このパターンは初めてだ。


「静香さん! なんでですか!」

「いいんですか! 事務所の許可取ってるんですか!」

「なんで、アキラ様がここにいるんですか!」

「静香さん! コネ使ったんですか!」

「アキラ様、この後は空いてるんですか!」

「打ち上げも参加されるのですか!」


 興奮冷めやらぬスタッフの方たち。


「まあ、落ち着けって……晃も困ってるだろ」


 静香さんのいう通り、晃は困惑気味だった。


「『継ぐ音』のエージェントには許可を取ってる、その辺は心配しなくていい」

『『やったー!』』


 いつの間に取ったんだろう。さっきスマホいじってた時かな?


「アキラはね、デート中で、そこを無理矢理お願いしたの、だから打ち上げは参加しない、イベントのみよ」

『『えぇ——————————————っ!』』


 大きな声が響く控室。

 なんか、盛り上がっている時のホームルームみたいだ。もちろん静香さんが先生でスタッフさん達が生徒だ。

 

「アキラ様、誰とデートしてたんですか!」

「まさか静香さん⁉︎」

「違うわ、バカっ!」


 すかさず突っ込みを入れる静香さん。

 でも、少し頬を赤くして、照れたような素振りを見せている。

 あれ?

 もしかして……満更でもないの?


 静香さんは私と目が合うと、にこっと笑い、こちらに近づいてきた来た。

 

 え……なに?


 そして私と肩を組み。


「晃の彼女は、このいつきちゃんよ!」

『『えぇ——————————————っ!』』


 私と晃の関係を暴露した。

 スタッフさんは今までで、1番大きな声を上げた。


「ちょっ、皆んな騒ぎ過ぎだって! クレームが来るよ」


 収拾がつかないぐらいに、皆んな騒いでいた。

 女子校に行ったことはないけど、女子校ってこんなノリなのかな? と思った。


 そして、静香さんは私の耳元で「取ったりしないから安心して」と囁いた。


 なんか私が心配していたこと……バレてたみたいだ。



 *



 どうにかこうにか落ち着いて、スタッフさんに説明を受けた。


 ……静香さんがうまくやってくれるから、基本私は笑顔で振る舞ってさえいれば、問題ないらしい。


 ……まもなく、本番だ。


「緊張する?」


 いつもの笑顔で語りかけてくれる晃。


「……うん、すごく」


 もう、胸がバクバクだ。


「俺もね……ステージの前はいつも緊張してるよ」


 え……晃が緊張?


「……とても、そんなふうには見えなかったけど?」

「でも、本当だよ」


 意外だった。


いつき、そんなもんなんだよ」


 そんなもん?


いつきが、いくら緊張してても、見てる方はなかなか気付かない。だから思いっきり緊張しちゃえばいいんじゃない?」


 思いっきり緊張……これまた斬新な励まし方だ。


「俺さ、ギターボーカルじゃん」

「うん」

「最初イントロ弾くときはさ、ギターで緊張して……それからまた、歌に入る時に緊張するんだよ」

「……そうなんだね」

「演奏のミスもいっぱいしたし、それが尾を引いてさらにミスしたり、悔しかったり」


 全然知らなかった。


「でも……それがライブだから、いつきも気楽に楽しんでおいで……俺もいるし」

「……うん」


 なんか晃独特の、よく分かったような分からなかったような励ましだった。


 でも……緊張が解けなかった晃には悪いけど。


 ——私の緊張は、晃のおかげで何処かへ行ってしまったようだ。


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