第26話 デートその2

 ショップを後にした私たちは、休憩がてらカフェに入った。


「なんかごめんね、いつき

「ううん、まあ、アキラ様だってバレると、やっぱああなるよね」

「……うん、バレないように、気にはしてたんだけどね」


 あの場合、あきらも不可抗力だろう。

 あの泣くほど感動して腰砕になった店員さんが、騒いでしまったのも原因だし。

 まあ……店員さんの気持ちは……分かりすぎるほど分かるけど。


「やっぱ、学校でしてる髪型の方が良かったかな……」

「そんなことない! 私は今日のあきら……格好良くて……その、素敵だと思うよ!」

「ありがとういつき


 私はこの、晃が優しく微笑みかけてくれる時の顔が一番好きだ。

 なんだかとても生っぽいというか。

 素の晃のような気がするからだ。


「『継ぐ音』……本当に人気出ちゃったもんね」


 そして時々する。このどこか、遠くを見つめているような顔が……私を不安にさせる。


「何か他人事みたいね?」

「……うん、『継ぐ音』のアキラって、俺なんだけど、なんか俺じゃない気がしてさ」


 俺じゃないか……晃の言ってることは、なんとなく私にも分かった。

 学校では私も色々噂されるけど、それは私であってリアルな私じゃない。

 私の振る舞いから周りが勝手に作り出した、私の理想像なのだ。


「誰だって多少はあるんじゃない? 晃の場合はその差がクソほど大きいだけで」

「……そうかも知れないね、それを言ったらいつきもだよね」

「晃ほどではないけどね!」


 あの恋人役の件がなかったら、きっと晃はまだ私を『作り出された今村さん』で見ていたと思う。


 付き合う前は、かせだなんだと騒いでいたけれど……今は必要な事だったんだと思うようになった私がいる。


「ねえ、ところで、結構買ってたけど、あんなに沢山どうするの?」

「あっ、そうだ……樹に話すの忘れてた!」


 うん? 何かあるのか?


「いくつか夏フェスに出るからさ、『継ぐ音』で夏合宿することになったんだよ。そのときにミュージックビデオ撮るからさ、服を買っとくように静香さんに言われてさ」


 夏フェス……夏合宿。


「……そうだったんだ」


 ……夏休み。

 晃と色んな所に行けるかなと思っていたけど、それは無理っぽそうだ。


 まあ、芸能人なんだし……仕方ないか。


「ねえいつき、夏フェス……一緒に観客席では見てあげる事はできないけど、ステージパス用意してるから、舞台袖から俺のこと見ててよ」

「……えっ」


 なにそれ?

 ライブの舞台袖?

 それって……超VIP席だよね?


 う……嬉しすぎるっ!


 そして——いきなり過ぎる。


 私、今、全く心の準備してなかった!

 完全に不意打ちだった。


 ……嬉しすぎて、変な顔してないかな。


いつき? どうしたの?」

「ううん……ちょっと驚いただけ」

「そっか……で、来てくれる?」

「も……もちろん行くわよ!」

「あとね……ご両親にご挨拶にいきたいんだけど?」

「……え?」


 えぇ————————————っ!


 ご……ご両親にご挨拶。

 それってつまり……そういうことよね。

 

 それはいくらなんでも、早すぎるんじゃない!?

 まだ1回目のデートだし……むしろ1回目のデートの途中だし。


 ……ていうか、晃……そこまで考えていてくれたの?


 嬉しい……めちゃくちゃ嬉しいんですけど!


 でも……晃の歳って確か今、16歳? 17歳?

 

 あれ?


 私……晃の誕生日……知らないんだけど!?


いつき?」

「えっ……あっ」

「どうしちゃったの? いきなりぼーっとして」


 どうしちゃったのじゃないわよ……ぼーっともするわよ。いきなりそんな事言われたら!


「ねえ、晃……さすがにそれは、急ぎすぎじゃない?」

「うん? 別に今日じゃなくてもいいけど、なるべく早い方がいいかな」


 き……きょ、今日来るつもりだったの!?

 そんなの両親にも言っておかないと心の準備があるじゃん!


「……せっかちさんだね」

「そうかな? なるべく早いほうがいいと思うんだけど」


 そんなに……私と……もしかして『継ぐ音』の活動があるから、既成事実で私を安心させようとしてるわけ?


「……分かった。とりあえず両親には、言っとく」

「うん、多分フェスは泊まりになるからね。ご両親……心配だろうから、ちゃんとスタッフがついてるからって、俺から説明しておきたくて」


 へ……。


「両親に話って、フェスの事?」

「そうだけど?」


 ま、ま、まぎらわしいぃぃぃぃぃっ!


 なに? それって……私だけ舞い上がってたってこと?


「どうしたの? いつき?」

「なんでもない……」


 気が早かったのは、晃ではなくて、どうやら——私だったようだ。


 嬉し恥ずかしいって気持ちって……こんなんだったんだと知った私だった。



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